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祀之巻
人鬼合戦「鬼は外?」
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節分。
それは、人も妖怪も住むこの世界では特別な意味を持っていた。
ここは冬京の御剣神宮。
節分に祭祀を行う神社はそう珍しくは無いが、中でもこの御剣神宮のモノは特別だった。
「本物の鬼」と豆まきができる、との前評判により普段は知る者のみしか立ち入らないこの神社は大盛況であった。
「隠れ蓑に過ぎない神社とは言え、やはり参拝客が居ないと言うのは寂しいですからね。普段からこのくらい人の入りがあると嬉しいのですが」
と頭に角を生やし、巫女装束を着た少女が呟く。
御剣神宮の巫女、高杉玲奈である。
「普段からこの入りやったら、ウチら二人・・・いや今はここに住んでるみんなが居たとしても捌ききれないやろ?」
同じく頭に角を生やし、巫女装束を着た玲奈よりは少し年季の入った感じのする少女がいう。
玲奈の姉、神無である。
「人って不思議ですね、いえ、不思議でも無いのですね。いつの世ももの珍しさだけで行動する・・・あ、ごめんなさい今日はそういうの無しでしたね。」
何処か遠いところを見つめる、やはりこちらも頭に角を生やした少女。
且つて、人の憂き目に遭い鬼と変じてしまった生成の者、九鬼姫子である。
「九鬼殿の言う事は分からなくもない、だからこそ今日は人も鬼も楽しくやろう。と言うのが我々がこうした催しをするようになった切っ掛けだよ。」
本当の妖怪が棲む処、御剣神宮。
いつしかそれは、人の憂き目に遭った妖怪達の駆け込み寺(神社だが)の様なものになっていた。
姫子も千年以上の昔に封じられ、その封が解けた時にはおよそ数十年前。
なんとかその正体を隠しながら人の世を渡り歩いてきたが、その中で此処にたどり着き今に至る。
「大体集まったようやね、姫子!ビシッと頼むで!」
そういって神無は用意していた拡声器を姫子へと差し出した。
「え、私がやるのですか!?あ、私じゃない方がいいのか。」
突然の事に戸惑いながらも一呼吸置いた後に語り出す。
「あ、あー・・・。人間共よ、今日(こんにち)が何の日か知っているか!?」
先ほどまでとは打って変わった様子で喋り始める姫子は人に問うた。
その答えを待って更に続ける。
「今ここに居る妾達は何者ぞ!?」
『鬼ー』
「鬼はー?」
『外ー!』
「よーし、上等だ、今年もやり合うぞ!!」
『おー!!』
と言うようなやり取りの後、詳細はまた別に語られる事になるのだが、大役を終えて戻ってきた姫子はとても緊張した様子であった。
「お疲れさんやで。大丈夫?」
「へ、平気です。久しぶりに荒い言葉を使ったので少し昂ってしまっただけです。千年前は気にならなかったのになぁ。」
「見事でしたよ。私も正直圧倒されてしまいましたもの。同じ鬼なのに。」
そう言った玲奈の顔は何処か悔しそうであった。
「さて、ウチらも改めて『ルール』の確認やね。」
御剣神宮で催される豆まきは通称「人鬼合戦(ひとおにかっせん)」と呼ばれるもので、サバイバルゲームの様な競技である。
鬼陣営(現状僅か3名)は被弾確認の為の白の装束に着替え、人陣営はこの白の装束を専用の豆・・・、豆型ペイント弾によってある程度染め上げられば勝ち。制限時間を設けその時間内に勝利条件を満たせないか、或いは鬼陣営の「攻撃」に怯んだ時点で失格とし、人陣営の全員失格で鬼陣営の勝利。
「豆弾の発射方法は銃以外にも術でも許可されてるし、ウチらからも今日専用の符を用意してあるから油断禁物やなー。」
「こちらからの攻撃って具体的には?」
「んー、まぁ、命(たま)取らない程度に脅かせればなんでもあり?あ、術で火とか雷とか使うのはあかんで。」
「心得ました。」
人の側も準備を終えて双方共に臨戦態勢と言った状態である。
「さぁ、双方とも準備はよろしい様ですね。それでは、第3回人鬼合戦「鬼は外」始め!!」
司会の合図と思しき声が聞こえたが、既にその場には誰も居なかった。
高杉家の忍び、慶蔵の仕事である。
双方の陣営の間には柵が設けてあるのだが、鬼側はこの柵を軽々と越え、或いは壊し人を攻め始めた。
合戦の参加者は、ごく一部何の力も持たない一般人も混ざっては居るが、将来有望な退魔師も中には居た。
一般参加者は、この柵を飛び越えての一撃だけでひるんでしまったが、普段から本物の妖と対峙している退魔師にこけ脅しは通用しなかった。
人に徒なす妖と違い、目の前の鬼達は絶対に自分たちの命を奪わない。
それだけで、自分達にとっては有利な条件と言えた。
「それやったら、こんなのはどうやろ?」
神無は懐から一枚の符を取り出した。
すると、人の側が突然何かに怯え始めた。
「よ、よせ、やめろ、来るな、う、うわああああああ!!」
周りにいた筈の仲間たちが突如制御不能の妖と化し襲ってくる。
「って言う幻を見せてやったんやけど、効果覿面やな、これ。」
失神する寸でのところで、人達は口々にこう呟く。
「お、鬼・・・」と
「鬼だからなぁ、実際。」
卒倒した人達を次々と別所の控えに運ぶは忍びの慶蔵。
「これで3分の1くらいは失格やね。さて残りも・・・」
そこまで言いかけたところで神無は何かに気づき
「二人とも、離れるんや!」
そう言った神無に、大粒のペイント弾が着弾、規定量を一撃で浴びてしまった。
「固めて射出とは、やるやないか・・・。二人ともあとは任せたで!」
規定に従い、神無は退場。
「わざと、ですね・・・。あの人面倒くさくなったんだ。」
気配を察知して避けても十分間に合うくらいには間があった。
また、榴弾上のそれが飛散したとしても規定量には及ばない筈であったものを、直撃を受け脱落したのは多分そういう事だろうと言う玲奈の勘。
実際、榴弾を発射してきた者たちは、さほど脅威にはならず直ぐに制圧できた。
「姉上では無いが、これでも半分か。確かに骨が折れるなぁ。」
「大丈夫ですよ、玲奈さま。私にいい考えが。」
そう言った姫子は、急に息を吸い始めたので、玲奈は合点がいった。
『!!!!』
精一杯の咆哮を周囲に響かせ、周囲の人間を一網打尽にした。
これを適当な距離を歩くごとに繰り返し、残存勢力をひたすら潰していく。
「これで残りは数えるくらいになったか?」
「咆哮が通用しない、本当の精鋭ですねぇ。」
あと十数人、対してこちらは種の違いがあるとは言え二人。
一斉に掛かられたらたまったものではないが、その予想は現実となる。
「ちっ、やはりこうなってしまうか!」
自動小銃型の発射機を構えた精鋭達。
符を掲げ、榴弾サイズにまで豆を肥大化させていくものも居る。
「どちらが先に出ても、どちらかは退場してしまうだろうなぁ。」
人も鬼もどちらも先には動かない。
恐らくそれぞれのギリギリの間合い。
飛び込めばどちらに転んでも勝負は一瞬。
「玲奈さま、今年の合戦も、楽しかったです。」
そう言って姫子は、動き出した。
飛んでくる豆のいくつかは、金棒で弾いては居るが全てを弾ききれている訳では無い。
このままでは被弾限界に達してしまう。
が、火線を敢えて集中させる事によって隙を作ろうと言う目論見はこの時点で成功していた。
姫子はここで被弾限界を迎え退場してしまうが、玲奈はその隙に残っていた者すべての武装を無力化していた。
「すまない、九鬼殿!」
残っていた全ての人を制圧し、鬼の勝利かと思われていたが様子がおかしい。
「まだ一人残っている!?」
徒人も、退魔師も、その精鋭も今ここで全て脱落させた筈。
そんな折、出遅れたであろう人の子供が玲奈に向って豆を投げている。
「おにはーそとー」
たどたどしい声でそんなことを言いながら一生懸命に豆を蒔いている姿に屈したのか、或いは最初から予定されていたのか。
被弾限界にはまだとても遠い玲奈であったが
「やーらーれーたー」
と棒読みの台詞を残してその場に伏したのであった。
結果として、今回の合戦は人陣営の勝利に終わった。
結末を知ったものは口々に「そんなのありかよー」と言っていたが、まんざらでもないと言った表情であった。
こうして、今年も鬼は外へと追いやられ・・・る事も無く、共に戦った人の子らと共に。
鬼も人も福も外で元気いっぱいに騒ぎ合うのであった。
この地に跋扈する、悪しき妖怪達により死と隣り合わせの生活をする徒人と、それらを討伐する退魔師と、本物の妖とが一堂に会し騒ぎ合う。
この日、この時、この場所だけは、そんな平和があっても良いのではないだろうか。
冬ノ京ニ妖ノ踊ル 祀之巻~人鬼合戦「鬼は外?」~ -了―
それは、人も妖怪も住むこの世界では特別な意味を持っていた。
ここは冬京の御剣神宮。
節分に祭祀を行う神社はそう珍しくは無いが、中でもこの御剣神宮のモノは特別だった。
「本物の鬼」と豆まきができる、との前評判により普段は知る者のみしか立ち入らないこの神社は大盛況であった。
「隠れ蓑に過ぎない神社とは言え、やはり参拝客が居ないと言うのは寂しいですからね。普段からこのくらい人の入りがあると嬉しいのですが」
と頭に角を生やし、巫女装束を着た少女が呟く。
御剣神宮の巫女、高杉玲奈である。
「普段からこの入りやったら、ウチら二人・・・いや今はここに住んでるみんなが居たとしても捌ききれないやろ?」
同じく頭に角を生やし、巫女装束を着た玲奈よりは少し年季の入った感じのする少女がいう。
玲奈の姉、神無である。
「人って不思議ですね、いえ、不思議でも無いのですね。いつの世ももの珍しさだけで行動する・・・あ、ごめんなさい今日はそういうの無しでしたね。」
何処か遠いところを見つめる、やはりこちらも頭に角を生やした少女。
且つて、人の憂き目に遭い鬼と変じてしまった生成の者、九鬼姫子である。
「九鬼殿の言う事は分からなくもない、だからこそ今日は人も鬼も楽しくやろう。と言うのが我々がこうした催しをするようになった切っ掛けだよ。」
本当の妖怪が棲む処、御剣神宮。
いつしかそれは、人の憂き目に遭った妖怪達の駆け込み寺(神社だが)の様なものになっていた。
姫子も千年以上の昔に封じられ、その封が解けた時にはおよそ数十年前。
なんとかその正体を隠しながら人の世を渡り歩いてきたが、その中で此処にたどり着き今に至る。
「大体集まったようやね、姫子!ビシッと頼むで!」
そういって神無は用意していた拡声器を姫子へと差し出した。
「え、私がやるのですか!?あ、私じゃない方がいいのか。」
突然の事に戸惑いながらも一呼吸置いた後に語り出す。
「あ、あー・・・。人間共よ、今日(こんにち)が何の日か知っているか!?」
先ほどまでとは打って変わった様子で喋り始める姫子は人に問うた。
その答えを待って更に続ける。
「今ここに居る妾達は何者ぞ!?」
『鬼ー』
「鬼はー?」
『外ー!』
「よーし、上等だ、今年もやり合うぞ!!」
『おー!!』
と言うようなやり取りの後、詳細はまた別に語られる事になるのだが、大役を終えて戻ってきた姫子はとても緊張した様子であった。
「お疲れさんやで。大丈夫?」
「へ、平気です。久しぶりに荒い言葉を使ったので少し昂ってしまっただけです。千年前は気にならなかったのになぁ。」
「見事でしたよ。私も正直圧倒されてしまいましたもの。同じ鬼なのに。」
そう言った玲奈の顔は何処か悔しそうであった。
「さて、ウチらも改めて『ルール』の確認やね。」
御剣神宮で催される豆まきは通称「人鬼合戦(ひとおにかっせん)」と呼ばれるもので、サバイバルゲームの様な競技である。
鬼陣営(現状僅か3名)は被弾確認の為の白の装束に着替え、人陣営はこの白の装束を専用の豆・・・、豆型ペイント弾によってある程度染め上げられば勝ち。制限時間を設けその時間内に勝利条件を満たせないか、或いは鬼陣営の「攻撃」に怯んだ時点で失格とし、人陣営の全員失格で鬼陣営の勝利。
「豆弾の発射方法は銃以外にも術でも許可されてるし、ウチらからも今日専用の符を用意してあるから油断禁物やなー。」
「こちらからの攻撃って具体的には?」
「んー、まぁ、命(たま)取らない程度に脅かせればなんでもあり?あ、術で火とか雷とか使うのはあかんで。」
「心得ました。」
人の側も準備を終えて双方共に臨戦態勢と言った状態である。
「さぁ、双方とも準備はよろしい様ですね。それでは、第3回人鬼合戦「鬼は外」始め!!」
司会の合図と思しき声が聞こえたが、既にその場には誰も居なかった。
高杉家の忍び、慶蔵の仕事である。
双方の陣営の間には柵が設けてあるのだが、鬼側はこの柵を軽々と越え、或いは壊し人を攻め始めた。
合戦の参加者は、ごく一部何の力も持たない一般人も混ざっては居るが、将来有望な退魔師も中には居た。
一般参加者は、この柵を飛び越えての一撃だけでひるんでしまったが、普段から本物の妖と対峙している退魔師にこけ脅しは通用しなかった。
人に徒なす妖と違い、目の前の鬼達は絶対に自分たちの命を奪わない。
それだけで、自分達にとっては有利な条件と言えた。
「それやったら、こんなのはどうやろ?」
神無は懐から一枚の符を取り出した。
すると、人の側が突然何かに怯え始めた。
「よ、よせ、やめろ、来るな、う、うわああああああ!!」
周りにいた筈の仲間たちが突如制御不能の妖と化し襲ってくる。
「って言う幻を見せてやったんやけど、効果覿面やな、これ。」
失神する寸でのところで、人達は口々にこう呟く。
「お、鬼・・・」と
「鬼だからなぁ、実際。」
卒倒した人達を次々と別所の控えに運ぶは忍びの慶蔵。
「これで3分の1くらいは失格やね。さて残りも・・・」
そこまで言いかけたところで神無は何かに気づき
「二人とも、離れるんや!」
そう言った神無に、大粒のペイント弾が着弾、規定量を一撃で浴びてしまった。
「固めて射出とは、やるやないか・・・。二人ともあとは任せたで!」
規定に従い、神無は退場。
「わざと、ですね・・・。あの人面倒くさくなったんだ。」
気配を察知して避けても十分間に合うくらいには間があった。
また、榴弾上のそれが飛散したとしても規定量には及ばない筈であったものを、直撃を受け脱落したのは多分そういう事だろうと言う玲奈の勘。
実際、榴弾を発射してきた者たちは、さほど脅威にはならず直ぐに制圧できた。
「姉上では無いが、これでも半分か。確かに骨が折れるなぁ。」
「大丈夫ですよ、玲奈さま。私にいい考えが。」
そう言った姫子は、急に息を吸い始めたので、玲奈は合点がいった。
『!!!!』
精一杯の咆哮を周囲に響かせ、周囲の人間を一網打尽にした。
これを適当な距離を歩くごとに繰り返し、残存勢力をひたすら潰していく。
「これで残りは数えるくらいになったか?」
「咆哮が通用しない、本当の精鋭ですねぇ。」
あと十数人、対してこちらは種の違いがあるとは言え二人。
一斉に掛かられたらたまったものではないが、その予想は現実となる。
「ちっ、やはりこうなってしまうか!」
自動小銃型の発射機を構えた精鋭達。
符を掲げ、榴弾サイズにまで豆を肥大化させていくものも居る。
「どちらが先に出ても、どちらかは退場してしまうだろうなぁ。」
人も鬼もどちらも先には動かない。
恐らくそれぞれのギリギリの間合い。
飛び込めばどちらに転んでも勝負は一瞬。
「玲奈さま、今年の合戦も、楽しかったです。」
そう言って姫子は、動き出した。
飛んでくる豆のいくつかは、金棒で弾いては居るが全てを弾ききれている訳では無い。
このままでは被弾限界に達してしまう。
が、火線を敢えて集中させる事によって隙を作ろうと言う目論見はこの時点で成功していた。
姫子はここで被弾限界を迎え退場してしまうが、玲奈はその隙に残っていた者すべての武装を無力化していた。
「すまない、九鬼殿!」
残っていた全ての人を制圧し、鬼の勝利かと思われていたが様子がおかしい。
「まだ一人残っている!?」
徒人も、退魔師も、その精鋭も今ここで全て脱落させた筈。
そんな折、出遅れたであろう人の子供が玲奈に向って豆を投げている。
「おにはーそとー」
たどたどしい声でそんなことを言いながら一生懸命に豆を蒔いている姿に屈したのか、或いは最初から予定されていたのか。
被弾限界にはまだとても遠い玲奈であったが
「やーらーれーたー」
と棒読みの台詞を残してその場に伏したのであった。
結果として、今回の合戦は人陣営の勝利に終わった。
結末を知ったものは口々に「そんなのありかよー」と言っていたが、まんざらでもないと言った表情であった。
こうして、今年も鬼は外へと追いやられ・・・る事も無く、共に戦った人の子らと共に。
鬼も人も福も外で元気いっぱいに騒ぎ合うのであった。
この地に跋扈する、悪しき妖怪達により死と隣り合わせの生活をする徒人と、それらを討伐する退魔師と、本物の妖とが一堂に会し騒ぎ合う。
この日、この時、この場所だけは、そんな平和があっても良いのではないだろうか。
冬ノ京ニ妖ノ踊ル 祀之巻~人鬼合戦「鬼は外?」~ -了―
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