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三話目
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ミーティングルームの後ろのドアを開けたら、もうほとんどの先輩が来ていた。この場にいないのは、百愛ジンさんと月下香ハクさんだけだ。
「お疲れ様です」
3人同時に挨拶をしながら、ミーティングルームに入る。先輩達はそれぞれ「お疲れ~」と元気のない様子で挨拶を返した。重々しい雰囲気を肌で感じながらコウ、シロ、私の順に席につく。
しばらくして、勢いよくドアが開きジンさんが入ってきた。
「はぁ~まだ始まってない?」
息を切らしながらジンさんが入ってきた。確かジンさんはさっきまで配信をしていた。
「あっ、ジンさん!お疲れ様です!まだ始まってないですよ」
シロが猫撫で声でジンさんに近寄っていく。ジンさんはシロの後ろに座り手で顔を仰ぎ始めた。
「ジンさんさっきまで配信してましたよね?」
シロが上目遣いで首を傾げる。先輩の何人かが、苛立ちと嫌悪感のこもった目でシロを睨む。しかし、ジンさんは全く気にしていないようだ。
「うん、ほんっとギリギリだった。あと5分気づくのが遅かったらここにはいなかったわ」
「え~そんなジンさんがいなかったら寂しいですよ~」
シロが話すたびにイラついていた先輩が何か言おうとした時、ミーティングルームの前のドアが開いて運営の人とハクさんが入ってきた。
ハクさんは誰の顔も見ずに、一番後ろの隅の誰もいない席に座った。トロードの社長である木下さんが一番前のホワイトボードの前に立ち「みんな忙しいところごめんな」と簡単な挨拶をした。
木下さんの顔は明らかにやつれていた。もともとあった贅肉も半分くらいになっていて、それに反比例して頭の白髪は倍増している。
今の木下さんは、この前ハクさんが配信で言っていた「美味しそうな豚」より、「毛を刈られたアルパカ」の方が似合っている。
「みんな本当にごめん」
暗い顔でしばらく黙っていた木下さんは、いきなりその場に土下座した。何のことかと困惑していると、さっきからシロを睨んでいた先輩の一人である、キイさんが立ち上がり「社長は悪くないですよ」と叫ぶ。
キイさんはゆっくりと振り返り、ハクさんを睨んだ。さっきよりも数倍の憎悪を目に含んでいると同時に、溢れんばかりの涙が目に浮かんでいる。
「あんたのせいだよ!お前のせいでこんなことになったんだよ!どうしてくれんだよ!」
キイさんは自分の持つ力全部で叫ぶ。それでも感情が抑えられなくなったらしく、机の合間を縫ってハクさんに近づこうとした。
即座に運営の人がキイさんの前に入って体を押さえる。キイさんはそれを跳ね除けようと、必死に抵抗するががっしりとした男性には敵わず強制的に元の席に座らせられた。
怒りが収っていないキイさんは、まだハクさんを睨んでいた。話が見えない状況にと惑っていると後ろでジンさんが手を挙げた。
「あの、話がよく分からないんだけど。なんで社長は土下座してるの?なんでキイはそんなに怒ってるの?一から説明してもらえます?」
後半部分を社長に向かって言いながら、ジンさんは私が思っていることを全部言ってくれた。
「そうか、まだ知らない人が大半だよな。え~とどこから話せばいいんだっけな」
「社長、自分から話させてください」
壁際にいる名前は知らないけれど、時々真面目な顔で木下さんと話している男性が言う。
「ああ、そうか。それがいいかもな。頼んでもいいか?」
「もちろんです」
社長は男性の方へ近づき、バトンタッチするように男性は社長がいた場所に立つ。男性は意外とガッチリとした体型をしていて、髪は黒色のオールバックだった。顔は堀が深く整っている。威圧的な目をしていて、苦手なタイプだなと思った。
「副社長の黒田と申します」
とても簡潔に自己紹介を済ませ一礼した。案外礼儀正しいのかもしれない。黒田さんは腕時計を確認する。銀色を基調としていて黒の円盤というシンプルなものだが、高級感がある。
「私が今回何が起きたかを説明するより皆さんがウィッターを見られた方が早いでしょう」
私達は言われるがままにDメガネを起動する。Dメガネを起動した瞬間、ウィッターの通知が数え切れないほど来ていることに気がつく。
呆気に囚われていると、シロが「えっ」と短く言い放って固まっている。私もウィッターを開き一番上のメッセージを読む。『月下香ハクがいじめしてたって本当なんですか?』目を疑った。
何を言っているのか分からず2番目のメッセージを読む。『カカオ明が自殺した理由って本当にハクちゃんのいじめなの?』2番目のメッセージを読んでさらに頭が混乱する。
「詳細が知りたい人はトレンドを見てみてください」
Dメガネを確認しながら黒田さんが言う。言われた通りに、日本のトレンドを確認する。トレンド一位は『人気Vチューバーカカオ明死亡。原因は月下香ハクによるいじめか』と言う記事だった。
ここでやっと状況を理解した。ハクさんが明ちゃんをいじめて明ちゃんが自殺してしまい大炎上した、と言うことらしい。
ここまでは理解できた。しかし社長があそこまで謝る必要はあるのだろうか。確かに少しの間炎上するだろうがそれもじきに収まるだろう。
「皆さん確認できましたか?今回の件でトロードは20億円の損害賠償を遺族に支払わなければいけなくなりました。よって今月をもってトロードは解散します」
解散する?解散ってトロードが無くなるってことか。嘘だよね?疑うように周りを見る。
泣いている先輩達が目に入ってくる。その涙が嘘でないことは、先輩の顔から痛いほどわかる。
自分の感覚が内側になっていく。何故か焦点が定まらない。誰かが「何で!」と叫んだ。黒田さんが無表情で「このまま会社の経営を続けていくのは厳しい状況にあるためです」と説明する。
急に酸素が薄くなった。天秤のように地面が揺れる。思わずよろけてしまい、そのまま床に倒れてしまう。誰かが「だいじょうぶ」と言ったような気がした。蛍光灯が目の前にある。不意に体が動かなくなる。
黒い人に馬乗りにされ首を絞められる。終わりだ、終わりだ、って言いながら笑ってる。「希望が、希望が…」掠れた声で誰かが言っている。
徐々に当たりが暗くなっていく。まるで、嫌な虫に視界を食べられているようだ。
突然暗闇に落ちる。何も聞こえなくなる。何も感じなくなる。落ちる、ひたすら暗闇に落ちていく。体は動かない。ふと突然体が楽になる。もう終わり、もうおわり誰かが言いながら私は黒い人と重なっていった。
「お疲れ様です」
3人同時に挨拶をしながら、ミーティングルームに入る。先輩達はそれぞれ「お疲れ~」と元気のない様子で挨拶を返した。重々しい雰囲気を肌で感じながらコウ、シロ、私の順に席につく。
しばらくして、勢いよくドアが開きジンさんが入ってきた。
「はぁ~まだ始まってない?」
息を切らしながらジンさんが入ってきた。確かジンさんはさっきまで配信をしていた。
「あっ、ジンさん!お疲れ様です!まだ始まってないですよ」
シロが猫撫で声でジンさんに近寄っていく。ジンさんはシロの後ろに座り手で顔を仰ぎ始めた。
「ジンさんさっきまで配信してましたよね?」
シロが上目遣いで首を傾げる。先輩の何人かが、苛立ちと嫌悪感のこもった目でシロを睨む。しかし、ジンさんは全く気にしていないようだ。
「うん、ほんっとギリギリだった。あと5分気づくのが遅かったらここにはいなかったわ」
「え~そんなジンさんがいなかったら寂しいですよ~」
シロが話すたびにイラついていた先輩が何か言おうとした時、ミーティングルームの前のドアが開いて運営の人とハクさんが入ってきた。
ハクさんは誰の顔も見ずに、一番後ろの隅の誰もいない席に座った。トロードの社長である木下さんが一番前のホワイトボードの前に立ち「みんな忙しいところごめんな」と簡単な挨拶をした。
木下さんの顔は明らかにやつれていた。もともとあった贅肉も半分くらいになっていて、それに反比例して頭の白髪は倍増している。
今の木下さんは、この前ハクさんが配信で言っていた「美味しそうな豚」より、「毛を刈られたアルパカ」の方が似合っている。
「みんな本当にごめん」
暗い顔でしばらく黙っていた木下さんは、いきなりその場に土下座した。何のことかと困惑していると、さっきからシロを睨んでいた先輩の一人である、キイさんが立ち上がり「社長は悪くないですよ」と叫ぶ。
キイさんはゆっくりと振り返り、ハクさんを睨んだ。さっきよりも数倍の憎悪を目に含んでいると同時に、溢れんばかりの涙が目に浮かんでいる。
「あんたのせいだよ!お前のせいでこんなことになったんだよ!どうしてくれんだよ!」
キイさんは自分の持つ力全部で叫ぶ。それでも感情が抑えられなくなったらしく、机の合間を縫ってハクさんに近づこうとした。
即座に運営の人がキイさんの前に入って体を押さえる。キイさんはそれを跳ね除けようと、必死に抵抗するががっしりとした男性には敵わず強制的に元の席に座らせられた。
怒りが収っていないキイさんは、まだハクさんを睨んでいた。話が見えない状況にと惑っていると後ろでジンさんが手を挙げた。
「あの、話がよく分からないんだけど。なんで社長は土下座してるの?なんでキイはそんなに怒ってるの?一から説明してもらえます?」
後半部分を社長に向かって言いながら、ジンさんは私が思っていることを全部言ってくれた。
「そうか、まだ知らない人が大半だよな。え~とどこから話せばいいんだっけな」
「社長、自分から話させてください」
壁際にいる名前は知らないけれど、時々真面目な顔で木下さんと話している男性が言う。
「ああ、そうか。それがいいかもな。頼んでもいいか?」
「もちろんです」
社長は男性の方へ近づき、バトンタッチするように男性は社長がいた場所に立つ。男性は意外とガッチリとした体型をしていて、髪は黒色のオールバックだった。顔は堀が深く整っている。威圧的な目をしていて、苦手なタイプだなと思った。
「副社長の黒田と申します」
とても簡潔に自己紹介を済ませ一礼した。案外礼儀正しいのかもしれない。黒田さんは腕時計を確認する。銀色を基調としていて黒の円盤というシンプルなものだが、高級感がある。
「私が今回何が起きたかを説明するより皆さんがウィッターを見られた方が早いでしょう」
私達は言われるがままにDメガネを起動する。Dメガネを起動した瞬間、ウィッターの通知が数え切れないほど来ていることに気がつく。
呆気に囚われていると、シロが「えっ」と短く言い放って固まっている。私もウィッターを開き一番上のメッセージを読む。『月下香ハクがいじめしてたって本当なんですか?』目を疑った。
何を言っているのか分からず2番目のメッセージを読む。『カカオ明が自殺した理由って本当にハクちゃんのいじめなの?』2番目のメッセージを読んでさらに頭が混乱する。
「詳細が知りたい人はトレンドを見てみてください」
Dメガネを確認しながら黒田さんが言う。言われた通りに、日本のトレンドを確認する。トレンド一位は『人気Vチューバーカカオ明死亡。原因は月下香ハクによるいじめか』と言う記事だった。
ここでやっと状況を理解した。ハクさんが明ちゃんをいじめて明ちゃんが自殺してしまい大炎上した、と言うことらしい。
ここまでは理解できた。しかし社長があそこまで謝る必要はあるのだろうか。確かに少しの間炎上するだろうがそれもじきに収まるだろう。
「皆さん確認できましたか?今回の件でトロードは20億円の損害賠償を遺族に支払わなければいけなくなりました。よって今月をもってトロードは解散します」
解散する?解散ってトロードが無くなるってことか。嘘だよね?疑うように周りを見る。
泣いている先輩達が目に入ってくる。その涙が嘘でないことは、先輩の顔から痛いほどわかる。
自分の感覚が内側になっていく。何故か焦点が定まらない。誰かが「何で!」と叫んだ。黒田さんが無表情で「このまま会社の経営を続けていくのは厳しい状況にあるためです」と説明する。
急に酸素が薄くなった。天秤のように地面が揺れる。思わずよろけてしまい、そのまま床に倒れてしまう。誰かが「だいじょうぶ」と言ったような気がした。蛍光灯が目の前にある。不意に体が動かなくなる。
黒い人に馬乗りにされ首を絞められる。終わりだ、終わりだ、って言いながら笑ってる。「希望が、希望が…」掠れた声で誰かが言っている。
徐々に当たりが暗くなっていく。まるで、嫌な虫に視界を食べられているようだ。
突然暗闇に落ちる。何も聞こえなくなる。何も感じなくなる。落ちる、ひたすら暗闇に落ちていく。体は動かない。ふと突然体が楽になる。もう終わり、もうおわり誰かが言いながら私は黒い人と重なっていった。
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