偽典尼子軍記

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第83話 1555年(天文二十四年)7月 将軍山城 其の一

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 三好長慶は北白川に三万の軍で陣を敷き、将軍山を仰ぎ見た。少しあとに如意ヶ嶽の方を見る。
 二つの城は籠城準備をして三好を待っている。
(ここまで侮られるとは。上様も上様、上手く傀儡になったのかそれとも…乗せたか。勢いは認めるがな)
 長慶は山陰道を制覇した尼子を侮ってはいないし恐れてもいない。出る杭は打つ、引っ込むまで打つだけだ。しかし、腹の底にはチロチロ焔が揺らいでいる。
 将軍山に五千、如意ヶ嶽に四千。長慶は思考の泉に沈む。
(二手に分かれて挟み撃ちか…まず無理であろう。呼吸を合わせるのが難しい。儂らを惑わすつもりか?うむ、少し足りんな。ならば…そうするしかなかったということか?それならば合点がいくわ)
 長慶は安宅冬康をよんだ。
「上様に当たれ。いい塩梅に締め上げよ。何もさせないのが肝要ぞ」
 冬康は頭を下げた。
「一存、行くぞ。法螺貝を鳴らせ」
「よーしっ!」
 三好軍は動きだす。安宅冬康は五千を引き連れ如意ヶ嶽に進む。長慶は二万五千で将軍山を囲む。
 七月七日、日が昇り半刻後。戦は始まった。

 三好軍は不動尊が安置された狸山谷から登ってその先にある虎口に向かってくる。虎口から北には城郭はない。郭(近況ノート鳥瞰図2,3,4)から鉄砲と矢が撃ち下ろされる。大軍は通れず、三好軍の足は止まる。同時に西北の郭(鳥瞰図9)の周りにも足軽たちが登ってきた。この郭には北、西、南の三面からやってくる。圧力は虎口より高い。こちらの郭からは鉄砲の音が途切れることがない。三好の足軽が途切れないのだ。そして主郭から南に伸びる大きな郭(鳥瞰図8)の下にも足軽が見えてきた。
 三好は三方向から力攻めを行ってきた。
 日が暮れても三好の城攻めは続く。上弦の月が将軍山を照らす。複雑に絡み合う光と闇を使って三好の足軽は城に迫る。それを見定めた尼子の鉄砲が鳴る。お互いに譲らない。そのまま朝を迎える。

 日が昇り闇が消えた。三好が工夫を凝らす。虎口に進む足軽が一間一尺(約2.1m)の長い竹束を担いできた。それを通り道の脇に差し込んでいる。郭からの射線を遮るように差し込まれた長い竹束は、虎口に向かって伸びていく。これと手に持った竹束で鉄砲の威力を減衰させる狙いだ。虎口からの射撃もあるが郭からの鉄砲の脅威を減らせるのは大きい。そして三好も鉄砲を撃ち始めた。これでは虎口から討って出るのも難しい。竹束の壁がじわりじわりと虎口に近づいていく。
 西北の郭にも攻め手の変化が現れた。大量の石が運び込まれ石礫が放たれ郭に落ちてくる。鉄砲も撃ち込まれる。尼子の遠距離攻撃の三好版だ。尼子の鉄砲の音が途切れることはないが、少し音が間延びしている。三好の攻めは効いているのだ。南の郭には足軽が交代で休みながら待機しているが、その動きが慌ただしくなっていく。と思ったら南の郭にも取り付く足軽が増えてきた。昨日から今日にかけて郭に続く小道のようなものを何本も作っている。麓から兵が登りやすくなっている。
 工夫をこらした攻めを絡め最後は力で潰す。三好の本格的な城攻めが動き出した。

 八日の夜になっても三好の攻めは続く。小休止を挟むがそれは兵が入れ替わっていることの現れ。尼子を休ませないのだ。数に勝る三好はそれが可能だ。
 如意ヶ嶽に貼り付いた安宅冬康は城を囲むだけ。攻める素振りは見せるが攻めかかることはない。幕府軍が何もできないまま、将軍山が落ちるのを見せつけるつもりだ。蛇に睨まれた蛙か。幕府軍は動けない。
 上弦の月が西に傾いた。そろそろ月の明かりもなくなろうとする子の刻(0時)頃。三好の途切れることのない三方向からの郭攻めにまぎれ、将軍山城の東の郭に忍び寄る足軽達がいる。率いる武将は鬼十河。
 これが三好の狙いだ。東の郭から尼子の目を逸らす。そのための三所攻め。広がる闇に溶け込んだ三好の精鋭は切岸を駆け上る。そしてついに…
「ふんっ!!」
 柵を乗り越えた十河一存は乗り込みざま槍を立て続けに突き、数名の尼子の足軽をあっという間に屠る。三好兵が次々と郭に侵入してくる。
「敵襲ー!距離を取れ。対人一の型!!」
 尼子の組頭が声を上げる。一斉に動き出す尼子兵。
「させん!!突っ込め」
 鬼十河の激が飛び三好兵は突撃する。その早さに尼子兵の動きが追いついてない。
 二つの郭(鳥瞰図5,6)は乱戦模様となっている。勢いは三好が上、尼子は押されている。三所攻めがボディーブローのように籠城する尼子にダメージを与えていたのだ。指揮系統がうまく機能していない。各兵士が己の技量のみで戦うことを余儀無くされている。
 尼子得意の集団戦術が使えない。これでは…
 伸び伸びと槍を振るう三好兵。その動きは尼子兵を上回る。尼子兵も強兵だ。だが攻城戦戦略がズバリとハマり、戦術的にも上回り、なおかつ鬼十河という強烈な【個】が矢面に立つこの状況は圧倒的に三好に有利。バフが掛かりまくっている。このままでは東の郭が占拠されるのは時間の問題。十河一存は己の勝ちを一片たりとも疑ってはいない。三好兵は尼子兵に勝つこと以外頭にない。


 鬼十河の左目の視界に薄い光が射した。反射的に首が右に折れ、もと首があった場所を矢が切り裂く。矢が放たれた方向を見るがそこには誰もいない。今度は右だ。先ほどとは逆の動作をして矢を躱すがやはり射手の姿は見えない。その時直感が告げた。右足を軸に身体を旋回させる。寸時で申の方位(西南西微南。240度)まで身体を翻したら見つけた。柵の上を駆けこちらに狙いをつけた弓を構えた小兵を。そして小兵がまた矢を放つ。三本の矢が十河に飛び全てを叩き落としたとき、続けて一本の矢が飛んできた。躱せないから兜で弾いた。
「えっ、マジ!?」
 小兵は驚いた。十河は表情を感じ取り瞬足を飛ばして小兵に接近する。目の前の敵を薙ぎ倒しながら見る間に近づいてくる。二者の距離が縮まり十河の槍の間合いに小兵が入る。二本の矢を小兵は放ち十河が矢を払いのける間隙をついて脇をすり抜けた。そのまま距離を取り十河に向き直った。
「儂は十河民部大夫一存。童、名を何と言う」
「俺は山中甚次郎。尼子出雲守義久様の一番の近習なり!」

 鬼と子鹿が相対した。





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