異世界に移住することになったので、異世界のルールについて学ぶことになりました!

心太黒蜜きな粉味

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ベアルダウン王国編

173話 主人公、自給自足を経験するー3

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 僕は手と足を鋭い爪に変化させて、ほぼ垂直の岩壁を、しがみつくように登っていた。

「はぁ、はぁ。あと少しだ。」

「頑張れ、タクミ!」

 壁を登りきったユーリが励ましてくれる。
 さすがは冒険者。ユーリは大きなリュックを背負っているのに、息も乱れてないし、平気な顔をしている。

 やっとの思いで登りきると、そこには、キレイな花畑が広がっていた。そして、花畑の奥の森の中に神殿らしき建物が見える。

 あれが、例の神殿かな?

 森の手前には、粗末な小屋が点在している。

 ここに、紋章システムを放棄した人達が住んでいるのか?

『この島は温暖な気候で、獰猛なケモノはあまりいない。だから、紋章システムを放棄した人達にはちょうどいい島なんだよ。』

 ユーリはそう言っていた。

『成人の時に、どの国も選ばずに紋章システムを放棄する人は、ほとんどいないのさ。紋章システムを放棄するのは、皆、事情を抱えた者ばかりだ。愛する人が先に死んでしまって、何も考えたくなくて逃げてきた者。紋章システムっていう便利な道具を使うことに罪悪感を抱いて放棄した者。そんな人達が集まって暮らしているのが、この島だ。』

『彼らは、この島で自給自足の生活をしている。アタイは彼らに頼まれて、必要な物資を定期的に届けているのさ。そして、国に戻る気になった者を連れ帰ることもある。国外専門の冒険者には、そんな役目もあるんだよ。』

 ここには、粗末な小屋があるだけだ。こんな場所で自給自足なんて。これじゃ、原始的な生活しかできないだろう。

 僕には無理だ。火をつける道具もない。水を溜めておく場所も井戸もない。そして、やっぱり一番困るのは下水が無いことだ。日本の生活に慣れきっている僕は、トイレや風呂が無い場所は苦手だ。
 外でっていうのは抵抗があるし、環境にも良くないと思うんだよなぁ。

 ユーリは花畑の中を歩いて、ある一軒の小屋に近付く。扉を叩くと、男性が出てきた。肩まで伸びた髪、生やしたままのヒゲ、そして粗末な服。

「久しぶりだね、ナナシ。騒がせて悪いけど、例の神殿の調査に来たんだ。しばらく滞在させてもらう。はい、これ。頼まれてた物だよ。」

 ユーリはリュックごと、荷物を全部、男性に渡す。

「うむ、わかった。が、他の者達には声をかけるなよ。そっとしておいてくれ。」

「分かってるよ。」

 ユーリはそう言うと、花畑を抜けて森の中へ入って行く。僕はユーリの後を追う。

 小屋からかなり離れた位置までくると、やっとユーリが口を開く。

「彼らは世捨て人。できるだけ誰とも会いたくないのさ。だから、そっとしておくという約束なんだよ。」

「あの男性は?」

「彼は名無し(ナナシ)。自分の名前さえ捨てて、この島に逃げ込んだ男だよ。ナナシは以前、ガンガルシア王国で討伐者をしていた。優秀な討伐者だった。でも討伐中に、最愛の人を亡くしたんだ。ナナシの愛した人は、ナナシの目の前で怪異に殺された。」

「えっ?防御結界は?この世界には身を守るための結界があるんだよね?」

「ガンガルシア王国の討伐者の中には、自分を限界まで追い込まないと納得できないヤツがいるのさ。そいつらは、防御結界を使わない。ナナシの愛した人も、そういうヤツラと同じだ。強さだけを追い求めてた。」

「治療はできなかったの?」

「心臓を一突き。胸には大きな穴が開いていたよ。彼らのチームを見つけて助けたのは、アタイの姉貴、サーシャのチームだった。見つけた時には、ナナシも瀕死の状態で、ナナシ以外は即死だった。」

「防御結界があれば、助かってたんじゃ…?」

「ガンガルシアの討伐者はチームで動く。1人でも生き残れば、救助を呼べるからだ。胸に穴が開いていても発見が早かったら、助かるんだよ。でも唯一の生き残りのナナシは瀕死で、助けが呼べなかった。そういう場合は、普通、パートナー精霊が助けを呼ぶんだが、ナナシの場合はそれもうまく機能しなかった。」

「ナナシのパートナー精霊に何かあったの?」

「使用者とパートナー精霊はつながっている。目の前で最愛の人が殺されたショックと、その後すぐに瀕死級の攻撃を受けたことで、パートナー精霊はしばらく具現化できなかったのさ。やっと具現化できたパートナーを、ナナシは責めた。そして、自分のことも。連絡さえできれば、最愛の人は助かっていたかもしれないから。」

 そんな…。彼は悪くない。そしてパートナー精霊も。

「パートナー精霊を見るとその時の記憶が蘇ってしまう。だから、ナナシは紋章を捨てて、ここでひっそりと暮らしてる。」

「彼はその人の事をすごく愛してたんだね…。」

「この島は食材や水は豊富だけど、布とか塩とか不足するものもある。アタイはそれを届けに定期的に来てる。そして、重要な目的がもうひとつ。」

 重要な目的?

「グールの気配が無いか確認してるのさ。紋章システムを持つ者がグールに取り憑かれた時は、パートナー精霊が察知して王宮に自動で連絡が入るんだよ。でもここの人達は、パートナー精霊がいない。もし、グールに取り憑かれて怪異に変貌したら、怪異は必ず7つの国へやって来てヒトを襲う。それを防ぐためだよ。」

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