表裏一体

驟雨

文字の大きさ
上 下
2 / 21

二話目

しおりを挟む
 ダンス配信の翌日、お昼から同期の梔子シロと紅葉コウと雑談配信をしていた。3人でお昼ご飯の話をしているときに、同時に3人の通知を知らせる音が鳴った。

「3人同時なんて奇跡じゃん!」

 やや高い声で、嬉しそうにシロが言う。

「あ、運営さんからだ」

 コウが何気なしにつぶやいた。

「そりゃ3人同時になるか」

 私が言い放って二人が同時に笑い出した。私も笑っていたけれど、何か嫌な予感がする。内容が『今日の午後4時から本社の2階ミーティングルームで会議を開きます。来れる人はなるべく来てください』だったからだ。

 二人も嫌な予感がしたのか、内容については何も触れず配信が終わった。

 配信が終わってから、私はすぐにミーティングに行く準備を始めた。ここから会社まで1時間はかかる。今は2時だから、準備して行くのに丁度いい時間だろう。

 準備をしている間、何でミーティングがあるのかいろいろ考えていた。一番あり得そうなのは誰かの引退だ。しかし、そうでないことは分かっている。

 引退なら、バーチャル空間で連絡すれば済む話だ。バーチャル空間でできない話は、なかなか思いつかず考えるのをやめた。

 シロから来ていた『会議ってなんだろうね?』のメッセージも何も言えず『なんだろ?』と淡白な返しをしてしまった。

「今から仕事の方で会議があるのでいってきます。6時くらいには帰ってきます」

 硬くなりながら、居間にいたおばさんに声をかける。おばさんは唯一Vtuberをしていることを知っている。おばさんは何も言わず、小さく首を縦に振った。もうここ数年、おばさんが話したところを見ていない。

 私がこの家に来た頃はよく話しかけてくれたのに。なぜか久しぶりに、おばさんの落ち着く透き通った声が聞きたくなった。

 やっと会社の近くの駅に着いた時『会社近くのコンビニにいるけど何かいる?』とコウからメッセージが来ていた。私は目のコンビニにいるコウを確認し、そのままコンビニに入っていった。

「久しぶり」

 コウの肩を叩きながら、声を掛けた。

「おぉ、久しぶり!ってさっきまで話してたっけ」

 驚きながら振り返ったコウの顔は物凄く整っている。相変わらず見惚れるほどの美しさに、何も言葉が出ない。

「何か買う?今なら私の奢りだよ」

 さりげなくこんなことを、口に出すところもコウのいいところだ。私は迷わず目の前のチョコレートを手に取り「ありがと」と言いながら、コウの持っているカゴの中に入れた。

 コウは「いえいえ~」と呟きながら、極硬の文字がついたグミを2つと7個入りのミルクチョコを手に取った。

 そのまま指紋認証で、会計を済ませコンビニを出るコウの後ろをついて行く。

「ありがと、またそのグミ食べてるの?」

 コンビニを出ながら、受け取ったチョコレートに感謝する。

「いや、この硬さがいいんだって」

 私が一個でも噛み切れなかったグミを、3つ食べながら済ました顔で言う。

「そういうけど、いっつもそのチョコレート食べてるよね」

「うん、これ美味しいよ」

「一緒じゃん!」

 コウとまた同時に笑い出した。本当はこれより150円高いチョコレートの方が好きだけれど、そんな高いものを買ってもらいたくない。そもそも奢ってもらうのも嫌いだが、コウはどうしても奢ってくれる。罪悪感でほろ苦いチョコレートを口の中に入れた。

「あっ、ほら!」

 コウの指差した先にはシロが歩いていた。白のワンピースに淡い青のカーディガンを羽織っていて黒のタイツに黒い靴を履いている。お嬢様みたいに可愛い服装をしているシロは性格もとても可愛い。

 コウの声に反応してシロがくるりとこちらを振り返って、手を振りながら近寄ってきた。

「久しぶり~、ってさっきまで話してたか!」

 コウと同じことを言いながら、私とコウに抱きつく。抱きついた瞬間ふわっとゆずのいい匂いがする。流石女の子だ。匂いまで気を遣っている。

「ほら、チョコ買ってきたよ」

 シロの頭を撫でながら、コウがチョコレートを出す。

「あー!ありがとー!今日はこれの気分だったの!」

「だろ?何でもいいって言われた時は焦ったよ」

「コウならわかってくれると思って」

 一瞬にして3人の時が止まった。それぞれ横目で、周りに誰が居るかを確認した。幸い、視界に入ったのは声の届かない程度の距離で、電話をしているサラリーマンだけだった。3人で目を合わせて安堵した。

「ご、ごめん…」

「大丈夫だよ。誰も聞いてなかった」

「大丈夫だって!そんな声大きくなかったし」

 私達Vtuberは顔も体も隠して活動している。身バレなんてしようものなら、活動ができなくなってしまう。

 それに、ファンだけじゃなく会社の関係者の人に聞かれていたら、間違えなく大目玉を喰らうだろう。

「そろそろ時間だしいこっか」

「うん、ほら行くよ。そんなに落ち込んでるなら極硬グミの刑にするぞ~」

 コウがさっきのグミをシロの口に押し込もうとする。

「もうやめてよ!わかった、わかったから~」

 コウの一言で落ち込んでいたシロは元気を取り戻した。シロの笑顔を見ていると私まで明るくなれるような気がする。

 私もこんな女の子になれたら、頭の中で少し呟いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

美咲の初体験

廣瀬純一
ファンタジー
男女の体が入れ替わってしまった美咲と拓也のお話です。

初恋フィギュアドール

小原ききょう
SF
「人嫌いの僕は、通販で買った等身大AIフィギュアドールと、年上の女性に恋をした」 主人公の井村実は通販で等身大AIフィギュアドールを買った。 フィギュアドール作成時、自分の理想の思念を伝達する際、 もう一人の別の人間の思念がフィギュアドールに紛れ込んでしまう。 そして、フィギュアドールには二つの思念が混在してしまい、切ないストーリーが始まります。 主な登場人物 井村実(みのる)・・・30歳、サラリーマン 島本由美子  ・ ・・41歳 独身 フィギュアドール・・・イズミ 植村コウイチ  ・・・主人公の友人 植村ルミ子・・・・ 母親ドール サツキ ・・・・ ・ 国産B型ドール エレナ・・・・・・ 国産A型ドール ローズ ・・・・・ ・国産A型ドール 如月カオリ ・・・・ 新型A型ドール

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

舞葬のアラン

浅瀬あずき
ファンタジー
17歳の青年アランは死後冥界の神と契約し、千年後の世界に再生することとなる。それは、「やつ」とともに千年もの間封印されることになったルシアを救うためであった...。 目覚めた場所は森の中で、何と記憶を失っていた。アランは壮絶な過去によって冷酷で皮肉な性格が形成されるが、記憶を失ったことで本来の純粋さを取り戻すこととなる。しかし、心の奥底には記憶があった時の人格が眠っており…?! 自身の境遇や秘められた戦士としての力に戸惑いながらも、彼は様々な出会いを経験して成長し、記憶を探す旅に出ることを決意する。 謎に満ちた彼の素性は徐々に旅の中で明らかになっていく。彼は記憶を取り戻し、ルシアを救うことができるのだろうか。これは、1人の青年が運命に挑む物語ー。 伝統的な英雄譚や冒険活劇を現代の視点で”描く”、本格ダークファンタジー! ※只今書き直し中のため前後で繋がってないとこあります。 ※残酷描写もあるので、苦手な方はご注意を。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

性転のへきれき

廣瀬純一
ファンタジー
高校生の男女の入れ替わり

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

処理中です...