表裏一体

驟雨

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十四話目

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 桜も散り終わり暖かい日差しが肌を刺激するほど強くなった頃、私は恐怖の巣窟であるこの家から私はでていった。

 荷物もまとめ終わり、シロのお母さんが運転する白の軽バンに積荷し終わった。後は私がバンに乗り込むだけだ。玄関で靴を履いているとおばさんと夏樹が見送りに来てくれた。

「空ちゃん、いってらっしゃい。新しいところでも頑張ってね」

「うん、おばさんもこれから大変だと思うけど頑張ってね」

 おばさんは少し寂しそうに笑った。おばさんに家を出ていくと言ってからの二週間は本当に楽しかった。あの後夏樹とは毎日のようにゲームセンターにいったし、おばさんとはこれまでにないくらい話をした。

「夏樹も頑張ってね」

 夏樹は足元を見ながら頷いた。

「空ちゃんも頑張ってね。その、応援してるから」

 その言葉を聞きながら立ち上がった私は二人に背を向けて微笑んだ。

「じゃあ行ってくるね」

 二人の顔をまじまじと確認しながら玄関のドアノブに手をかける。玄関をでる瞬間に少しだけ立ち止まり「おつサク~」と呟いた。きっとおばさんはなんのことか分からなかっただろうが、夏樹には伝わっていたはずだ。

 外は一欠片の雲もない晴天だった。私は口に出さないように空に向かって「さようなら」と大きく宣言する。

「よろしくお願いします」

 シロのお母さんに一言挨拶し軽バンに乗り込む。助手席にはシロが乗っており後部座席にはコウが乗っていた。

「久しぶり!」

 その後に言葉に詰まった二人は恐る恐る「大丈夫だった…?」と確認した。この二週間二人は毎日のように連絡をくれた。常にどうでもいいことを話してくれてとても心強かった。

「うん!大丈夫!」

 その返事と共に車が走り出した。おばさんと夏樹が玄関から出てくる。夏樹は走って、おばさんはゆっくりと歩いて出てくる。夏樹は手を振りながら何か叫んでいる。私はゆっくりと車の窓を開ける。

「じゃあね!また遊ぼうね!」

 私も釣られて手を振り返す。

「またね!また遊ぼう!」

 おばさんと夏樹の姿は直ぐに見えなくなった。窓を閉めると周りが途端に静かになったように感じられる。

「サク妹いたっけ?」

「うーん。おばさんとおじさんの娘だよ。まあここ最近仲直りした感じだけど」

 コウは分かったとも分からないとも取れるような表情をして頷いた。

 私はDメガネを起動して夏樹にメッセージを送る。『これが今から住む家の住所。いつでも遊びに来ていいからね』送って直ぐに返信が来た。『私たちも今から引っ越すんだ!近くだから時々遊びに行くね』と。おじさんはきっと驚くだろう。仕事から帰ってきたら家に誰もいないのだから。

 コウとシロが心配そうに私を見ている。

「新しい家ってどんなところ?」

 私は勤めて明るく笑顔を作る。

「ちゃんと一人一人部屋があるところだよ!うちとコウはもう荷物入れてあるから部屋決まってるけどいい?」

「白の二階建ての家だよ。お化けとかはでなさそうだから安心して」

 シロとコウが別々のことを同時に言う。

「そうなんだ!大丈夫だよ」

 シロの言葉に返事をして私は窓の外を眺め始めた。車は大通りを抜けた後に見知らぬ住宅街に入って行く。急にこれからの不安やせっかく仲良くなれた二人との別れが胸を締め付けたが遠くを眺めて涙を堪えた。

 そんな雰囲気を察してか、車内は無言になっていた。何か喋らないといけないのかな、と思っているとシロが声を上げた。

「あ、あの家!結構綺麗でしょ!?」

「確かに綺麗だね」

 車が停車した家は真っ白の外見にグレーの瓦がついた二階建ての家だった。裏手には二階のベランダがありその下は少し広い庭になっている。

「お邪魔します」

 自分の家なのに挨拶をしシロとコウに続いて家の中に入っていく。玄関にはシロとコウの靴が何足か置かれており玄関の正面に二階に続く階段が見える。

「サクの部屋に案内するね!」

 シロが嬉しそうに二階に駆け上がっていく。私は自分の荷物を抱えながらゆっくりと二階に上がっていた。やっとの思いで二階に上がると二階には五つの部屋とトイレがあった。

「サクの部屋はここね!一番日当たりがいい部屋!」

 シロが案内してくれた部屋にはベランダに続く大きな窓と大きな窓の半分くらいの大きさの窓がベットの横についていた。

「ここいいでしょ?サクはここが良さそうだねってコウと話してたんだけど、他の部屋も見てみる?」

「いや、いいよ。私はここで」

 正直部屋なんてどこでも良かった。今はあの家から出られた達成感で胸がいっぱいだったからだ。

「そっかじゃあここで決まりね!荷物持ってくるね~!」

 シロが部屋のドアを開けるとコウが一番大きな段ボールを抱えてドアの前に立っていた。

「びっくりした~。今どうやってこのドアを開けるか考えてたんだよ」

「こっちこそびっくりしたよ!言ってくれれば開けたのに!」

「いやいると思わなくてさ」 

 シロが一階に降りて行きコウが持ってきた段ボールを床に置きその場に座り込む。

「しっかしこの段ボール何が入ってんの?めちゃくちゃ重かったけど」

「あ、それファンレター」

 何気なしにコウの質問に答えるとコウはぎょってして段ボールに置いていた手をどけた。

「あ、ごめん。重くってついどさっと置いちゃった…ほんとごめん」

「いいよ、いいよ!そんな簡単に傷つくものでもないし。運んでくれてありがとね」

 コウは反省したと言わんばかりに一階に降りていって次々と荷物を運んでくれた。そして、荷物を置くときは過敏に慎重においている。

「そんな慎重にならなくてもいいのに」

「いや、さっきみたいなことになったら申し訳ないからさ」

 コウがそう言って動いてくれたおかげで荷下ろしはものの数分で終わった。シロのお母さんが帰った後に三人でパーティをすることになり、わいわいと準備をした。

「じゃあ三人の同居祝いにカンパーイ!」

 コウの掛け声と共に出前で取った三人のピザパーティが始まった。三人でご飯を食べるのは久しぶりでいつも以上に楽しい。ピザパーティが終わる頃にはシロがリビングのソファで寝てコウは片付けを始めていた。

「私も手伝うよ」

「お、ありがとう」

 しばらく黙々とコウが皿を洗い私が拭くという作業をこなしていた。不意にコウが口を開く。

「シロさ、結構心配してたんだよ。サクは大丈夫かなって一日でも早く引っ越さなくていいのかなって」

 コウはほとんど独り言のように呟く。私は皿を拭くふりをしながらコウが次に話す言葉を待った。

「まあ落ち着けって宥めたんだけどさここに二人で越してきてずっと落ち着かない様子で夜も眠れてなかったんだよな」

「うん…」

 私はこれだけしか返す言葉が見つからなかった。もっと他に伝えるべき言葉があったはずなのに、それ以上言葉にすると感情が溢れそうだった。

「あのさ、サク。死ぬなよ。サクからしたらこの世界に味方なんかいないかも知れないけれど、私たち二人は絶対にサクの味方なんだから」

「うん…うん…」

「たとえ、サク自身がサクの敵になろうが、私たちはサクの味方だし、もしサクが自分を傷つけるようなことがあれば私たちは全力でサクを止める。もしサクが自分を否定するようなことがあれば私たちはサクを全力で肯定するから、さ、命だけはね…」

「うん…うん…」

 視界が歪む。良かった、この二人が同期で。本当によかった。コウは何も言わずに私を抱きしめてくれた。暖かい感触が全身を包み込む。しばらくコウは私の頭を撫でてくれた。

「え、大丈夫?サク」

 視界のはしでシロが起き上がったのが分かる。私は夢中でシロに駆け寄っていきシロを抱きしめた。

「シロ…本当に…本当にありがとう…」

 勝手に抱きついて勝手に感謝した。これほどまでに嬉しい感情が、私の隅から隅までを満たしたのはいつ以来だったろうか。

「う、うん。どういたしまして?」

 目を擦りながら眠そうなシロはあまり状況を把握してないようだった。

「よし、じゃあ、そろそろみんなでお風呂入るか!」

 私が泣き止んだのを見計らってコウがお風呂をしていてくれた。その日は三人でお風呂に入り、三人で私のベットに寝た。

 一人用のベットに三人が寝たから、狭苦しかったがその日はいつもよりよく眠れた。
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