偽典尼子軍記

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第28話 1547年(天文十六年)4月3日 三沢城

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 時は少し遡る。

 三沢城は尼子が定めた出雲防衛のための尼子十旗(十個の城)の二番手である。それだけ三沢の尼子内での地位は高いのだ。だが富田で大内を打ち破った尼子晴久はその余勢を借り出雲国内の反乱分子たちに対する締め付けを強力に行い、我らは横田の荘園を取り上げられ惣領は殺害された。現三沢城城主である儂は晴久のおかげ?で三沢の惣領についたことになる。
 尼子の傘下に収まることはこの地に嘉元3年(1305年)に城を築いて根を貼っている三沢にとっては我慢ならぬことだ。新参者に大きな顔をされてたまるか。ましてや鉄を扱い権勢と財を誇った名門の矜持がある。
 父は吉田で死んだ。そのときは尼子に従っていた。富田の戦では尼子から大内、また尼子とその都度勝ち目がありそうなほうに付き従った。はは、名門の矜持は何処にいったのだ。これでいいのか、結局どっちつかずで何方からも信を得れず、ただ使い潰されるだけではないのか。

 最近横田にやってきた少し年下の尼子の嫡男は来た早々儂の考えつかぬことをどんどん始めた。横目で見ているが横田が日に日に変わっていくのがわかる。なぜあんなに沢山の鉄が出てくるのか。どこから職人共がやってくるのか。鉄だけでなく米も豊作だ。人もどんどん増えている。あんな下賎な流民共を集めてなんになる、読み書きを百姓に教えてなにをするのだ。何一つわからない。
 だが、横田の民どもが尼子の嫡男を慕い、褒め称え、顔が明るくなっていったのはハッキリわかった。儂に同じことができるのか…

 最近開けた場所を走る男どもがいる。あれは足軽だ。田に入らず毎日調練ばかりしている。戦だけを行う常備兵だ。何か武具を持ち込んで訓練している。認めたくないがアレは強い…練度がどんどん高まっている。

 悶々とした日々を過ごしていたら少し前、文がとどいた。

『四月五日、宍道隆慶殿が鷺浦に船でこられ鳶ヶ巣城に入られる。鰐淵寺は強訴を起こし白鹿城を包囲する。三刀屋、宍道、杵築以外の寺社は強訴に助力する。そして富田で紀伊守様が尼子の宗家を正し、白鹿城を押さえた後、出雲国造を退転させる。三沢殿におかれては六日の早朝、宍道殿と共に白鹿城を落とされたし』

 和田坊栄芸から届いた文を読んだ儂は手の震えを抑えられなんだ。こんなことが、出雲を引っくり返す謀が儂の知らぬ間に進んでいるとは。乗り遅れては一大事!すぐに出陣の下知を、と振り返ったところに近習が走り込んできた。
「殿、尼子三郎四郎様がお越しになりました。殿にご面会を求めております」
 なに?なんだって?!なんで三郎が今くるんだ。
 文のことは悟られてはならん。落ち着くんだ。深く息を吸い近習に命じる
「わかった、お通しせよ」

 三郎は儂と二人きりで話があると言ってきた。儂の近習と三郎の近習を別室に待機させ
 評定の間で向かい合う。
「今日は突然のご訪問、なにかこちらに粗相でもありましたか」
 儂がまず口を開いた。
 三郎はじっと儂を見ていた。何を考えているのか顔つきからは分からなかった。少しして三郎が口を開いた。
「為清、俺はごちゃごちゃするのは好まん。ズバリ聞くが和田坊栄芸から文が届いておるだろう」
 …心の蔵が止まったかと思った。次に背中にどっと汗が吹き出た。
「な、なんのことやらわかりま」
「よい、知っている。強訴に合力して宍道隆慶とともに白鹿城を落とせと言ってきたんだろ。んで、為清、お前どうするんだ」
「どうするとは、どう」
「だから、白鹿城を落とすのか、落とさないのかどっちなんだ。時間がないぞ早く決めろ」
 先程から三郎の表情は全く変わらない。なにを言えばよいのだ。儂は…儂はどうするつもりだったのだ。俯きながら息を大きく吸って吐く。そうだ、出陣の下知を下さねば、白鹿城に出陣するのだ。宍道隆慶殿と白鹿城を落とす。落とす、落と…す。
 頭を上げた。目の中に三郎が入った。しかと三郎を見た。大切なことに気づいた。どうしてこいつは文の中身を知っているのだ!!
「為清、頭が動かないようだから俺が話してやる。和田坊栄芸の謀は全て知っている。宍道隆慶が来るのも知っている。宍道九郎と三刀屋久扶みとやひさすけには動くなと命じた。寺社は見極め言うことを聞かぬなら潰す。そして新宮党は滅する。だからお前はどうする!答えよ三沢為清!!」
「そ、某は…」
「ん、某は!」
「そ、某は…三郎四郎様の下知に従いまする」
「そうだ、良う言うた。お前は俺の下知に従えば良い。今この場で下知を下す。三沢為清、明日、日の出と共に俺の指揮下に入り白鹿城に向かう。謀反人和田坊栄芸を討ち滅ぼすのだ。出陣の準備をせよ」
「ははっ」
 儂は頭を垂れた。くっ、逆らえなかった。常に儂の上を行く尼子の嫡男に逆らえなかった。悔しさと同時に心の中に何やら新しい思いが生まれた気がした。
 この気持ちは何なのだ。
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