偽典尼子軍記

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第13話 1546年(天文十五年)7月 塩冶郷(えんやごう)

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 時は少し遡る。

「銀兵衛、笛は出来たか」
「ああ、これだ」
 俺は銀兵衛から真新しい横笛を受け取った。すぐに吹いてみる。
「ほう…なかなか様になっているな」
 銀兵衛は驚いているようだ。
「暇を見て修練したんだ。笛に負けてると言われたくないからな。それに『花実相応の大将』と称えられたご祖父様にあやかりたいと思ったんだ」
「不白院様か」
 法名不白院殿花屋常榮居士、尼子政久あまごまさひさ。俺が生まれる前に死んだお祖父さんだ。晴久は自分の父を覚えているのだろうか。ご祖父が生きていれば尼子は毛利に屈することはなかったのかな。
 俺は笛を風呂敷に包みながら銀兵衛に声をかける。
「銀兵衛、腕の立つ女が一人欲しい」
「女?…お手付きか!」
 銀兵衛はビックリというか呆れている。
「違う!奥の護衛だ」
「は?富田の奥に大事に囲ってあるのになんで護衛がいるんだ」
「お菊は城の外に連れ出す。だから必要だ」
「ふむ。姫武将にでもする気か?」
 姫武将か…うーん、悪くないな。頭に入れとこう。
「なんだ、まんざらでもないようだな。本気か?」
「ま、姫武将かどうかはおいおい考えるとして、お菊はただ子を生むだけでなくそれ以上の役割を果たしてもらいたい。俺には人が必要だ。俺の手足となる者がたくさん必要なのだ」
 銀兵衛は俺の顔をまじまじと見ながら顎に手を当てる。
「…ほう、面白そうだな。分かった直ぐに手配しよう」
「次に自領と他国の様子が、しりたい。調べてほしい。間諜がほしいんだが」
「正直、そこまで人がおらん。それに鉢屋は目立つ。間諜にはあまり向いておらん。荒事ならお手の物だがな。どこを探りたいんだ」
「毛利と鰐淵寺かな」
「毛利はわかるが鰐淵寺?なぜだ」
「あそこの和多坊栄芸は毛利と通じておるのだろう」
「噂があるにすぎん。それに寺は守護使不入であろう。探ったところで何ともしようがないだろう」
「尼子では守護使不入は認めん。俺が変える。現に今川は認めておらん」
「いや、末寺とはいえ叡山を敵に回すのか」
「坊主は経を読み、人心を健やかに保てば良い。それ以上は不要だ。政は尼子が行う。寺は政から遠ざける」
 銀兵衛は動かなくなった。先程とは違う難しい顔をして俺を見ている。
「銀兵衛、面白くなるぞ」
 そう言って笑って見せた。
「…いや、ほんとに…面白くなる、な」
「そうであろう。まず栄芸と毛利が繋がっているのか調べて欲しい。あと世鬼衆の動きも。その後の動き方はまた伝える」
「念のために聞くが、鰐淵寺をどうするつもりだ」
「うーん、まだわからん。だから調べる」
「仏を敵に回すのか。民百姓が離れるぞ」
「俺は大国主命から神託を受けているんだぞ。民が離れるわけがない」
「そ、そうか」
 俺はその後簡単な打ち合わせをして塩冶をあとにした。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「…何を考えているんだー?」
 銀兵衛は三郎の後ろ姿が見えなくなると思わず呟いていた。鰐淵寺は推古天皇ゆかりの由緒ある寺であり弁慶が修行し、今は杵築の別当寺を努めている。出雲において幕府の命をはねのける力を持つ存在だ。その鰐淵寺と事を構えるつもりか!大それた企てに思考を巡らせながら銀兵衛の顔に不敵な笑みが浮かぶ。面白い…開口一番女を寄越せと、その次が寺か。寺より女が大事なのか。
「いるか」
 物陰から音もなく男が現れる。
「ここに」
初芽はつめを呼べ。富田に送る。次に一党を集めろ。久方ぶりに群れるぞ」
 銀兵衛の顔に暫く笑みが残った。









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