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25話
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――国境より一町分手前の緩やかな丘の上に陣を引くヒエムス軍。
横列陣形で、皆が皆、遠目に見える異様なアノイトス軍を見ていた。
アノイトス側も横列陣形だが、兵士たちがどうにも人間と言うより、生きた人形のように、動いているのだ。
その中央には豪勢な馬車。
遠目からも上下に揺れているのが見える。
その揺れが収まると、しばらくあって男が出て来た。
他の兵士たちとは違う、目を引く鎧兜。
見るからに大将クラスだと分かる。
「殿下……」
エクエスが、ヒーロスに声をかける。
「間違いないね。遠すぎて顔は良く見えないけど、あの鎧は兄だね」
馬車からは、武装も何もしていない女もおりてきた。
アズバルドが、それを見て。
「アレが例の……?」
「そうだよー。この戦いは、アレを倒せるかどうか、だからね」
両軍睨み合う中、アノイトス軍が動きを見せる。
戦争しに来たとは思えない姿の女が、指を鳴らしているような仕草。
それをきっかけに、プププートが馬に乗った。
敵の兵士たちが横列陣形の端から前方斜めに向かって進軍を開始する。
「やはり陣笛などは、ありませんか」
エクエスが、陣形を見定めながら、話す。
味方兵士から、声を発する者は居ないが、緊張や恐怖で身体を揺らして居るのだろう。
身に着けた武具の金属音があちこちから響いている。
エクエスは、一喝した。
「狼狽えるな! 敵はまだ遥か前方だ! いつでも指示された陣形を取れるよう心身を整えよ!」
エクエスの声に、馬に乗った数人が横列の声が届かない場所まで駆けて行き、一言一句違わず同じ伝令を飛ばす。
エクエスの判断は早かった。
「あれは大槍の陣……一点突破の諸刃の剣」
大槍の陣は弓矢のように、先駆けが三角状になり、そこから縦列を作り、次々と突進してくる陣形だ。
一般的には、敵方の手薄なところを狙って、撤退する時に使われることが多い。
初手から、この陣形を取るという事は、必死覚悟の特攻だ。
狙うは……。
「そのようだね。大賞首以外は見向きもしないというわけだ。さて、アズバルド、君ならアレにどう対抗する?」
圧迫面接でもしているような、ヒーロスの質問に、アズバルドは即座に答える。
「大翼の陣でございます」
大翼の陣とは、総大将を中心として、両横隊が鳥が翼を広げたように、斜めに配置される陣形。
そして、突っ込んでくる敵を、横撃する常套手段。
「エクエスは?」
「アズバルドの意見が一般に用いられる戦法ですが、私は双頭槍の陣が良いかと」
「うん。なるほど。大翼を応用した陣形だね。アズバルドはどう?」
「はい、それで宜しいかと」
「じゃ、それで行こう」
双頭槍の陣は、大翼を小翼にし、代わりに縦列を作って、相手の突進の勢いを削ぎつつ、翼から横撃するというものだ。
大翼のように、包囲殲滅や一網打尽といったことは出来ないが、防御面を考慮した攻防一体の陣形。
陣形は一長一短である。
エクエスは、味方の指揮レベル、戦闘経験などを踏まえ、大翼のような常套手段では、ややもするとヒーロスの元まで辿り着かれてしまう。
そう、考えていたのかもしれない。
「陣形は双……」
「あ、待って」
ヒーロスは、エクエスの伝令を止め、やや考えた。
そして、私兵軍、傭兵軍は縦列に、双頭は元国王軍が担うようにと指示した。
「っ……」
「……なるほど。了承しました」
エクエスが、ヒーロスの指示に従って、伝令を出す。
アズバルドは、不安と不満が混じったような顔をしていた。
伝令が伝わると、無数の金属音が鳴りだした。
次々と、指示された陣形を成すために動き出す。
元王国軍以外は、顔に怯えを見せている者が多い。
中には、足をもつれさせて、転ぶ者もいた。
「エクエス、アズバルド。後は任せたよ」
そう言うと、ヒーロスは立ち上がった。
「どちらへ?」
ヒーロスは、歩きだしながら背中で答えた。
「おしっこ!」
二人は、少し見送った後、前方へと目を向ける。
まだ、激突までは距離がある。
アズバルドは、先ほどの想いを、周囲に聞こえないよう小声で吐露した。
「殿下は、やはり捨て駒になさるおつもりか……」
エクエスは、目を瞑り。
やや間があって、口を開く。
「――いいや、それは違うぞ、アズバルド」
「で、ですが!」
「私兵軍は、はっきり言えば弱卒。それが、双頭に入れば殲滅力が落ちる。危機的な状況における判断力。臨機応変な立ち回り。それらを望むのも難しい……」
「でも、だからと言って、この陣形では……」
「お前は、ただ単純に、まっすぐ向かってくる敵をどう思う?」
そう問われ、アズバルドは一瞬考えた後、何かに気が付いたように、エクエスに顔を向けた。
「そういうことだ」
「……いくら弱卒でも、前方だけに集中できるならば……」
「あの陣形は、単純な攻撃だからこそ、突破力がモノを言う、しかし、それがないのであれば、無謀な陣と化す。我々の元同僚の力量は、お前も把握しているだろう」
「はい。そして、弱っている可能性も高いと……」
エクエスは、馬に跨った。
アズバルドに、俯瞰する地に居るここから、必要な事があれば指揮を執るよう言った。
「エクエス様はどちらへ」
「なぁに、震え上がってイチモツを縮こまらせている連中に、喝を入れてやろうと思ってな」
エクエスは、そう言って鼻で笑うと、馬を走らせて行く。
月下の野戦。
両軍の激突まで、残された時間はわずかであった。
横列陣形で、皆が皆、遠目に見える異様なアノイトス軍を見ていた。
アノイトス側も横列陣形だが、兵士たちがどうにも人間と言うより、生きた人形のように、動いているのだ。
その中央には豪勢な馬車。
遠目からも上下に揺れているのが見える。
その揺れが収まると、しばらくあって男が出て来た。
他の兵士たちとは違う、目を引く鎧兜。
見るからに大将クラスだと分かる。
「殿下……」
エクエスが、ヒーロスに声をかける。
「間違いないね。遠すぎて顔は良く見えないけど、あの鎧は兄だね」
馬車からは、武装も何もしていない女もおりてきた。
アズバルドが、それを見て。
「アレが例の……?」
「そうだよー。この戦いは、アレを倒せるかどうか、だからね」
両軍睨み合う中、アノイトス軍が動きを見せる。
戦争しに来たとは思えない姿の女が、指を鳴らしているような仕草。
それをきっかけに、プププートが馬に乗った。
敵の兵士たちが横列陣形の端から前方斜めに向かって進軍を開始する。
「やはり陣笛などは、ありませんか」
エクエスが、陣形を見定めながら、話す。
味方兵士から、声を発する者は居ないが、緊張や恐怖で身体を揺らして居るのだろう。
身に着けた武具の金属音があちこちから響いている。
エクエスは、一喝した。
「狼狽えるな! 敵はまだ遥か前方だ! いつでも指示された陣形を取れるよう心身を整えよ!」
エクエスの声に、馬に乗った数人が横列の声が届かない場所まで駆けて行き、一言一句違わず同じ伝令を飛ばす。
エクエスの判断は早かった。
「あれは大槍の陣……一点突破の諸刃の剣」
大槍の陣は弓矢のように、先駆けが三角状になり、そこから縦列を作り、次々と突進してくる陣形だ。
一般的には、敵方の手薄なところを狙って、撤退する時に使われることが多い。
初手から、この陣形を取るという事は、必死覚悟の特攻だ。
狙うは……。
「そのようだね。大賞首以外は見向きもしないというわけだ。さて、アズバルド、君ならアレにどう対抗する?」
圧迫面接でもしているような、ヒーロスの質問に、アズバルドは即座に答える。
「大翼の陣でございます」
大翼の陣とは、総大将を中心として、両横隊が鳥が翼を広げたように、斜めに配置される陣形。
そして、突っ込んでくる敵を、横撃する常套手段。
「エクエスは?」
「アズバルドの意見が一般に用いられる戦法ですが、私は双頭槍の陣が良いかと」
「うん。なるほど。大翼を応用した陣形だね。アズバルドはどう?」
「はい、それで宜しいかと」
「じゃ、それで行こう」
双頭槍の陣は、大翼を小翼にし、代わりに縦列を作って、相手の突進の勢いを削ぎつつ、翼から横撃するというものだ。
大翼のように、包囲殲滅や一網打尽といったことは出来ないが、防御面を考慮した攻防一体の陣形。
陣形は一長一短である。
エクエスは、味方の指揮レベル、戦闘経験などを踏まえ、大翼のような常套手段では、ややもするとヒーロスの元まで辿り着かれてしまう。
そう、考えていたのかもしれない。
「陣形は双……」
「あ、待って」
ヒーロスは、エクエスの伝令を止め、やや考えた。
そして、私兵軍、傭兵軍は縦列に、双頭は元国王軍が担うようにと指示した。
「っ……」
「……なるほど。了承しました」
エクエスが、ヒーロスの指示に従って、伝令を出す。
アズバルドは、不安と不満が混じったような顔をしていた。
伝令が伝わると、無数の金属音が鳴りだした。
次々と、指示された陣形を成すために動き出す。
元王国軍以外は、顔に怯えを見せている者が多い。
中には、足をもつれさせて、転ぶ者もいた。
「エクエス、アズバルド。後は任せたよ」
そう言うと、ヒーロスは立ち上がった。
「どちらへ?」
ヒーロスは、歩きだしながら背中で答えた。
「おしっこ!」
二人は、少し見送った後、前方へと目を向ける。
まだ、激突までは距離がある。
アズバルドは、先ほどの想いを、周囲に聞こえないよう小声で吐露した。
「殿下は、やはり捨て駒になさるおつもりか……」
エクエスは、目を瞑り。
やや間があって、口を開く。
「――いいや、それは違うぞ、アズバルド」
「で、ですが!」
「私兵軍は、はっきり言えば弱卒。それが、双頭に入れば殲滅力が落ちる。危機的な状況における判断力。臨機応変な立ち回り。それらを望むのも難しい……」
「でも、だからと言って、この陣形では……」
「お前は、ただ単純に、まっすぐ向かってくる敵をどう思う?」
そう問われ、アズバルドは一瞬考えた後、何かに気が付いたように、エクエスに顔を向けた。
「そういうことだ」
「……いくら弱卒でも、前方だけに集中できるならば……」
「あの陣形は、単純な攻撃だからこそ、突破力がモノを言う、しかし、それがないのであれば、無謀な陣と化す。我々の元同僚の力量は、お前も把握しているだろう」
「はい。そして、弱っている可能性も高いと……」
エクエスは、馬に跨った。
アズバルドに、俯瞰する地に居るここから、必要な事があれば指揮を執るよう言った。
「エクエス様はどちらへ」
「なぁに、震え上がってイチモツを縮こまらせている連中に、喝を入れてやろうと思ってな」
エクエスは、そう言って鼻で笑うと、馬を走らせて行く。
月下の野戦。
両軍の激突まで、残された時間はわずかであった。
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