偽典尼子軍記

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第58話 1551年(天文二十年)10月 出雲国 八雲城下

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 新しいお城に引っ越してきました。何がいいってお風呂ですよ!湯船に浸って手足を伸ばすと気持ちいいことこの上なしなのです。しかも毎日入浴可能!尼子に輿入れして心から良かったと思います。近江のお父様、ありがとうございます。菊は日々、女子おなごを磨いております。
 いえ、決して富田のお城が悪いと言ってるのではありません。大祖父様がお作りになられた出雲随一の堅城、尼子の気概が込められた月山富田城はそれはそれは立派なお城に相違ありません。
 ということで八雲城でございます。平たい所に建てられたお城は出入りが楽です。お城の周りが開けているのでたくさん家があって、お店もたくさんあって、人もたくさんいます。初めて杵築に行ったときも人がたくさんいてびっくりしましたが、八雲はそれ以上。もう杵築を超えています。日に日に人が増えています。
 お城のお披露目が終わって家臣達が手分けして城下町の様子を調べています。民が暮らしていくのに不便なことがないか直に会って聞いています。私は主に三郎様と一緒に城下に行き話を聞いたり、お店を見たりしています。
 今日は特に山口から来た職人さんたちが、まとまって暮らすことになる、大津町に来ました。
 なんと女衆が私を含めて四人います。多胡明美たごあけみ(多胡辰敬殿のご息女)、宍道芳しんじよし(宍道九郎殿のご息女)、三刀屋多絵みとやたえ(三刀屋久扶殿のご息女)です。皆私と同じように学問を習い、公家様の稽古に励み立派な武家の姫として研鑽を積んでまいりました。
「キャンディーズ…一人多いな。四人グループなー…いたっけ」
 はいー、大黒語いただきました。でも今回のは無しですね。民百姓には響かないでしょう。
「お菊様、やっぱり八雲小町できまりでしょう」
 多胡明美殿の一言で決まりました。我等四名でゆにっと結成です。(大黒語『ゆにっと』は採用です)
 尼子が大内の職人を山口から救い出したという噂は一気に広まり、織物職人、漆職人、製本職人、鍔職人、竹細工職人などいろんな職人たちが周防、長門を始め諸国から尼子領に集まってきました。三郎様は職人たちの家、工房などを城下の大津町にお作りになり、やってきた職人たちを住まわせました。隣の今市町はその名が表すとおり商人の町です。
 八雲城の北から武家が住む屋敷が広がり、大念寺あたりから民が暮らす町になります。東西に高瀬川が流れ小舟が荷を運びます。城下の真ん中を南北に本町通りが伸び、そこから東に伸びるのが中町通り、西に伸びるのが扇町通り。この三つが八雲の目抜き通りです。
 山口からやってきた機織り職人、川田佐平殿の工房にやって来た私達は、織り上がったキレイな服を試着しています。私はもんぺ、明美殿と芳殿は小袖、多絵殿は振袖です。みんなお似合いです。キラキラ☆してます。明後日お城でお披露目会を行います。

 お披露目会は大盛況、家臣の奥方、ご息女たちが川田殿の周りに群がっていました。
「ははっ、お方様こちらへ。ご息女さまはこちらへ、順番に採寸しております。ああ、少々お待ちを、お待ちの間甘味をお召し上がりになってくださいませ」
 織物職人さんたちが総出で採寸作業にあたっています。
 私達、八雲小町は今から本町通り、中町通り、扇町通りに向かいます。馬に引かれた櫓の上に四人で立って皆に手を振ります。所々で櫓から降りて民百姓に菓子を配ります。
 こうやって皆が新しい、綺麗な服を着たいと思うようにするのです。櫓の周りでは【瓦版】という読み物を只で配ります。お代を頂かないんですよ。高価な紙を只で配るなんて信じられません。三郎様曰く、安く作る方法が見つかったそうです。それにこうすることで民百姓が字を覚えようとする意欲を掻き立てるとのことです。三郎様、流石です。私たち八雲小町四名、お役目に励みます!!!

 頑張ってお役目を努めました。着物だけでなくいい物がたくさん作れるとのことで、山口から来た職人さんたちの工房はどこも大忙しです。八雲に新しき名物が誕生します。本当に職人さんたちありがとう。
 今日はお役目、習い事はお休みです。ふふ。三郎様をお誘いして登山に来ました。北山縦走以来、私は山登りにすっかりハマってしまいました。次は三瓶山に登りたいのですが、大内領が近いのでちょっと無理です。三郎様が直になんとかすると仰いました。それまで待つことにいたします。
 なので今日は杵築の東にある弥山に登ります。北島館から出発し真名井まないの清水を竹筒に汲みました。ゆっくり登っていったので半刻ほどかかって頂上につきました。
 天気がとてもよく、八雲の城下町がキレイに見えました。お城も見えました。空には雲が漂って言います。ほんと出雲は雲がない日がありませんね。青い空とそこに浮かぶ白い雲、これからまだ大きくなるであろう城下町を見ていると胸がほっこりしました。この城で、この町で暮らしていくんだという思いがぽこぽこ膨らんでいきます。
 三郎様も城下町を見ておられます。すこしお顔が厳しい。
「三郎様、如何いたしましたか」
 お声をかけました
「…菊、俺は今ここで生きているんだな…」
 そう言って引き続き町を見ておられました。私は何も言わずただ三郎様のお顔をじっと見ていました。どんな思いが三郎様の胸の中に陣取っているのか分かりません。でもそのお顔に悲しみや怒りはありませんでした。少し近づき、手を握りました。三郎様は私の手を握り返し、私の目を見て優しく微笑んでくれました。あーもう十分です。菊は幸せいっぱいになりました。
 もう山を降りる頃合いです。三郎様が先に行かれ私があとについていきます。
「ここからはちょっと危ないからゆっくりいけばいいよ」
 三郎様が声をかけてくれました。くふー、やっぱり三郎様やさしい。惚けているとズルッ!
 足元が滑って落ちた!!!!
「菊!!」
 三郎様の声が聞こえた気がしました。私は岩肌を結構滑り落ちてしまいました。夢中で地肌を握りしめ、やはり滑り、また握りしめを繰り返し、なんとか落ちるのを止めることができました。
「三郎様ー!!!!!」
 大きな声で叫びます。
「菊ー!!!!、聞こえるか!」
「はい!聞こえます。三郎様ー」
 幸いそんなに滑り落ちたわけではなく、しばらくすると三郎様と近習の方たちがいらっしゃいました。
「菊ー今行くぞ」
 三郎様を見てホッとしました。握りしめていた手が緩みます。すると
「えっ、これは」
 開いた手の中には綺麗な勾玉が一つありました。
 三郎様がお側に来られました。
「痛いとこはないか。大丈夫か」
「はい、申し訳ございません。うっかり足を滑らせてしまいました」
「いいんだ、菊が無事ならそれでいいんだ」
 そう言って私の手を取って立ち上がらせてくださいました。
 事なきを得て北島屋敷に戻りました。今日はすこしびっくりしましたが、無事帰ってこれたので、終わりよければ全て良しです。手の中にあった勾玉は首飾りにしようと思いました。

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