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第19話 1546年(天文十五年)10月 杵築大社
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鍔淵寺と杵築大社は直線距離で一里半(6km)ほど離れているが実際移動するとなると大きく左回りに迂回しなければならない。北に向かい十六島の湊に出る。そこから西に向かい猪目で南に向かい猪目川に沿って南下する。その後、鵜峠を越えると杵築大社の北に出る。一刻半ほどかかる三里半の道程だ。
和田坊栄芸は通常の参拝者とは逆に北から南向きに杵築の本殿を捉えた。涼しげな顔をしているが目は笑ってなかった。これから国造両名にきついお灸を据えねばならない。やって良いことと悪いことがあるのは童でも知っていること、いい大人がまして神職がそのような事もわからないとは嘆かわしい。これだから日の本の神は困る。いや、神も仏の写し身であったな…などと考えているうちに本殿の前を通りすぎた。そのままなにもせず風鳥館に向かう。
「して杵築はいかになさるおつもりで。紀伊守様はなんの連絡もないことに少々ご立腹の様子。突然勝手をされては困るというもの。国造どの、早々に詫びを入れられてはどうかな」
栄芸は単刀直入に国造に切り込んだ。どうも尼子の嫡男に入れ込みすぎておる、と栄芸は考えている。それはとんだ見込み違いだ。あの跡取りはそんなに出来の良い者ではない、晴久が必死に繕っているのだ。国造に教えてやらねばならぬ、道を踏み外さないように。
北島雅孝と千家高勝はお互いに顔を見合った。そして同時に乾いた笑みを浮かべた。その笑みを張り付かせたまま栄芸を見る。北島国造が口を開いた。
「栄芸どの。杵築は祭神を大国主命様に戻すことを決めました」
「うん?出雲の国引き、国造りを行われたのは素戔嗚尊であらせまするぞ。大国主命ではありませぬ」
「それは違います。鎌倉の世になりなかんずく祭神さまが代えられ、仏の教えが大社に入り込んで来たのです。元々我らは大国主命様を崇め奉る者。ここらで本来の姿に戻る所存。境内にある仏塔などは丁寧に片付けてお返しいたします。かといってお寺様と絶縁するなど考えておりませぬ。崇める神は違えど出雲に生きる者同士、なかよくお付き合いさせていただきます」
栄芸は目を剥いた。
「まことにそうなさるおつもりか。己がなにを申しておるのか分かっているのでしょうな。日御埼の社と揉めるのとは訳が違うのですぞ。ましてや新宮党にいかに抗うのです!」
「我らには大国主命様がついておられます。案ずることはなにもありませぬ。栄芸どの、特にお話がなければお帰りくださいませ」
相変わらず乾いた笑みを浮かべた両国造を見ている栄芸の右手は小刻みに震えていた。いままで生きてきてこれほどの侮辱を受けたことはなかった。言葉を発することもなく栄芸は立ち上がり館を出た。まさしく門前払いを喰らったのに等しい。
来た道を戻りながら栄芸は呟いた。
「お灸どころの騒ぎではない。これはまさしく誹謗正法であり仏を汚さんとする大罪である。必ずや仏罰を与えねばならん。この手で必ず」
涼しげな顔はすでになく阿修羅のごとき怒りだけが栄芸の目に宿っていた。
和田坊栄芸は通常の参拝者とは逆に北から南向きに杵築の本殿を捉えた。涼しげな顔をしているが目は笑ってなかった。これから国造両名にきついお灸を据えねばならない。やって良いことと悪いことがあるのは童でも知っていること、いい大人がまして神職がそのような事もわからないとは嘆かわしい。これだから日の本の神は困る。いや、神も仏の写し身であったな…などと考えているうちに本殿の前を通りすぎた。そのままなにもせず風鳥館に向かう。
「して杵築はいかになさるおつもりで。紀伊守様はなんの連絡もないことに少々ご立腹の様子。突然勝手をされては困るというもの。国造どの、早々に詫びを入れられてはどうかな」
栄芸は単刀直入に国造に切り込んだ。どうも尼子の嫡男に入れ込みすぎておる、と栄芸は考えている。それはとんだ見込み違いだ。あの跡取りはそんなに出来の良い者ではない、晴久が必死に繕っているのだ。国造に教えてやらねばならぬ、道を踏み外さないように。
北島雅孝と千家高勝はお互いに顔を見合った。そして同時に乾いた笑みを浮かべた。その笑みを張り付かせたまま栄芸を見る。北島国造が口を開いた。
「栄芸どの。杵築は祭神を大国主命様に戻すことを決めました」
「うん?出雲の国引き、国造りを行われたのは素戔嗚尊であらせまするぞ。大国主命ではありませぬ」
「それは違います。鎌倉の世になりなかんずく祭神さまが代えられ、仏の教えが大社に入り込んで来たのです。元々我らは大国主命様を崇め奉る者。ここらで本来の姿に戻る所存。境内にある仏塔などは丁寧に片付けてお返しいたします。かといってお寺様と絶縁するなど考えておりませぬ。崇める神は違えど出雲に生きる者同士、なかよくお付き合いさせていただきます」
栄芸は目を剥いた。
「まことにそうなさるおつもりか。己がなにを申しておるのか分かっているのでしょうな。日御埼の社と揉めるのとは訳が違うのですぞ。ましてや新宮党にいかに抗うのです!」
「我らには大国主命様がついておられます。案ずることはなにもありませぬ。栄芸どの、特にお話がなければお帰りくださいませ」
相変わらず乾いた笑みを浮かべた両国造を見ている栄芸の右手は小刻みに震えていた。いままで生きてきてこれほどの侮辱を受けたことはなかった。言葉を発することもなく栄芸は立ち上がり館を出た。まさしく門前払いを喰らったのに等しい。
来た道を戻りながら栄芸は呟いた。
「お灸どころの騒ぎではない。これはまさしく誹謗正法であり仏を汚さんとする大罪である。必ずや仏罰を与えねばならん。この手で必ず」
涼しげな顔はすでになく阿修羅のごとき怒りだけが栄芸の目に宿っていた。
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