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33話

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 医療班の大テント前は、黒山の人だかりが出来ていた。
 アティアが不思議な力で、兵士たちを癒しているとの噂が広まったからだ。

 一目見ようと次々と集まり出して、去る者がいない。
 そのせいで、順番待ちのような列まで出来てしまっている。
 
 押し合いへし合い、列抜かしで言い合いまで起きてしまっている。
 元貴族たちまで野次馬に混じっている。
 列の先頭でかじりつく様に見ているある男は、一切そこから動かない始末。

 そこへ――。

「――お前たち!! 持ち場に戻らんか! 我々は戦争をしているのだぞ!」

 野太い男の声が響く。
 エクエスだ。

 だいぶお怒りのようだ。
 その脇のアズバルドも困った顔をしている。

 叱りつけられた兵士たちは縮み上がって、逃げるように去って行った。
 まだ、見ることが出来ていなかったのだろう、元貴族たちも残念そうに立ち去る。

 しかし、一人だけ。
 未だ、中を覗いていた。

「殿下……」

 あの後、作戦会議が行われ、方針が決まらないまま、休憩に入った。
 トイレに行くと、ヒーロスは出て行った。
 元貴族たちも何人かがそわそわと出て行った。

 そして、いつまで経っても誰も戻って来ない。
 仕方がなく、エクエスとアズバルドは、探しに来たというわけだ。

 二人は、テントを楽しそうに覗く少年を見て、合わせたように息を吐き、額に手を当て首を横に振った。

 ヒーロスが、まるで子供のように駄々をこねているのを、二人は少し疲れたように半ば強引に、引きずるようにして連れて行く――。

――夜。
 駐屯している軍の陣から少し離れた木の下に、ヒーロスとアティアはいた。
 ヒーロスは敵がいつ動き出すかもしれないので、敵軍側を向いているが、アティアは自軍側に足を向けて夜空を眺めている。

 これは、仕方がないだろう。
 敵軍側を見たくない理由があるのだから。
 初の戦闘後、ここ数日。
 昼夜関係なく、外で、わざとやってるとしか思えないほどに、プププートとナーマが行為に及んでいるのだ。

 始めは兵士たちも、挑発を受けていると思い憤慨していたが、こうも繰り返されると、またか、そうなってしまう。
 
 木の下で二人。
 座った時から沈黙していた。
 よく見れば、二人の手は重なっている。
 その沈黙を崩したのは、アティアだった。 

「ヒーロス様、先ほど小さい頃からずっととおっしゃっておりましたけれど……」 

 ヒーロスは、それを受けて素直に語り出した。
 いつもの軽口やイタズラをすることもなく。

 初めて見たのは、聖女ティティアと見習いのアティアしか入ることを許可されていない、鍛錬場だという。
 その建物は、周りから見られないために、高い塔になっていて、鍛錬場がある最上階は、宮城の物見台や城そのものより高かった。
 
 ヒーロス少年五歳。
 彼の身体能力がいかんなく発揮され始めたのは、この頃からだ。
 猿でも無理だろう、その塔の外壁を登って行った。

 そして、十一歳の少女アティアを窓越しに見たのだという。
 両膝をついてずっと祈りを捧げている。

 呪文を唱えるわけでも、身体を動かして何かするわけでもない。
 毎日そうしている。
 何時間も何時間も。
 膝から血が滲んでも、それでも止めずに祈り続けている。

 始めは興味本位に過ぎなかった。
 しかし、何度か見ているうちに、ふらふらになって倒れたり、汗を大量にかきながら息を上げたりしている姿を見て――。

――がんばれ!!

 そう思うようになったという。
 次第に、どうしてそこまですのるか。
 その疑問の答えを知りたくて、聖女についてたくさん聞いて回ったり、本で調べたりするようになった。
 しかし、何故あれほどまでに祈り続けるのか、誰も知らない。
 本にも載っていない。

 ティティアに聞いた事もあったが、教えてもらえなかった。
 
「ティティア様は素敵な方だったね」
「……ええ……」

 ヒーロスは段々と、その謎の答え以外にも、他の事を思うようになった。
 自分も負けていられない。
 それが、ヒーロスの原点となった。

 アティアに負けないぞと、必死に武芸の訓練をはじめ、難しい本を読み漁ったそうだ。
 特に、初代国王と、その妃、初代聖女様の物語が好きだったそうだ。

 邪龍を討伐する物語。
 その頃に、英雄願望が出来上がったんだろう、と少し苦笑いした。

 それからも、アティアを見に行っては、努力の大切さを胸に刻むようになったのだ。
 やがて、八歳の頃には自分の中で他の感情が生まれ始めていた、と……。
 アティアに恋心を抱き始めていたんだ、と……。

「アティアは、全くだったろうけどね」
「……いつも後ろかスカート捲ってくるんですもの……」
「男の子は、好きな女の子にイタズラをしたくなるもんなんだよ」
「そういうものですか……?」

 話は続く。
 長兄と婚約していた事は知っていたから、叶わぬものなのだ。
 そう自分に言い聞かせていた。
 その頃には、剣も魔法も、だいぶ使えるようになっていたらしい。
 いつか、見せる機会があれば、驚かせたいと思っていた。

 十歳になる頃。
 上の兄二人が相次いで死んだ。
 プププートがその後、軍を率い二年に及ぶ魔王討伐に出かけた。
 もう、その時には、今あそこにいる女の正体が分かっていたのだと話した。
 
 その二年間。あの女も居なくなっていた。
 その二年間が、本当の意味での修行だったかもしれない。
 あの女を、だまし討ちでも、何でも、どんな形でも倒さなければ、何れはプププートが王になった時に、大きな問題となる。
 そう思っていた。

 これを、誰にも話さないでいたのには理由がある。
 一つは、信じてもらえない事。
 王子とは言え子供だ、どんなに利発だったとしても、夢でも見たのか、物語の読み過ぎか、そう思われるだけに違いない。
 また、女の手先がどれだけ潜り込んでいるか分からない。

 まだ、上位の魔物を倒せるだけの力を持っていなかった。
 いま、自分が殺されれば、止められるものが居なくなる。
 だから、その二年間は、アティアを見る事も我慢して、アティアと同じように長時間、日々修行に励んだという。

 二年後、プププートが戻って来てからは、アティアの知る通りだと、語る。
 一万の兵士が魅了にかかっていた。
 そのための魔王討伐という名目での行軍だったのだろうと。

 これは、由々しき事態。
 兵士に命令を下せば、民たちを襲わせる事もできてしまう。
 着実に乗っ取りが始まっていた。
 しかし、プププートが下した聖女追放令は……。
 これだけは、まさに奇跡の一手だったかもしれない、と言った。

「君は、あの女に殺されるはずだったんだ」
「……魔物達をアノイトスへ入れるためですね……」
「ああ、死んでも、居なくなっても一緒だと思ったんだろうね」 

 だから、ヒーロスは熟考し、計画を立てた。
 なるべく多くの貴族や民の避難と、来る決戦の為の魅了されてない兵士たち。
 それで、どうにか出来るかは未知数だったが、このままでは国は滅び魔物の巣窟となる。
 多くの人が死に絶えるだろうと話した。

「君のようにすべての、そうは考えなかったけれど、一人でも多くを助けたい。そう思ってたし、今だって思ってるよ。もう、アノイトスには、生きてる人はいない可能性が高いけどね」
「……そう、ですね」
「さてと、話したら心が決まったよ」
「何の心が……」

 アティアの問いを遮って。

「今日何の日か知ってる?」
「……いいえ」
「実はね、今日は僕の十四歳の誕生日なんだ!」

 アティアは、眺めていた夜空から、ヒーロスへ顔を向けた。
 そこへ――。

「――っ!??」

 眼前の一寸先にぼやけるほど近くにあるヒーロスの顔。
 鼻同士が横に当たり、唇が重なっていた。

 アティアは、咄嗟に突き放そうとする。
 しかし、いつの間にか抱きしめられていたヒーロスからは逃れられなかった。

 手のひらに当たる逞しい胸板と背中に感じる力強くも優しい腕。
 アティアは、自然と瞼を閉じていった――。


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