表裏一体

驟雨

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七話目

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「みなさんこんサク~。みんな元気だった?」

 サクが開口一番元気のいい声で挨拶をすると、みんながそれぞれ返事を返してくれる。最後の配信だからか、今日はいつもより多くの人が来ているような気がする。コメントの中には「配信すんなよ人殺し」や「いじめは楽しかったですかwww」などの批評するものも多くあるがそんなことを気にしていては配信が進まない。今日は1時間しかないのだ。伝えたいことはたくさんある。

「みんな今日までありがとう!みんなのおかげでここまで来れた!本当にありがとう!」

 一斉に『泣泣』や『本当今までありがとー!』などの感謝のコメントで埋め尽くされる。思わず涙がこぼれそうになるが、無理に口角を上げ明るい表情を作る。

「今日はみんなに歌で想いを届けたいと思います!聞いてください『Rain of Cherry Blossoms』」

 サクが感謝の想いを綴った歌を歌い出すと、ファンたちは各々サイリュウムライトを取り出し振り始め綺麗なピンク色のサイリュウムライトが配信部屋を彩る。

 この景色を見るだけで胸が熱くなりさなざまな思いが込み上げてくる。サクはそれらの想いを歌に乗せて全力で歌い、ファンもそれに応えるようにピンク色の波を全力で起こす。私は確かに感じていた。ファンから受け取っている熱意を、これまでのサクからもらった光を、溢れ出る感謝の気持ちを。

「みんな聞いてくれてありがとう!私にとって初めて歌ったこの曲をまた歌えてよかった!」

 声が震えていたが最後まで言い切ることができ、達成感や感動などの感情で顔が熱くなっている。サクは今世界で一番輝いている、そう確信を持つことができた。

「みんなこれまで応援してくれて本当にありがとう!みんなのおかげで私はここまでこれたんだ!なんか…ありがとうしか言ってないな」

 『語彙力www』や『感謝マシーンで草』などにファンのみんなが口々にツッコんでくる。久しぶりの配信についついテンションが上がり、久しぶりに声をあげて笑った。サクが笑っている間もコメントは流れていき『もう会えないのかな?寂しいよ…』とコメントが目に飛び込んでくる。途端にこれまでと逆の負の感情が胸中に流れ込んで来て何も言葉が出なくなる。

 数秒間の沈黙に焦ってしまい口にした言葉は「もう会えないのかな?今日が…最後…なのかな…?」だった。一度流れ込んだ感情はどんどん大きくなるばかりで、溢れていった感情は涙となり体の外に出ていく。

「まだまだ…みんなと…遊びたかったのに…いやだ…いやだよそんなの…」

 ただただ嗚咽するだけで口から言葉が出てこなかった。悲しい、寂しい、怖い、憎い、そんな想いが胸の中を渦巻いて言葉を遮る。なんで桜サクをやめないといけないんだよ。そんなネガティブな言葉が頭の中で浮かんでは消え、浮かんでは消えるを繰り返す。

「私は…私は…まだサクで…いたかったのに…」

 言いたい言葉はででこない癖に、決して口に出すつもりはなかった言葉が口から溢れ出る。なぜか一つのコメントに目が釣られた。いつも配信見ていてくれた人が『泣かないで、俺らも悔しいけど最後は笑っていたいな』とコメントしてくれる。

 サクは心の中でその言葉をゆっくり噛み締め、頭の中で響くように何度も復唱した。何度も何度も復唱するうちにこの言葉が勇気になり、全身に行きわたるような気がしてくる。胸の中で苦しめていた醜い想いは、いつの間にか影を潜めまた感謝の想いが顔を出してきた。

「みんなごめんね!サクはもう泣かない!やっぱり最後は笑うべきだよね!」

 もう涙は流れなかった。これまでの涙が嘘だったように、いつもの笑顔のサクがそこにいた。ファンのみんなも最後のどんちゃん騒ぎだと、言わんばかりに笑い合い気丈に振る舞った。

「それではみなさん最後は笑顔で~!おつサク~!」

 桜サクは卵の殻のようなものに包まれた。桜サクが包まれた卵のようなものは、いつもよりいっそう光り輝き盛大に散っていた。どこからかサクの声が反響する。『おつサク~おつサク~おつサクゥ~』

 その声も聞こえなくなり、あたり一円は静寂に包まれていった。

 ネックフォンをとるといつものように私の目の前には無機質な天井が広がっていた。無機質な天井はゆっくりと歪んでいき、ついには荒いドット絵のように天井とは認識できないほどになっていく。

 私は赤子のように大声で泣き叫んだ。みんなとお別れなんかしたくない、心の中で叫びながら延々と涙を流した。涙を流すたびに少しずつ悲しさが削れていくような気がしていた。小一時間ほど涙を流し、ようやく落ち着いた私はフラフラとした足取りで机に座る。

 『みんな今日の配信に来てくれてありがとー!今まで本当に楽しかった!これからもみんな元気でいてね!』ウィッターに文字を書き込み、何度も見直して投稿した。

 すぐに何十件もの通知がきたが特に確認せずに、そのままウィッターを閉じて項垂れた。不規則になり続ける通知音に、安心や不安が込み上げて来てまた涙が出てきた。

 袖が水に浸したかのように濡れ内側が腫れ上がるような頭痛に襲われても、通知も涙も途切れ途切れになりながら止まることはなかった。

 小一時間ほど経ったのだろうか、これまでとは違う通知音がなり私は頭を上げた。『ご飯ができました』おばさんからの通知を確認し私はご飯を取りにリビングに向かった。

 リビングのテーブルにはホカホカのご飯と肉じゃがが乗ったお盆が置いてあり、私はおばさんには目もくれずご飯を部屋に持っていった。

 おばさんのご飯はあったくて、肉じゃがもよく煮詰めてあってとても美味しい。おばさんの肉じゃがを食べると、よくお母さんのことを思い出す。お母さんはニンジンが嫌いだった私にニンジンを食べさせるため、肉じゃがのニンジンをみじん切りにして食べさせてくれた。

 成長するにつれてニンジンを食べられるようになったのは、あの時のお母さんの努力のおかげだろう。久しぶりにお母さんに抱きしめて欲しくなり、クローゼットからお母さんに買ってもらった身長の半分くらいのクマのぬいぐるみとお母さんのつけていた香水を取り出した。

 クマのぬいぐるみの顔あたりに香水をつけて、ぬいぐるみの腕を肩に乗せる。お母さんの匂いであたりを充満し、懐かしい気持ちと安心感が心を満たしていく。一層強くぬいぐるみを抱きしめるとお母さんの匂いが強くなっていき、どこからともなく「よしよし」と優しい声が聞こえ、頭を撫でられているような感触がする。

 お母さん、口からぽろりと出た言葉に答えてくれる人は誰一人としていなかった。枯れたはずの涙がまた出てきて、心臓がバクバクと唸る。

「お母さん、お母さん、お母さん、もう疲れたよ」

 何かが弾けたような、つっかえていたものがなくなったような気がした。体が軽くなり、今までの自分がバカらしくなった。

「そっかそうだよね。お母さんまた遊ぼうね」

 私はこれまでにないくらいの強さでぬいぐるみを抱きしめた。
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