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序章

8話 主人公、仕事について考える

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「ガルシア様。呼んだ?」

 難しい話をしていた僕たちのところに、1人の少女が走って近づいてくる。

 テケテケって擬音が聞こえそうな走り方。

 微笑ほほえましい。

「オトハ~!」
 朔夜がダッシュで迎えに行って、ヒョイっと抱きかかえている。
「今日も可愛いなぁ!」
 抱きかかえたまま、ブンブン振り回す。

 なに?アレ?朔夜さんって、あんなキャラだったんだ…。

「おぅ、音都羽おとは悪いな。また王宮、壊れちまってな。」
 ガルシアが女の子にむかって、謝る仕草をする。
「朔にぃ、離して。仕事するから。」
「音都羽~。仕事終わったら、にぃちゃんとお茶しよな。約束やで。」

 コクンと頷く女の子は、背中に綺麗な羽根をもった中学生くらいの可愛い子だった。

「音都羽。これが、王宮破壊事件の首謀者!先祖返りのドラゴン、タクミだ!」
 ガルシアが僕のことを紹介している。が、紹介文が物騒だ!
「すっ、すみません!悪気はなかったんです。気付いたらドラゴンになってて、王宮の屋根をぶち抜いていて…。」

「大丈夫。よくあること。ガルシア様の友達もよく壊す。すぐ直るから、気にしなくていい。」
 喋り方は、ぶっきらぼうだけど、優しい。感激して、ジッと見つめていると、朔夜から鋭い叱責が飛んだ。
「タクミ!音都羽を変な目で見んなや!手ぇ出したら、許さへんで!」
「朔にぃ、うるさい。少し黙って。」
 朔夜がシュンとなっている。シュンとなると、猫耳が垂れ下がるんだ!萌え!

 そんな朔夜をそのままに、音都羽はガルシアに近づく。
「ガルシア様。食堂の屋根だね。すぐ直すから、待ってて。」
「おぅ、音都羽。頼んだぞ!」
 ガルシアが音都羽の頭を撫でている音都羽はとても嬉しそうだ。が、後ろの朔夜の視線が怖い…。

「音都羽はな。王宮建築士なんだよ。王宮専門の大工さん。すごいだろ!」
 ガルシアが自分のことのように、嬉しそうに話す。

「音都羽よ。久しぶりじゃのぅ。上空の防御壁の強度があがっているようじゃが。」
「セシル様。紋様の彫り方を変えてみた。少し強度があがったけど、まだまだ。」
「そうか、今年の報告が楽しみじゃな。」
 セシルと音都羽で、何やら話が盛り上がっている。

 その様子を見ていたトールが話しかけてくる。
「タクミさんも、エレメンテで暮らすためには、仕事を見つけないといけないですね。」
「えっ?トールくん。僕はセシルさまのマンションの管理人に雇われたのでは…。」
「それは、アースの話です。」
「あっ、でも、王宮で働いてもらうって言われましたよ。」
「セシルねえさまが言っていたのは、王宮に所属してもらう、ということで、どんな仕事をするかは自分で決めなくてはいけないのですよ。エレメンテでは、仕事を見つけないと紋章が貰えませんから。」

 !!!

 そうか!セシルさまが言ってた!
『紋章を持つ者は、仕事をしなければならない、決まりなのじゃ!』って。

「この世界では、仕事をしない人はどうなるの?」
「紋章剥奪です。自給自足の生活をするしかないですね。」
 剥奪!自給自足!それは大変だ!

「仕事は自由に選べます。何でも好きな事を仕事にすればいいのですよ。」

 そんなことを言われても、向こうの世界では、僕はただの営業担当のサラリーマンだったし、特に趣味もない。

 うわ~、いざ、自分の好きな仕事をしていいですよって言われると、すぐには決められないものなんだなぁ。

「ただし、仕事を選ぶときに、一つだけ注意があります。それは、創造的な仕事でなければならない、という決まりです。」

「創造的な仕事?」

「そうです。何かを製作する、何かを発見する、さらには、何かを育成するなどの、何かを新しく生み出す仕事でなければなりません。
 ですから、エレメンテにはプロスポーツ選手という仕事はありません。スポーツは決められたルールの中でしか、戦えませんから。
 また、宗教家という仕事もありません。信仰は自由ですが、宗教家、つまり、信仰を広めることは仕事ではないのです。
 ただし、例外がいくつかあります。例えばこの国、ガンガルシアの《討伐者》です。」

「討伐者?」

「タクミがこの国に来たときに、最初に会ったヤツらだよ。」

 ガルシアが嬉しそうに言う。

「エレメンテの人々は、ほとんどが獣人種とヒト種との混血です。獣人は元々戦闘を好む種族のため、獣人の血が強く出た場合など、好戦的な者もいるのですその者達の仕事として、怪異かいいなどの討伐をすることが仕事として認められています。」
「怪異?」
「はい。怪異はグールに取り憑かれた者の成れの果て。その者の本性が出るので姿形は様々ですが、怪異は必ずヒトを襲います。そのため、発見次第、すぐに討伐することになっています。」

「まぁ、今すぐ決めろと言っても無理じゃろ。じっくり、ゆっくり、考えるが良い。」

 仕事か。アースにいる時は、ゆっくり考えたことも無かったな。
 大学時代の就活は景気がそんなに悪くない頃で、最初に受けたソコソコ大手の会社に運良く採用されたから、大変だった覚えはないし。
 再就職のときは、どんな会社でも文句は言えないと思ってたから、仕事の内容で選んだことは無かったな。

 僕は、どんなことをしたいんだろう?

「おい、タクミ。あんまり深く考えるなよ。そのうち、これがしたいってものが見つかるさ。」
 ガルシアが僕の気持ちを軽くしようと、言ってくれているのがわかる。

「まぁ、そうじゃのぅ。仕事と言っても、仕事の成果の報告は年に一回でいいからのぅ。エレメンテの住人は、自分の好きなように生きておる。自らの研究に没頭する者、自らの技を極めようとする者、など、様々じゃ。怒鳴りつける上司も居らんしのぅ。だから、エレメンテでグールに取り憑かれる者は、今ではほとんど居ない。グールは精神状態が堕ちた者を標的にするからのぅ。」

 そうか。仕事といっても、エレメンテでは会社がある訳じゃないんだ。上司もいないし、部下もいないのか。
 どんな仕事があるのかもよくわからないし、エレメンテのルールもまだよくわからない。
 僕の常識は非常識って言われたし、この世界をもっと知る必要があるな。

 セシルの言ったとおり、ゆっくり探すとしよう。

「タクミよ。あのとき、我が言った言葉の意味が今ならわかるか?」
「あのとき?」
 最初に会ったときのこと?
「そんな精神状態になってまで、仕事をすることはないぞ、と言ったつもりじゃったが…。」
「マスター、記憶が改竄されてますよ。」
 エルが呆れ顔で、セシルを見ている。

「セシルねえさま…。」
 トールもため息をついている。

「マスターは、
『仕事をクビになっただけじゃろ!そんなことで消えてしまいたいなんて!』
 と言っていました。」

「ガハハハッ!全然違うじゃねぇか!」
 ガルシアが大爆笑している。

 あの時の僕は、自分には価値がないっていう考えに囚われていた。毎日、罵声ばかり聞いていたので、怒鳴られている自分は本当にダメなヤツなんだな、と思うようになっていた。
 いま考えると普通の精神状態ではなかったようだ。あの時は、仕事だから我慢しなきゃと思っていたけど。

「エレメンテでは、嫌いな仕事をすることは、絶対にない。向いてないと思ったら、他の仕事をすりゃいいんだよ。朔夜なんて、前の仕事は冒険者だぜ。」
「えっ?朔夜さんが冒険者?」
「そうじゃよ。だから朔夜は戦闘も可能じゃ。ドラゴンの攻撃を防ぐことぐらい、余裕じゃ!」

 僕が変現して、屋根をぶち抜いたときでも大丈夫だったのは、そういう理由なんだ!まぁ、朔夜さんの助けがなくても、ガルシアさまは強そうだし、自分の身は自分で守れるよね。

「タクミ。誤解してそうやから言うけどな。ガルシア様は国内にいるとき以外は、本当に何もできないんやで。ドラゴンの一撃で、確実に死亡するで。回避もできんやろなぁ。」

 そうなんだ!意外だ!

「だから、言ったろ。俺は普通のヒトと変わらないって!」
 ガルシアがまたドヤ顔してる。
 自慢することじゃないですよ…。

「ところで朔夜さん、冒険者とはどんな仕事なんですか?」
 僕は思考を切り替えて、朔夜に聞く。
「そうやなぁ。わかりやすく言うと、旅人や。各国を渡り歩いて、未知のものを探し出す仕事なんよ。自分は未知の食材探しをメインにしてたけどな。人が立ち入らない場所にも行くからな、武力も当然必要や。未開の地には、ヒトを襲う獣も多いから。」
「冒険者から、なぜ料理人になったんです?」
「旅の途中でガルシア様に会ってな。王宮の料理人にならないかって、誘われたんや。俺の作るメシが、めっちゃ気に入ったって言うから、仕方なくジョブチェンジしたんよ。」

 誘われて仕事を決める場合もあるんだ。参考になったような、ならないような…。

 と、そこへ。音都羽が戻ってきた。
「ガルシア様。修復完了したよ。」
「おぅ、ありがとな。音都羽の仕事はいつも早いな!」
 ガルシアが褒める。
「音都羽~、お茶しよか!」
 朔夜が嬉しそうに、お茶を持ってくる。

「音都羽ちゃんは、なぜ王宮建築士になったの?」
 仕事について考えていた僕は、そう声をかけた。

「王宮のような特殊な建物が好きだったから。特に、ここガンガルシアの建物は日本の建築物、日本の木組みの建物は興味深い。」

 そうか、やっぱり自分の興味がある仕事が一番だよね。

「あと、名前は音都羽って呼んで。私もタクミって呼ぶから。」

 いきなり女の子に呼び捨ては、難易度高いよ。恥ずかしいな。それとも音都羽ちゃんって僕のこと…?

 そんな僕の痛い勘違いが伝わったのか、セシルから声がかかる。
「田中よ。変な勘違いしてそうじゃから、言っておくが。エレメンテには、敬称というものが無い。日本では自分より年上の人に"さん"を、年下には"ちゃん"や"くん"を付けて呼ぶのが、普通なのだろう?しかし、エレメンテでは、見た目と年齢が比例しない者たちが多いのでな。もはや、敬称などというものは無くなったのじゃ。唯一あるのは、王への敬称のみ。わかったかのぅ。」

 そうなんだ!勘違いした自分が恥ずかしい…。

「せやな。じゃあ、自分のことも朔夜って呼んでや。いやぁ、タクミは童顔やから、さん付けで呼ばれることに違和感なかったわ。タクミの方が年上やろ?アースにいるときは、バイトで"朔夜さん"って呼ばれてたからなぁ。慣れって怖いなぁ。」

 また一つ、エレメンテのルールを覚えた僕であった。って、僕はこの世界に馴染めるようになるのだろうか?不安…。

「まぁ、タクミの処遇も決まったし、我らは日本に帰るとしようかのぅ。」
 セシルが僕とトールに視線を向ける。

 と、トールが微妙な表情で話しかけてくる。
「タクミさん、言いにくいのですが。戻ったアースでは、2日くらい経過しているでしょう。アースからエレメンテ、エレメンテからアースへと移動する際に、時間が少しズレてしまうのです。向こうはたぶん、夜ですね。」

 僕がグールに取り憑かれたときは深夜だった。でも、エレメンテでは真昼だった。時間がズレてるって?
「ということは、僕は2日も無断欠勤!どうしよう!」

「それなら大丈夫じゃ!『2日ほど身辺整理に時間をください、田中。』と書いた紙を田中の上司の机に置いておくように、アースにいる仲間に指示しておいたのじゃ!」
 いつの間にそんな指示を!
「いや、我ではなく、エルの差し金じゃ。エルは出来る従者じゃからのぅ。」

 エル!ありがとう!僕のこと、てっきり嫌いなのかと…!

 エルに感謝の言葉を言おうと、エルの方を向くと、僕が口を開くより早く、
「私はドラゴンが好きではありません!が、マスターはドラゴンを放ってはおけない方なので。マスターに感謝するように。」
 と、冷淡な顔で言う。

「はい、ありがとうございます…。セシルさま。」

 やっぱりエルは怖い…。

「では、田中よ。戻ったら、まず我のマンションの一室に引っ越してもらうぞ。家具や家電は揃っておるからのぅ。ウィークリーマンションというヤツじゃ!そこで管理人業務をしながら、エレメンテのルールを覚えてもらう。そして、何の仕事をしたいのか、じっくり考えるのじゃ!」

「変現の仕方もゆっくり覚えていきましょうね。僕が手伝いますから。」

 そうだな。向こうの世界ではお金を稼ぐために働いていたけど、エレメンテではそれではダメみたいだし。仕事について、良く考えてみよう。

「ガルシア、朔夜、音都羽、世話になったな。迷惑をかけた礼に、近いうちに、日本に呼ぶとしようかのぅ。」

「マジか!俺は、新しいゲームするぞ!」
「じゃあ、自分は、今度はお好み焼き屋でバイトするかな。」
「私は、神社仏閣巡り。」

 3人とも、喜んでいるようだ。どこかに旅行でもする感覚なのかな?僕もまた3人に会いたいな。

 ガルシア達には、本当にお世話になったから、お礼を言っておこう。

 セシルも、待ってくれているようだ。

「皆さん、お世話になりました。
 ガルシア様がいなかったから、僕は討伐されていたかもしれません。命の恩人です。このご恩はいつか必ずお返しします。
 朔夜、美味しいご飯ありがとう。
 音都羽、次に会うときは、自分の意思で変現できるようにするからね。僕が壊した王宮を直してくれてありがとね。」

 僕が3人に感謝の言葉を言い終わると、景色が一変した。


 見慣れたコンビニの看板。

 アースに戻ってきたのだ。

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