表裏一体

驟雨

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四話目

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 目を覚ました時にはもう18時を回っていた。私は過呼吸で気を失っていたようで、会社のソファーに寝ていた。起きた時は、シロとコウが看病してくれていた。二人とも心配してくれていたが、大丈夫だからと宥めて会社を出た。

 電車に揺られながら考える。つい2時間前に話させたことは本当のことなのだろうか。確かめようとゆっくりDメガネを起動する。ウィッターの通知が倒れる前の20倍くらいになっている。

 恐る恐るウィッターを開きトレンドを見ると、『カカオ明さん遺書公開』『トロード解散か!?』『賠償金20億』などの見出しをつけた記事が多数出てきた。

 涙が溢れそうになる。抑えようと上を向くが、あっけなく涙は外へ脱走して行った。中吊り広告の女の人が、寂しそうな顔でこちらをみている。

 私の心なんか分からないくせに。何の罪もない広告美女を恨めしく睨み、視線をDメガネに戻した。ウィッターに何か呟きたかったが、配信、投稿などは絶対にしないでください、と運営の人から厳しく言われている。

 それに投稿する内容が見当たらない。何気ないことをツイートしても不謹慎だと言われるし、いじめに関してツイートしようにもよく知らないことをツイートできない。

 やることがなくなってDメガネをそっと閉じた。涙も脱走し終わったようで、急激に眠気が強くなっていく。

 うつりうつりしていると社内アナウンスが聞こえた。いつの間にか私の降りる駅についていたようだ。時計を確認すると、もう19時を回っていた。

 私は驚いて駅を飛び出した。今日は火曜日だからおじさんがいつもより早く帰ってくる。早いときは19時には帰ってきている。息を切らしながらとにかく祈る。

 おじさんが帰ってきてませんようにおじさんが帰ってきていませんように。やっとの思いで玄関前について息を整える。心臓はバクバク言っていたが、何事もないような顔で玄関を静かに開ける。

 玄関から見えるところには誰もいなかった。少し安堵して耳を澄ませる。リビングから3Dテレビの音が聞こえないことを確認して胸を撫で下ろした。

 緊張が溶けてだらだらと靴を脱いでいると、突然ガチャと言う音が聞こえた。驚いて顔を上げると左の部屋から夏樹が出てきた。

 夏樹は私と数秒間目が合うと、視線を逸らしてリビングに行った。何か言いたそうだったのは気のせいか。夏樹はおじさんとおばさんの一人娘で昔はよく遊んでいた。

 よく2人でゲームをしたっけ。どのゲームも夏樹の方が上手くて、対戦ゲームはいつも勝てなかった。懐かしさに浸りながら、階段を登り自分の部屋に入る。

 今日は配信の予定はなかったがベットに横たわり、首にネックフォンを掛ける。直後、眼前に見慣れたバーチャル空間が広がる。鏡を起動して桜サクの姿でないことを確認する。

 何となくぷらぷら歩いているとシロとコウの3人のグループのチャットにシロから通知が来た。『もしかして今2人ともバーチャル空間にいる?』と。

 お互いにフレンドになれば、フレンドがバーチャル空間にログインしたか確認できる機能がある。

 隠す必要もないので『いるよ~』と返した。5秒もしないうちに『いるよ!』とコウが返信した。

 『じゃあいつものカフェ緑で話さない?』シロの提案でこれからの予定が決まった。

 近くのテレポートスポットを探してカフェの近くに飛ぶ。

 カフェに着くと真っ白のワンピースの初期アバター1の姿に王冠をつけたコウが、オープンテラスに座っていた。あの王冠はシロがあげた物だ。コウの席はパラソルが立っている。パラソルが立てると、周りに自分達の声が聞こえなくなる。

 コウに手を振りながらカフェに近づき、テーブルを囲むように円形になっている席のちょうどいいところに腰掛ける。メニューからコーヒーを選び注文した。

「コウ先についてたんだ」

「うん。ちょうどここのコーラが飲みたくて先に待ってた」

 ちょっとぎこちない表情でこうが笑った。多分2人で話して、私の生存確認でもしようと言う話になったのだろう。

「シロは?」

「ショッピングモールにでも行ってるんじゃない?シロのことだし」

「ありえそう」

 そう言った瞬間にテレポートスポットに若竹色のドレス姿を着たシロが現れた。私達を見つけたシロは走りながら近づいてきた。

「ごめーん!ショッピングモールでいいのがいっぱいあって!」

 コウと目を合わせてお互いニヤッと笑い合ってしまう。

「えー何2人とも、まさか私の悪口でも言ってたんじゃないの?」

「違うよ!なんて言うか予想通りだったなって、ね?サク」

「うん、予想通りだった」

 シロは不服そうに顔を膨らませ、拗ねた様子でメニューを見出した。ショートケーキとアップルティーを注文してメニューを閉じる。

「てか2人ともオシャレしなよ?女の子なんだから」

 私達のアバターを見ながらシロがぼやく。

「いや~まあね、裏アバターだし、いいかなって」

「うん、あんまり目立ちたくないしね」

 コウの同意につつがなく返答をする。

「もお~そんなこと言って。2人とも初期アバターにうちがあげた王冠だけじゃん!」

「いや~ほんとシロのセンスには頭が上がらないよ」

「コウは適当なことしか言わないだから~」

 3人で笑い合って話をした。誰もトロードが潰れることは口に出さなかった。このままこの世界から時間がなくなれと、心の底から願った。

 しかし、現実は無情で終わりの時は突然やってきた。おばさんから、『お父さんがもうすぐ帰ってきます』とメッセージがきた。

「あ、ごめん2人とも、夜ご飯の時間だ。また今度ね」

「もうそんな時間?また今度ね!」

「お、じゃあ今度誘う!またね」

 急いで支払いをしようとすると、もうすでに支払いが終わっている。

「今日はうちの奢りです!誘っておいて遅れてきちゃったし」

「え、いいのに全然、なんか申し訳ないね」

「いいのいいの!ほら、急がないとご飯冷めちゃうよ!」

 シロに急かされて、時間のことを思い出す。2人に今度こそ、とお別れの挨拶をして、バーチャル空間からログアウトした。

 現実に戻り、勢いよくベットから起き上がる。突然のことで首から滑り落ちたネックフォンは音もなくベットの上に着地した。

 急いで部屋の扉を開け3Dテレビの音を確認する。何も聞こえないことに安心し、部屋の扉を閉めようと、一歩動き出した時に、ガチャ、と玄関の開く音が聞こえ、片足立ちで全身が硬直する。

 そのまま回れ右をして玄関に向かった。「おかえりなさい」とおじさんに言うがおじさんは顔を上げない。

 おじさんは何も言わずに、私の横を通り抜けていった。よかった今日は殴られずに済んだ。私は安堵しながらお風呂に向かった。

 お風呂から上がって自室に戻るときもおじさんとすれ違ったが、特に何も言われずに通り過ぎていった。

 机にもたれかかりながらDメガネを起動して、適当にハクやシロにメッセージを返しぼーっと画面を眺め続ける。

 ふと部屋の外から誰かが近づいてくる音がした。重そうな足音で少し床を少しするような歩き方は間違いなくおじさんだ。隣のトイレに行くのかと思えば、足音は私の部屋の前で止まった。

 コンコンドアがノックされ振り返るとドアが開け放たれた。そこにはおじさんのシルエットがあった。おじさんは何も言わずに部屋に入ってきて、ベットに腰掛けた。

 しばらくベットに腰掛けているおじさんを見つめていた。おじさんは何も言わず下を向いている。ジリジリとした緊張の中、時が過ぎ去っていく。

 おもむろにおじさんが右手でベットを軽く叩いた。座れ、の意味だろう。私はDメガネを机の上に置きおじさんの横に座る。

 2人して壁を見つめていたが、視線を感じおじさんの方を向く。おじさんは疲れた表情で私を見ていた。困惑と恐怖でたじろぎ動けない。

 数秒見つめ合い時が止まったように感じられた。突然おじさんは躊躇なく私に口づけをする。突然のことで息が詰まり苦しくなる。

 そのまま私は押し倒され、ズボンとパンツを脱がされた。おじさんもズボンを脱ぎ、どこから出したのかローションを淫部に塗る。

 それからはあっという間だった。入れられ、重なり、抑えられ、口づけ、動かれ、喘ぎ、漏らされ、止まり、抜かれ、裏返され、抱えられ、継ぎ足され、入れられ、動かれ、喘ぎ、漏らされ、止まり、抜かれ、着衣。

 おやすみ、とだけ言い残しおじさんは部屋から出ていった。私は息を切らしながら、避妊用の錠剤を飲み再びベットに寝転んだ。

 しばらく天井を見つめていると、お腹が空いていることに気がついた。起き上がりズボンとパンツを履き部屋を出る。階段を降りている途中で気が変わりお風呂場に向かう。

 鏡を見ないようにシャワーを浴び髪を乾かす。おじさんがいないか確認しながらリビングに向かう。幸いリビングにおじさんはいなかったが、おばさんがリビングのソファーに座って読書をしていた。

 人の気配に気づき顔を上げたおばさんと目が合う。数秒、視線を交わしおばさんは読書に戻った。おばさんの手元はページを何度も行き来し、目は上滑りしている。

 私は何も気にしていないふりをし台所を漁る。一番下の台所からカップラーメンを見つけ包装を開ける。

 ポットにお湯を入れて、沸騰するまで待つ。カチッ、ポットが沸騰の合図を出して俺の役目は終わりだ、とでも言うようにスイッチがオフになった。

 あらかじめ蓋を半分開けておいたカップラーメンに熱湯を注ぐ。ジュ、トボトボトボ、音を立てながらふやけていく麺と、しばしの別れを告げカップラーメンの蓋に割り箸を乗せた。

 Dメガネのタイマーを3分にセットして物思いに耽る。色々なことを思い出し、急に将来のことが不安になった。私は一生この家に閉じ込められて過ごすのか、とかもう配信はできないのか、とか。

 そう言えば、前おじさんに一人暮らしをしたいと言ったことがある。その時はおじさんから性的暴力は受けてなかったから、おじさんはとても優しい人だと思っていた。

 台所にいるおじさんに一人暮らしをしてみたいと何気ない雰囲気で言ってみた。キャベツを切っていたおじさんの手が一瞬止まり「だめだ」と一言呟いた。

 私が戸惑って「え?」と返事をすると「ダメに決まってんだろ!」と物凄い形相で怒鳴られ、たじろいでしまった。
 
 おじさんはまたキャベツを切り始めた。何が琴線に触れたのか分からず、怖くなって部屋に逃げ込んだ。

 その時からおじさんは私を犯そうと決めていたんだろう。

 自分の考えの愚かさに苦笑い出る。3分を告げるタイマーがなり、カップラーメンが出来上がった。中身が溢れないように思いっきり手で容器を押さえ蓋を開け切った。

 立ち登る湯気とともにカップラーメン特有のいい匂いが辺りに充満する。改めて容器を持ち直し箸を取る。麺をすくいあげると湯気が顔にかかりDメガネが曇る。同時に匂いが強くなり食欲が頂点に達した。

 私は何も考えずに麺に齧り付き後悔した。美味しさよりも先に熱さが痛覚を刺激する。顔をしかめながら麺を早急に飲み込み、口の中を冷まそうと、冷蔵庫から水を出し一気に口に入れた。

 熱さはものの数秒で治った。私はもう一度カップラーメンを見つめ麺をすくいあげる。今度はフーフーと麺に息を吹きかけ、麺を冷まし口に運んだ。

 今度はそこまでの熱さはなく、美味しさが口の中を充満する。豚骨の風味とともに、ジャンキーな味が私を満たしていく。

 二口めはすぐになくなり三口め、四口めと止まらまくなっていく。夢中で食べ進めて行くうちに、カップラーメンはカップだけになっていた。

 お腹も膨れ満足した私は、容器をゴミ箱に捨て、階段を登りベットに入った。Dメガネを置いて目を閉じても眠れず、しばらくじっと横になっていた。

 部屋の壁を見つめ何も考えていなかった。何も考えていないにも関わらず、胸が苦しくなり涙が溢れ出てきた。涙を止めようとしても、余計悲しくなるばかりで全然涙が止まらない。

 スポンジが水を含んで大きくなるように、心に空いた穴が悲しみを含み大きくなっていく。大きくなり過ぎた穴は、胸を圧迫し呼吸を妨げる。ついでに涙腺を刺激し、涙を出している。

 このまま呼吸が止まってしまえばどんなに楽だろう、と思うほど息が苦しくなる。止まれ、止まれ、切に願いながら必死に胸を押さえていた。

 数十分ほど穴と格闘し、呼吸も少し整ってきた。涙は依然として出ていたが気にすることなく、引き出しからピーチ味の睡眠薬を出して舌で溶かす。

 甘い香りが脳を直接麻痺させるような感覚に陥る。だんだん眠気が強くなり、私は泣きながら眠りについた。
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