偽典尼子軍記

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第34話 1547年(天文十六年)4月9日 月山富田城

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 晴久が入ってきた。上座に座る。
「各々方、面をあげられよ」
 筆頭家老の亀井能登守秀綱かめいのとのかみひでつなが声を発し評定が始まった。
 今回の評定は鰐淵寺の強訴を退け、新宮党を粛清し、大内の大森銀山攻略を叩き潰した結果、この先どのように尼子が進んでいくのか、中長期的戦略を定める評定になる。
 宇山飛騨守久信うやまひだのかみひさのぶ佐世伊豆守清宗させいずのかみきよむね牛尾遠江守幸清うしおとおとうみのかみゆききよ、そして我が後見、中井駿河守久包なかいするがのかみひさかねの四家老が前列に並ぶ。
 その後ろに中老衆やら御手廻り衆あたりまでの役職が座っている。
 俺は亀井と同じく一番前の列で家臣たちと向き合って座っている。
 晴久が話し出す。
「今回の鰐淵寺強訴から始まった領内騒乱での皆の働き、誠にあっぱれであった。その結果であるが吉田、塩冶領は尼子直轄の領地とする。そして今回の一番手柄である尼子三郎四郎に塩冶郷を任せるとする。皆の者、異存はあるか」
 家臣たちは一様に頭を垂れる。亀井が晴久に向き直り声を上げる。
「異存などありませぬ。此度の戦の絵図を描き、ものの見事に謀反人と大内を打ち破ったのは尼子三郎四郎様の比類なきお力によるもの。家臣一同尼子の未来になんの憂いもなしと心が踊っております。御屋形様、誠に喜ばしきことにございまする」
 そう言って亀井は頭を垂れた。
「うむ、嬉しい話がもう一つある。三沢為清が臣従し、尼子の直臣となった。為清には我が娘を嫁がせる。これからは尼子一門じゃ。三郎の下で存分に働いてもらう」
 おお、なんか俺の領地が(正確には尼子直轄地だけど)どんどん増えている。やれることが増えるな!それに為清が一門になるとは。これは嬉しい。
「山吹城にて大内を叩いた川副美作守久盛には銀二〇貫を与える。」
 今回の恩賞は以上だ。

 今後の方針について詮議が始まる。
 大勢を占めた意見は因幡と美作、備後をどうする!だった。
 東伯耆を尼子国久、美作は尼子誠久が統治していたが新宮党粛清で居なくなってしまった。その後を誰に任せ、どのようにするのか。直轄化するのかしないのか…
 領内の統治形態は重要事項だ。俺は直轄地にしたいが誰に任せる?代官に適した人材がいないと領地経営ができない。武士は領地を欲しがる。御恩と奉公が武士の在り方だ。小大名の連合体が戦国大名の存在形態だから裏切りが絶えない。為清は俺と個人的に付き合った結果、直臣となり領地を返上した特殊なケースだ。家臣皆に同じことを強いることはできない。現実的には家臣に領地を与えて必ず検知を行い、その他諸々の制約をかけてゆくゆくは返上させる、という方法になるのか。
 晴久は国衆領地に関して直轄化を進めたいようだ。寝返り防止を兼ねて取り込むつもりだな。うーん、これに関して晴久と話があまりできてない。今後話す機会を増やそう。日の本を最終的に纏めた徳川政権も有力大名の統治に苦労したんだろう。俺もまだはっきりとした答えがあるわけじゃない。直轄地を増やそうという考えはあるが…今後の検討課題だ。
 国別に考えると橋津川の戦いで尼子は勝利したが伯耆国内には混乱が生じた。これによって因幡に対する影響力が低下した。因幡は尼子が支援する因幡守護、山名久通やまなひさみち(晴久の偏諱を受けている)に対して但馬守護、山名祐豊やまなすけとよ(山名家惣領)の攻勢が強まっている。このままでは山名久通は破れ因幡に対する尼子の影響力が無くなってしまう。
 備後においても山名理興やまなただおきが立て篭る神辺城に対する大内、毛利の攻撃が着々と進んでおり神辺城は落城する可能性が高い。そうなれば尼子は備後における拠点を失う。俺が知っている歴史でも因幡、備後は尼子の手から離れていく。備後はもう神辺城しか尼子勢力はいない。ついでに備中も神辺の東にいる細川通薫ほそかわみちただしかいない。
 美作は東部で浦上と接触しているが林野城には川副久盛がいてまだ尼子の勢力は残っている。
 俺は正直三国の統治よりやりたいことがあった。出雲と伯耆の内政だ。既に着手した温泉津から富田までの街道整備(その後伯耆まで)。温泉津における湊と銀山町の建設。斐伊川東流を利用した埋立地の造成。塩冶、今市、大津を一体化した新しい街の建設。この四つの大きな事業を進めたい。それと交易だ。船を増やし交易量を増やす。アジアの諸外国、南蛮の動向も知らなければならない。
 家臣たちは国を切り従えることに考えが向かっていて領地を開発するという発想はあまりないようだ。基本が略奪して富む、のようなので仕方ないのかもしれないが、略奪できなくなったらどうするんだ。(飢饉が起きるとか天災が起きるとか)
 考えに沈んでいると、晴久が口を開いた。
「尼子国内の謀反人共を成敗した今こそ、国外の事に当る良き頃合いであろう。まず美作の支配をより強める。直轄化を押し進めるのだ。美作がまとまれば備後への道も開けよう。東伯耆は当面、牛尾遠江守が仕置きせよ。因幡の山名久通に対する支援は今のまま続けるのだ」
「ははっ」
 晴久が言ったからにはそれは決定事項だ。俺も声を出し、晴久の承認を得ねければならない。
「殿、某は領内の開発と整備を進めたいと思います。それと、別に行いたいことがございます」


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 同日 杵築大社

「尼子の嫡男は思った以上にやりおるな」
 千家国造が言葉を発する。北島国造が茶をぐいっと飲んだあと湯呑みを置きながら言葉を繋ぐ。
「確かに強訴を使い反尼子勢力を一掃するとは考えられんかったのう」
 白作務衣に身を包んだ男が言う。
「お陰で儂の仕事が減ったので楽をすることができたわ」
「そうかのう、かえって退屈になってしもうてつまらんかったのではないか」
 千家の問いに白作務衣の男は軽く笑った。
 千家は続ける。
「北島の、嫡男のこと如何する。あまり予想以上の動きをされると後々困ることになるのではないか。そうなる前に取り込む必要があるのではないか」
「…むう、あれはまだ幼い。身体が育ちきっていない。焦って使い勝手のいい手駒を壊してしまうのは避けたいのう」
「ならば今以上にあれの考えと動きを見張らねばならん。藤林よ仕事が増えたぞ。楽ばかりしてはおれんな」
 藤林と呼ばれた男は言葉を発する
「お主らと違って儂の仕事は増えるばかりだ。なにやら不公平だな。これから周防と長門に京の都まで見張らなければならんのに…童までは手が回らんぞ」
「まあ、嫡男の方は我ら二人で見るとしよう。北島の、これからのことを考えると適当な公家が欲しいのう」
「じゃが、公家は出雲に下向せんのう。嫡男に公家が降りてくる国造りをしてもらわねばならん」
 北島の言葉に千家が肯く。
「周防から連れてくることもできよう。今はまだ見極めの段階だ。待っておれ。良いのを見繕ってくるわ」
「うむ。頼んだぞ。朝廷に食い込めば我らの大望が叶う日が確実なものとなる。早くその日が来てほしいのう」
 北島の顔に、千家の顔に、藤林の顔に一斉に笑みが浮かぶ。いつもの乾いた笑顔ではなく少し喜悦が射した笑みが。この者たちが描く世はいかなものか。
 三人はゆっくりと立ち上がり、各々の職務についていった。
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