表裏一体

驟雨

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十九話

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 いよいよ今日が私の配信日になった。朝は6時に目が覚めてしまい、少し冷える空気が澄み渡るような朝を全身で体感した。一階に降りて朝食のトーストを焼き、ベーコンと目玉焼きを焼いて乗せる。最近、やっと覚えた料理を上手にでき上機嫌になる。

 Dメガネで動画を流しながら力作を口に放り込む。半熟の目玉焼きから黄身が溢れ出てきて、少し失敗したなと思い返す。私は完熟の目玉焼きにしたかった。

 シロの初配信の動画をもう一度見直そうと動画を漁る。早速配信の切り抜きが上がっていた。シロ特有の失敗したところを切り抜いた動画が多く、シロは昨日の配信で25回も噛んでいたそうだ。コメントで『これまでの配信では1時間平均18.3回噛んでいたのに対し今回の1時間の配信で25回も噛んでいることから今回のシーちゃんは相当緊張していたに違いない』というこれまで配信を全て見ている、変態コメントを見つけ一人で爆笑しているとちょうどシロが起きてきた。

「おはよ~。何笑ってんの?」

「ああ、シロおはよ。今このコメント見てさ」

 私はDメガネを外してシロに見せる。シロは照れ臭そうに笑いながらDメガネを外した。

「ふふふっこの人私の初配信からずっと見てくれている人なんだよね。いっつも面白いコメントしてくれる」

 牛乳をコップに注ぎながらシロは嬉しそうに答えた。

「あ、サク自分で朝ごはん作れたんだ!」

 シロは私の手元を見て驚いたように近寄ってくる。私はこの家に来るまで一度も料理をしたことが無かった。この家にきて初めてハンバーグを作ったときは、レシピもわからないままポン酢や醤油を入れてひき肉をただ焼いてしまった。食卓に出した時は焦げてボロボロになっているだけだと思っていたシロとコウだったが、ハンバーグを口に入れた瞬間思わず吐き出していた。

 何を入れたか聞かれ正直に入れた調味料を答えると、シロとコウは何も言えなくなりただただ苦笑いをしていた。私はハンバーグが黒いから黒い調味料を使った方がいいと思ってと、苦し紛れの言い訳をしたがそれ以降私は料理当番を外されて、時々シロとコウに料理を教えてもらっていた。

「私ももう朝ご飯くらい作れるよ。シロのも作ろうか?」

「えー!作って作って!サクと同じやつがいいな!」

 仕方ないなぁと言うふうに立ち上がったが、初めて自分の料理を食べたいと言ってもらえて内心ワクワクしていた。シロがソファから身を乗り出し私が料理する姿を見守る。

「どうしたシロ。変なものはもう入れないよ」

「違うよ!サクが料理できるようになって嬉しいなって思っただけ!写真とろー!」

 後ろでパシャパシャ鳴っているが、私は振り返ることができなかった。今はベーコンを焼いている途中で目を離す隙なんかこれぽっちもなかった。

「そんなに集中しなくても大丈夫だよ」

 苦笑いで伝えてくるシロに、頭だけで返事をしてベーコンをひっくり返す。程よい焼き加減に仕上がったベーコンは、嬉しそうに油を飛ばしている。私は素早くベーコンの上に卵を落とし蓋をした。

 数分時間を置いて蓋を開ける。フライパンの上にはベーコンエッグが完成されていた。

「シロやったよ!できたよ!」

 見て見てと言うように手放しで喜びシロの方歩み寄り手を掴む。

「ちょちょちょ!焦げちゃう焦げちゃう!」

 シロは慌てて台所に入ってきてIHの火を止めた。

「ごめん。見えてなかった」

 しょんぼりとする私に、シロは励ますように私の肩を叩いた。

「大丈夫だよ!料理は味が全てだから!ほら食べるよ!」

 シロの励ましを素直に受け入れて、私はあらかじめ焼いておいたトーストにベーコンエッグを乗せる。お皿を出しシロのところに持って行くと、シロは手を叩いて喜んだ。

「いただきまーす!うん!美味しい!」

 シロが次々にトーストを口に運んで行く姿を見て、心の底から嬉しさが湧き上がってくる。

「本当?美味しい?」

 シロは頷きがら口元を拭う。

「めちゃくちゃ美味しい!サクありがとね!」

 私は初めて味を褒められ思わず舞い上がってしまう。思わずだらしない顔をしているとシロが嬉しそうに笑った。

「サク成長したね!こんなに料理できるようになるなんて思いもしなかった!最初の頃は…本当にね…」

「その節はすいませんでした」

 私は素直に頭を下げて謝る。シロとコウには本当にいろんなことを教えてもらった。家事なんて何一つできなかったけれど、一つずつ丁寧に根気ずよく教えてくれた。

「もーそんなに謝らないでよ!少なくとも今のサクは料理も洗濯もお風呂掃除もできるようになったんだから!」

「うん!本当にありがとね」

 シロは微笑んだままトーストを口に入れて美味しい!と叫んだ。私も嬉しくなってシロの写真を撮る。シロと騒いでいると声が大き過ぎたのかコウが起きてきた。

「何事?」

「あ、コウおはよ。うるさかった?」

「いや別に。もう起きてたし」

 目を擦りながら牛乳を飲んでいるコウはまだまだ眠そうだ。

「ねえねえ聞いて!サクがね朝ご飯作ってくれたんだよ!」

 それを聞いたコウは目を見開いて牛乳を飲む手を止めた。

「え!本当に!?な、何作ったの!?」

 動揺を隠せないコウの眠気がどこか遠くに飛んで行ってしまったようだ。

「見て見て!ベーコンエッグトースト!美味しいよ!」

 シロの見せたベーコンエッグトーストに焦げてるという言葉を飲み込んだコウはなんとも言えない表情をしている。

「コウも作ってもらいなよ!見違えるほど美味しいから!」

「う、うん…」

 シロの言葉に驚きを隠せないコウは固まった顔で首だけを動かした。まだあの時のトラウマが残っているのだろう。なんせコウは残したらいけないといい、一人で私の作ったハンバーグを食べ切ったのだ。

 コウの不安をかき消そうと私は親指だけを立ててグッと合図をした。

「大丈夫!私も成長してるから!」

 コウの不安はまだ消えないようで複雑な表情をしている。

「えー!コウ美味しかったよ!シロの作ったベーコンエッグトースト!食べないの?」

 シロのダメ押しにコウは渋々頷いた。

「じゃあ私にも作ってもらおうかな、お願いしていい?」

 コウは真剣な表情で私を見つめてきたため、私は顔に力を入れながら頷いた。私は一歩一歩気合を注入しながらリビングに向かう。硬い表情の私を見たシロが助言をしてくれる。

「さっきと同じようにやれば大丈夫だから!」

 両手の拳を胸の前で握っているシロに少し癒されながら、キッチンに入った私はさっきと同じように料理を進めていく。『ジュ~』目玉焼きの焼ける美味しい匂いがキッチンに充満する。

 コウの硬い表情がどんどん柔らかくなっていき、卵が焼き終わるころには笑顔になっていた。

「ありがとうサク」

 コウはゆっくりとベーコンエッグトーストを口に運び、一口一口を警戒するように噛み締めた。口元についた油を丁寧に拭い、コウが始めに発した言葉は「美味しい」だった。

「え、びっくりするぐらいおいしいよ!サク料理上手くなったね!」

 コウに素直に褒められて喜ぶ私にシロがハイタッチを求めてくる。私は思いっきりシロにハイタッチをしてシロと抱き合った。シロのいい香りが私の鼻腔を満たす。

 コウはベーコンエッグトーストをものの数分で食べ尽くし、私に向けて親指を立てた。

「サク料理上手になったね!驚いちゃった」

 コウにも誉められてシロの頭の後ろでガッツポーズをする。シロにお礼をいい浮き足立ちながら台所に向かい片付けをやり始めた。

「いいよサク!私達で片付けやっておくから!」

「そうそう。サクは配信の準備でもしておきな」

 コウとシロの好意を素直に受け取り二階に上がる。私は以前から使用していたDメガネを起動してサムネ作りを開始する。簡単なサムネを意識して文字の配置や背景を分かり易いものにする。

 集中して作業をしていると12時を回っていた。少し休憩しようと下に降りたらコウとシロがご飯を作っていた。

「サクもうすぐご飯できるよ!」

「うん、わかった」

 私は手を洗おうと洗面台にいく。ふと目に入った鏡の自分の顔をしばらく見ていると、自分の顔にできものができていることに気がついた。驚きのあまり走ってリビングに急ぐ。

「シ、シロ…これ、これ!」

 一瞬驚いた表情を見せた二人だったがすぐに真顔に戻り「あーニキビできちゃたのか後で薬塗らなきゃね」と落ち着いた表情でまたお昼ごはんの準備を始めた。

 拍子抜けした私は「え、え、これ大丈夫なやつなの?」と言葉に詰まりながら二人に聞いたが二人には「うん~ストレスとか寝不足でなるやつだから気にしないで」と片手間にあしらわれた。少々不満もあったが二人が大丈夫というなら大丈夫なのだろうと私はソファにでくつろいだ。

 しばらくして二人が作った美味しそうなご飯が運ばれてきた。運ばれてきたご飯は秋刀魚の塩焼きと肉じゃがだった。私の好物の肉じゃがに歓喜の声を上げながら私は思わず正座をする。

「はい!今日はサクの好きな肉じゃがたよ!ふふふっ!」

 シロが嬉しそうに私の前にご飯を並べる。私はうんうんと2回頷きシロに笑って見せた。

「今日はサクが朝ごはん作ってくれたからサクの好きな物にしたんだ」

「え!ありがとう!嬉しい」

 コウとシロは嬉しそうに皿を運んで席についた。

「いただきます!」

 三人で手を合わせてご飯を食べ始める。私は早速二人が作ってくれた肉じゃがを口に運んだ。じゃがいもと牛肉を口に入れた瞬間口の中にほろほろとじゃがいもの甘みが広がる。

「んま~」

 思わず声に出してしまった。

「そんなに喜んでもらえるとこっちとしても嬉しいね」

 コウとシロが照れ笑いを浮かべながら秋刀魚を口に運んでいる。私はただただ美味しい肉じゃがに感動して肉じゃがの虜になってしまった。
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