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第17話 1546年(天文十五年)9月 杵築大社
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菊の習い事の一環として杵築見学を行った。夜は北島屋敷で泊まり次の日、国造二人と坪内を呼び会談を行う。今のところ国造からの支援は杵築にいる職人たちの横田への派遣が主だ。こちらからは民百姓の杵築詣でを始めたところだ。今までの動きを総括しこれからの方針を決める。本田も含めて五人で話し合いをすることにした。前回と同じく風鳥館で話を始める。
「杵築の関所で税を取るのを止めてもっと多くの民と商人を集めたい。それと『座』を廃して誰でも市で物を売れるようにしてほしい。『楽市』と名をつけて始めたい」
「…それでは杵築はいかに生計を維持していけばいいのでしょうか」
千家国造が疑念を示した。
「民が多く集まれば寄進が増える。商いがうまくいけば商人もさらに寄進をする。まず相手に利を与える、そして此方に利を戻す。物と銭が動く規模を大きくする。そのようにして儲けを増やす、という考え方だ」
「商いの立場で言えば物の値段が安くなるのは売りやすくなるということで悪い話ではありませんな。それにいろんな物を売ることができる。商売敵は増えそうですが…」
「この『楽市』は名だけではなく実も与えるとして杵築の名をさらに高めることになる。商人には坪内が言うた通り損よりも利が多いだろう。国造よ、どうだ」
「わかりました。具体的には御師にまかせます」
「よし。坪内、いつ頃から始められそうか」
「今年中に準備をして年明けには始められるかと」
これで近江六角より先に楽市楽座を始めることになる。歴史がまた一つ変わるな。
「次に紙漉き職人が欲しい。出雲は天平の昔に紙漉きが盛んであったと聞く。これからの尼子には紙が大量に必要になる。なんとかならんか」
「越前に伝があります。そこから職人をよんでまいりましょう」
「よろしく頼む。今のところ俺からは以上だ。坪内はなにか相談事はあるか」
「…若様。御武家様が商いをなさるなど考えたこともありません。この先もこのように商いに携わるのでございましょうか」
「そのつもりだ。いかんのか」
「いえ!滅相もございません。ただただ感服するばかりでございます…ならばこの先いかになされるのかお考えがあれば伺いとうございます」
「坪内、それを聞く覚悟はあるか。聞いたら最後引き返すことはできないぞ」
坪内は暫し考えたあと腹をくくったようだ。
「この坪内次郎左衛門重吉、若様にとことんお仕えいたします。ぜひ考えをお聞かせください」
「わかった。これからの大まかな考えだが鉄を中心に商いを進め明、朝鮮、アユタヤとの交易を増やす。大森の銀山をさらに開発し銀の採掘量を増やす。ゆくゆくは温泉津に大きな銀山町を作ることになるだろう。そのための街道整備が必要だ。富田から温泉津までの山陰道を拡張する。次に斐伊川の東流を利用して埋め立て地を作り農地を増やす。鉄を増やせばかんな流しで砂が溜まる。その砂を使い埋め立てをする。これが俺が考えていることだ。この上に関所と座の廃止が絡んでくる。色々課題は出るだろうが進めていくつもりだ」
「…わかりました。これからもよろしくお願いいたします」
「今日はこれまでにしよう。次に集まる日はおって知らせる」
国造と坪内は帰っていった。会談は上手く進んだと思う。本田は今日決まったことを書き留め今後の自分の動き方を考えている。
「本田、楽市が最優先だ。坪内と話し合いながら進めてくれ。他の寺社の動きも探っておけよ。寺社担当の佐世清宗には俺から話をしておく」
「はっ、わかりました。」
楽市を行えば寺社はそのうち反発するだろう。杵築が尼子に従うとはいえ自分達の権益が脅かされるのをだまって見ている寺社たちではない。どの様に寺社と付き合っていくか考えなくてはいけないな。
その夜俺は国造を訪ねて大社に向かった。境内は静かだ。神代の時代から続く杵築大社だが天文の世になってみるとずいぶんと俗世にまみれているなと言うのが率直な感想だ。厳かな雰囲気が辺りを支配しているのは感じるが、神社同士の領域争いや面子の張り合いなど神の世界もぶっそうだなと思う。神社なのに仏塔があるのもおかしいと言えばおかしい。
寺もおかしい。神仏習合なんか神社に向いていた信仰心を外からやってきた寺が取り込むために行ったものだろう。日の本より進んだ唐天竺からやってきた仏教が神社より賢く、強かだったのは当然か。ま、出雲における杵築の権威はとても高い。塩冶しかり鰐淵寺しかり、杵築を取り込むのは必要不可欠な案件だった。
その三者の関係に俺は楔を打ち込んだ。半分は運だ…それに、俺の考えている以上に話が進んでいったのは謎の国造のおかげだ。国造が何を考えているのかハッキリわからんが、俺に敵対しないなら協調するべきだな。とにかくやれることをやるだけだ。運も実力の内。
前回と同じく風鳥館の大広間に入る。本田は外で待機だ。北島雅孝と千家高勝が座っている。二人が俺を見て礼をする。俺は上座に座り二人に声をかける。
「このように三人で会うのも久しぶりだな。ま、昼前には会っていたから今さらというかんじだが。さて、坪内抜きで話がしたいとはどのような内容かな」
北島国造が話しだした。
「三郎さま。杵築は神仏習合から離れ、祭神もスサノオ様ではなく本来の大国主命様に戻すことに致しました。以前申し上げましたように大国主命様の大いなる御意向を日の本に知らしめるのが我らが役目にございます。よって杵築本来の姿にたち戻ることと相成りました。これから尼子様におかれましては、杵築の社と我ら神に使える者たちを守っていただきたいと切にお願い致しまする」
北島国造の話を聞いた俺はこれは人払いをしてまで話す内容なのかと思った。それに守っていただきたいって誰から守るんだお前たちを?
「神仏習合を進めたのは寺にございます。鍔淵寺は同時に塩谷殿の庇護も受け出雲における寺社筆頭に上り詰めました。しかし我らにとってはさしたる意味が無いのも事実。ここに至って杵築は己の本分に立ち帰ることが肝要と愚行した所存にございます」
「…それがなぜ俺が国造を守ることに繋がるのだ?」
「我らは鰐淵寺と袂を分かつのです。いままで我らから受け取っていた富と民百姓の信仰心は鍔淵寺から離れることになるでしょう。それを坊主が座して受け入れましょうや。寺の面目を潰し利を取り上げんとする動きを許すはずがありません」
「…鰐淵寺から杵築を守れということか?」
「さらに懸念が。紀伊守様(尼子国久)がいかになさるのか、分かりませぬ」
大伯父か。確かに国久はどう動く?
しばらく考え込んだがハッと気づいた。強訴か!寺が神社に強訴を起こす…そんなことあり得るのか?となれば宗教戦争になる。寺と神社、仏と神の争いだ。両者の間に妥協点はあり得ない。どちらかがまいるまで戦いは続く。それに強訴は尼子にも向かってくるだろう。杵築は尼子を公然と支援し始めたからな。強訴を押さえるのはとても難しい。仏の権威と民の信仰心が尼子にぶつかってくる。対処を誤った場合、またもや尼子の権威は落ちていく。国人共が騒ぎ出し不穏な空気が国中に拡がって…塩冶の乱再び…これ以上考えたくない。
国造はそれでいいのか、そうまでして大国主命を祭らねば気がすまんのか。
「国造、本気なのか。本当に鍔淵寺と事を構えるのか。お前たちに何の利があるんだ?」
「これは三郎さま異なことを申されますな。我らは出雲国造、大国主命を崇め奉ることにのみ生きる意味を見いだすものでございます。三郎さまも大国主命の信託を得た身ならば我らと道を同じくするのは至極当然のことではございませんか」
国造たちの顔には不思議な笑み?自信?が浮かんでいた。
こいつらの考えにはついていけない。だが今杵築と手を切れるのか。尼子にとって鰐淵寺と国久は何とかしなくてはいけない相手であるのは確かだ。だからこそ周到な案とタイミングが大事だ。
「若様、杵築と尼子は一蓮托生でございましょう。良しなにお願い申し上げまする」
千家国造が言葉を発し二人の国造は同時に頭を下げ平伏した。
コイツら二人、動きがシンクロしてやがる。どういうことだ。以前三人で会った時はこうじゃなかったぞ。なにかやったのか。
鍔淵寺には探りを入れてる段階でまだ何の対策も立ててない。無策で突っ込んだところで返り討ちに逢うだけだ。鍔淵寺のバックには比叡山延暦寺がいる。戦国時代の大財閥が控えているんだ。まだ動くには早い。
国造どもは同時に顔を上げた。俺を値踏みしている。くそっ!!ここで引くわけにはいかない。
「くっ…分かった。杵築は尼子が守る」
低い声で俺は答えた。
「ありがとうございます。では我らはこれにて下がらせていただきます」
静かに立ち上がり出ていく二人を見送りながら何とも言えぬ怒りが胸の奥ににじんでくる。今までうまくやってきたはずだ。未来を知るアドバンテージを生かして対策をたて、結果をだして手応えを感じていた。俺はいつの間にか調子に乗っていたのか?くそっ!ちくしょう!またしくじった。今世ではもうしくじらないと誓ったのに!!!
「杵築の関所で税を取るのを止めてもっと多くの民と商人を集めたい。それと『座』を廃して誰でも市で物を売れるようにしてほしい。『楽市』と名をつけて始めたい」
「…それでは杵築はいかに生計を維持していけばいいのでしょうか」
千家国造が疑念を示した。
「民が多く集まれば寄進が増える。商いがうまくいけば商人もさらに寄進をする。まず相手に利を与える、そして此方に利を戻す。物と銭が動く規模を大きくする。そのようにして儲けを増やす、という考え方だ」
「商いの立場で言えば物の値段が安くなるのは売りやすくなるということで悪い話ではありませんな。それにいろんな物を売ることができる。商売敵は増えそうですが…」
「この『楽市』は名だけではなく実も与えるとして杵築の名をさらに高めることになる。商人には坪内が言うた通り損よりも利が多いだろう。国造よ、どうだ」
「わかりました。具体的には御師にまかせます」
「よし。坪内、いつ頃から始められそうか」
「今年中に準備をして年明けには始められるかと」
これで近江六角より先に楽市楽座を始めることになる。歴史がまた一つ変わるな。
「次に紙漉き職人が欲しい。出雲は天平の昔に紙漉きが盛んであったと聞く。これからの尼子には紙が大量に必要になる。なんとかならんか」
「越前に伝があります。そこから職人をよんでまいりましょう」
「よろしく頼む。今のところ俺からは以上だ。坪内はなにか相談事はあるか」
「…若様。御武家様が商いをなさるなど考えたこともありません。この先もこのように商いに携わるのでございましょうか」
「そのつもりだ。いかんのか」
「いえ!滅相もございません。ただただ感服するばかりでございます…ならばこの先いかになされるのかお考えがあれば伺いとうございます」
「坪内、それを聞く覚悟はあるか。聞いたら最後引き返すことはできないぞ」
坪内は暫し考えたあと腹をくくったようだ。
「この坪内次郎左衛門重吉、若様にとことんお仕えいたします。ぜひ考えをお聞かせください」
「わかった。これからの大まかな考えだが鉄を中心に商いを進め明、朝鮮、アユタヤとの交易を増やす。大森の銀山をさらに開発し銀の採掘量を増やす。ゆくゆくは温泉津に大きな銀山町を作ることになるだろう。そのための街道整備が必要だ。富田から温泉津までの山陰道を拡張する。次に斐伊川の東流を利用して埋め立て地を作り農地を増やす。鉄を増やせばかんな流しで砂が溜まる。その砂を使い埋め立てをする。これが俺が考えていることだ。この上に関所と座の廃止が絡んでくる。色々課題は出るだろうが進めていくつもりだ」
「…わかりました。これからもよろしくお願いいたします」
「今日はこれまでにしよう。次に集まる日はおって知らせる」
国造と坪内は帰っていった。会談は上手く進んだと思う。本田は今日決まったことを書き留め今後の自分の動き方を考えている。
「本田、楽市が最優先だ。坪内と話し合いながら進めてくれ。他の寺社の動きも探っておけよ。寺社担当の佐世清宗には俺から話をしておく」
「はっ、わかりました。」
楽市を行えば寺社はそのうち反発するだろう。杵築が尼子に従うとはいえ自分達の権益が脅かされるのをだまって見ている寺社たちではない。どの様に寺社と付き合っていくか考えなくてはいけないな。
その夜俺は国造を訪ねて大社に向かった。境内は静かだ。神代の時代から続く杵築大社だが天文の世になってみるとずいぶんと俗世にまみれているなと言うのが率直な感想だ。厳かな雰囲気が辺りを支配しているのは感じるが、神社同士の領域争いや面子の張り合いなど神の世界もぶっそうだなと思う。神社なのに仏塔があるのもおかしいと言えばおかしい。
寺もおかしい。神仏習合なんか神社に向いていた信仰心を外からやってきた寺が取り込むために行ったものだろう。日の本より進んだ唐天竺からやってきた仏教が神社より賢く、強かだったのは当然か。ま、出雲における杵築の権威はとても高い。塩冶しかり鰐淵寺しかり、杵築を取り込むのは必要不可欠な案件だった。
その三者の関係に俺は楔を打ち込んだ。半分は運だ…それに、俺の考えている以上に話が進んでいったのは謎の国造のおかげだ。国造が何を考えているのかハッキリわからんが、俺に敵対しないなら協調するべきだな。とにかくやれることをやるだけだ。運も実力の内。
前回と同じく風鳥館の大広間に入る。本田は外で待機だ。北島雅孝と千家高勝が座っている。二人が俺を見て礼をする。俺は上座に座り二人に声をかける。
「このように三人で会うのも久しぶりだな。ま、昼前には会っていたから今さらというかんじだが。さて、坪内抜きで話がしたいとはどのような内容かな」
北島国造が話しだした。
「三郎さま。杵築は神仏習合から離れ、祭神もスサノオ様ではなく本来の大国主命様に戻すことに致しました。以前申し上げましたように大国主命様の大いなる御意向を日の本に知らしめるのが我らが役目にございます。よって杵築本来の姿にたち戻ることと相成りました。これから尼子様におかれましては、杵築の社と我ら神に使える者たちを守っていただきたいと切にお願い致しまする」
北島国造の話を聞いた俺はこれは人払いをしてまで話す内容なのかと思った。それに守っていただきたいって誰から守るんだお前たちを?
「神仏習合を進めたのは寺にございます。鍔淵寺は同時に塩谷殿の庇護も受け出雲における寺社筆頭に上り詰めました。しかし我らにとってはさしたる意味が無いのも事実。ここに至って杵築は己の本分に立ち帰ることが肝要と愚行した所存にございます」
「…それがなぜ俺が国造を守ることに繋がるのだ?」
「我らは鰐淵寺と袂を分かつのです。いままで我らから受け取っていた富と民百姓の信仰心は鍔淵寺から離れることになるでしょう。それを坊主が座して受け入れましょうや。寺の面目を潰し利を取り上げんとする動きを許すはずがありません」
「…鰐淵寺から杵築を守れということか?」
「さらに懸念が。紀伊守様(尼子国久)がいかになさるのか、分かりませぬ」
大伯父か。確かに国久はどう動く?
しばらく考え込んだがハッと気づいた。強訴か!寺が神社に強訴を起こす…そんなことあり得るのか?となれば宗教戦争になる。寺と神社、仏と神の争いだ。両者の間に妥協点はあり得ない。どちらかがまいるまで戦いは続く。それに強訴は尼子にも向かってくるだろう。杵築は尼子を公然と支援し始めたからな。強訴を押さえるのはとても難しい。仏の権威と民の信仰心が尼子にぶつかってくる。対処を誤った場合、またもや尼子の権威は落ちていく。国人共が騒ぎ出し不穏な空気が国中に拡がって…塩冶の乱再び…これ以上考えたくない。
国造はそれでいいのか、そうまでして大国主命を祭らねば気がすまんのか。
「国造、本気なのか。本当に鍔淵寺と事を構えるのか。お前たちに何の利があるんだ?」
「これは三郎さま異なことを申されますな。我らは出雲国造、大国主命を崇め奉ることにのみ生きる意味を見いだすものでございます。三郎さまも大国主命の信託を得た身ならば我らと道を同じくするのは至極当然のことではございませんか」
国造たちの顔には不思議な笑み?自信?が浮かんでいた。
こいつらの考えにはついていけない。だが今杵築と手を切れるのか。尼子にとって鰐淵寺と国久は何とかしなくてはいけない相手であるのは確かだ。だからこそ周到な案とタイミングが大事だ。
「若様、杵築と尼子は一蓮托生でございましょう。良しなにお願い申し上げまする」
千家国造が言葉を発し二人の国造は同時に頭を下げ平伏した。
コイツら二人、動きがシンクロしてやがる。どういうことだ。以前三人で会った時はこうじゃなかったぞ。なにかやったのか。
鍔淵寺には探りを入れてる段階でまだ何の対策も立ててない。無策で突っ込んだところで返り討ちに逢うだけだ。鍔淵寺のバックには比叡山延暦寺がいる。戦国時代の大財閥が控えているんだ。まだ動くには早い。
国造どもは同時に顔を上げた。俺を値踏みしている。くそっ!!ここで引くわけにはいかない。
「くっ…分かった。杵築は尼子が守る」
低い声で俺は答えた。
「ありがとうございます。では我らはこれにて下がらせていただきます」
静かに立ち上がり出ていく二人を見送りながら何とも言えぬ怒りが胸の奥ににじんでくる。今までうまくやってきたはずだ。未来を知るアドバンテージを生かして対策をたて、結果をだして手応えを感じていた。俺はいつの間にか調子に乗っていたのか?くそっ!ちくしょう!またしくじった。今世ではもうしくじらないと誓ったのに!!!
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