聖女として全力を尽くしてまいりました。しかし、好色王子に婚約破棄された挙句に国を追放されました。国がどうなるか分かっていますか?

宮城 晟峰

文字の大きさ
上 下
25 / 40

25話

しおりを挟む
――国境より一町分手前の緩やかな丘の上に陣を引くヒエムス軍。
 横列陣形で、皆が皆、遠目に見える異様なアノイトス軍を見ていた。

 アノイトス側も横列陣形だが、兵士たちがどうにも人間と言うより、生きた人形のように、動いているのだ。
 
 その中央には豪勢な馬車。
 遠目からも上下に揺れているのが見える。

 その揺れが収まると、しばらくあって男が出て来た。
 他の兵士たちとは違う、目を引く鎧兜。
 見るからに大将クラスだと分かる。

「殿下……」

 エクエスが、ヒーロスに声をかける。

「間違いないね。遠すぎて顔は良く見えないけど、あの鎧は兄だね」

 馬車からは、武装も何もしていない女もおりてきた。
 アズバルドが、それを見て。

「アレが例の……?」
「そうだよー。この戦いは、アレを倒せるかどうか、だからね」 

 両軍睨み合う中、アノイトス軍が動きを見せる。
 戦争しに来たとは思えない姿の女が、指を鳴らしているような仕草。
 それをきっかけに、プププートが馬に乗った。
 敵の兵士たちが横列陣形の端から前方斜めに向かって進軍を開始する。
 
「やはり陣笛などは、ありませんか」

 エクエスが、陣形を見定めながら、話す。
 味方兵士から、声を発する者は居ないが、緊張や恐怖で身体を揺らして居るのだろう。
 身に着けた武具の金属音があちこちから響いている。
 エクエスは、一喝した。

「狼狽えるな! 敵はまだ遥か前方だ! いつでも指示された陣形を取れるよう心身を整えよ!」

 エクエスの声に、馬に乗った数人が横列の声が届かない場所まで駆けて行き、一言一句違わず同じ伝令を飛ばす。
 エクエスの判断は早かった。

「あれは大槍の陣……一点突破の諸刃の剣」

 大槍の陣は弓矢のように、先駆けが三角状になり、そこから縦列を作り、次々と突進してくる陣形だ。
 一般的には、敵方の手薄なところを狙って、撤退する時に使われることが多い。
 初手から、この陣形を取るという事は、必死覚悟の特攻だ。
 狙うは……。
 
「そのようだね。大賞首以外は見向きもしないというわけだ。さて、アズバルド、君ならアレにどう対抗する?」

 圧迫面接でもしているような、ヒーロスの質問に、アズバルドは即座に答える。

「大翼の陣でございます」

 大翼の陣とは、総大将を中心として、両横隊が鳥が翼を広げたように、斜めに配置される陣形。
 そして、突っ込んでくる敵を、横撃する常套手段。

「エクエスは?」
「アズバルドの意見が一般に用いられる戦法ですが、私は双頭槍の陣が良いかと」
「うん。なるほど。大翼を応用した陣形だね。アズバルドはどう?」
「はい、それで宜しいかと」
「じゃ、それで行こう」

 双頭槍の陣は、大翼を小翼にし、代わりに縦列を作って、相手の突進の勢いを削ぎつつ、翼から横撃するというものだ。
 大翼のように、包囲殲滅や一網打尽といったことは出来ないが、防御面を考慮した攻防一体の陣形。

 陣形は一長一短である。
 エクエスは、味方の指揮レベル、戦闘経験などを踏まえ、大翼のような常套手段では、ややもするとヒーロスの元まで辿り着かれてしまう。
 そう、考えていたのかもしれない。

「陣形は双……」
「あ、待って」

 ヒーロスは、エクエスの伝令を止め、やや考えた。
 そして、私兵軍、傭兵軍は縦列に、双頭は元国王軍が担うようにと指示した。

「っ……」
「……なるほど。了承しました」

 エクエスが、ヒーロスの指示に従って、伝令を出す。
 アズバルドは、不安と不満が混じったような顔をしていた。
 伝令が伝わると、無数の金属音が鳴りだした。

 次々と、指示された陣形を成すために動き出す。
 元王国軍以外は、顔に怯えを見せている者が多い。
 中には、足をもつれさせて、転ぶ者もいた。

「エクエス、アズバルド。後は任せたよ」

 そう言うと、ヒーロスは立ち上がった。

「どちらへ?」

 ヒーロスは、歩きだしながら背中で答えた。

「おしっこ!」

 二人は、少し見送った後、前方へと目を向ける。
 まだ、激突までは距離がある。
 アズバルドは、先ほどの想いを、周囲に聞こえないよう小声で吐露した。

「殿下は、やはり捨て駒になさるおつもりか……」

 エクエスは、目を瞑り。
 やや間があって、口を開く。

「――いいや、それは違うぞ、アズバルド」
「で、ですが!」
「私兵軍は、はっきり言えば弱卒。それが、双頭に入れば殲滅力が落ちる。危機的な状況における判断力。臨機応変な立ち回り。それらを望むのも難しい……」
「でも、だからと言って、この陣形では……」
「お前は、ただ単純に、まっすぐ向かってくる敵をどう思う?」

 そう問われ、アズバルドは一瞬考えた後、何かに気が付いたように、エクエスに顔を向けた。

「そういうことだ」
「……いくら弱卒でも、前方だけに集中できるならば……」
「あの陣形は、単純な攻撃だからこそ、突破力がモノを言う、しかし、それがないのであれば、無謀な陣と化す。我々の元同僚の力量は、お前も把握しているだろう」
「はい。そして、弱っている可能性も高いと……」

 エクエスは、馬に跨った。
 アズバルドに、俯瞰する地に居るここから、必要な事があれば指揮を執るよう言った。

「エクエス様はどちらへ」
「なぁに、震え上がってイチモツを縮こまらせている連中に、喝を入れてやろうと思ってな」

 エクエスは、そう言って鼻で笑うと、馬を走らせて行く。
 月下の野戦。
 両軍の激突まで、残された時間はわずかであった。




しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

婚約破棄され逃げ出した転生令嬢は、最強の安住の地を夢見る

拓海のり
ファンタジー
 階段から落ちて死んだ私は、神様に【救急箱】を貰って異世界に転生したけれど、前世の記憶を思い出したのが婚約破棄の現場で、私が断罪される方だった。  頼みのギフト【救急箱】から出て来るのは、使うのを躊躇うような怖い物が沢山。出会う人々はみんな訳ありで兵士に追われているし、こんな世界で私は生きて行けるのだろうか。  破滅型の転生令嬢、腹黒陰謀型の年下少年、腕の立つ元冒険者の護衛騎士、ほんわり癒し系聖女、魔獣使いの半魔、暗部一族の騎士。転生令嬢と訳ありな皆さん。  ゆるゆる異世界ファンタジー、ご都合主義満載です。  タイトル色々いじっています。他サイトにも投稿しています。 完結しました。ありがとうございました。

転生幼女の攻略法〜最強チートの異世界日記〜

みおな
ファンタジー
 私の名前は、瀬尾あかり。 37歳、日本人。性別、女。職業は一般事務員。容姿は10人並み。趣味は、物語を書くこと。  そう!私は、今流行りのラノベをスマホで書くことを趣味にしている、ごくごく普通のOLである。  今日も、いつも通りに仕事を終え、いつも通りに帰りにスーパーで惣菜を買って、いつも通りに1人で食事をする予定だった。  それなのに、どうして私は道路に倒れているんだろう?後ろからぶつかってきた男に刺されたと気付いたのは、もう意識がなくなる寸前だった。  そして、目覚めた時ー

義母の企みで王子との婚約は破棄され、辺境の老貴族と結婚せよと追放されたけど、結婚したのは孫息子だし、思いっきり歌も歌えて言うことありません!

もーりんもも
恋愛
義妹の聖女の証を奪って聖女になり代わろうとした罪で、辺境の地を治める老貴族と結婚しろと王に命じられ、王都から追放されてしまったアデリーン。 ところが、結婚相手の領主アドルフ・ジャンポール侯爵は、結婚式当日に老衰で死んでしまった。 王様の命令は、「ジャンポール家の当主と結婚せよ」ということで、急遽ジャンポール家の当主となった孫息子ユリウスと結婚することに。 ユリウスの結婚の誓いの言葉は「ふん。ゲス女め」。 それでもアデリーンにとっては、緑豊かなジャンポール領は楽園だった。 誰にも遠慮することなく、美しい森の中で、大好きな歌を思いっきり歌えるから! アデリーンの歌には不思議な力があった。その歌声は万物を癒し、ユリウスの心までをも溶かしていく……。

修道女エンドの悪役令嬢が実は聖女だったわけですが今更助けてなんて言わないですよね

星里有乃
恋愛
『お久しぶりですわ、バッカス王太子。ルイーゼの名は捨てて今は洗礼名のセシリアで暮らしております。そちらには聖女ミカエラさんがいるのだから、私がいなくても安心ね。ご機嫌よう……』 悪役令嬢ルイーゼは聖女ミカエラへの嫌がらせという濡れ衣を着せられて、辺境の修道院へ追放されてしまう。2年後、魔族の襲撃により王都はピンチに陥り、真の聖女はミカエラではなくルイーゼだったことが判明する。 地母神との誓いにより祖国の土地だけは踏めないルイーゼに、今更助けを求めることは不可能。さらに、ルイーゼには別の国の王子から求婚話が来ていて……? * この作品は、アルファポリスさんと小説家になろうさんに投稿しています。 * 2025年2月1日、本編完結しました。予定より少し文字数多めです。番外編や後日談など、また改めて投稿出来たらと思います。ご覧いただきありがとうございました!

婚約破棄されたので森の奥でカフェを開いてスローライフ

あげは
ファンタジー
「私は、ユミエラとの婚約を破棄する!」 学院卒業記念パーティーで、婚約者である王太子アルフリードに突然婚約破棄された、ユミエラ・フォン・アマリリス公爵令嬢。 家族にも愛されていなかったユミエラは、王太子に婚約破棄されたことで利用価値がなくなったとされ家を勘当されてしまう。 しかし、ユミエラに特に気にした様子はなく、むしろ喜んでいた。 これまでの生活に嫌気が差していたユミエラは、元孤児で転生者の侍女ミシェルだけを連れ、その日のうちに家を出て人のいない森の奥に向かい、森の中でカフェを開くらしい。 「さあ、ミシェル! 念願のスローライフよ! 張り切っていきましょう!」 王都を出るとなぜか国を守護している神獣が待ち構えていた。 どうやら国を捨てユミエラについてくるらしい。 こうしてユミエラは、転生者と神獣という何とも不思議なお供を連れ、優雅なスローライフを楽しむのであった。 一方、ユミエラを追放し、神獣にも見捨てられた王国は、愚かな王太子のせいで混乱に陥るのだった――。 なろう・カクヨムにも投稿

追放された魔女は、実は聖女でした。聖なる加護がなくなった国は、もうおしまいのようです【第一部完】

小平ニコ
ファンタジー
人里離れた森の奥で、ずっと魔法の研究をしていたラディアは、ある日突然、軍隊を率いてやって来た王太子デルロックに『邪悪な魔女』呼ばわりされ、国を追放される。 魔法の天才であるラディアは、その気になれば軍隊を蹴散らすこともできたが、争いを好まず、物や場所にまったく執着しない性格なので、素直に国を出て、『せっかくだから』と、旅をすることにした。 『邪悪な魔女』を追い払い、国民たちから喝采を浴びるデルロックだったが、彼は知らなかった。魔女だと思っていたラディアが、本人も気づかぬうちに、災いから国を守っていた聖女であることを……

この野菜は悪役令嬢がつくりました!

真鳥カノ
ファンタジー
幼い頃から聖女候補として育った公爵令嬢レティシアは、婚約者である王子から突然、婚約破棄を宣言される。 花や植物に『恵み』を与えるはずの聖女なのに、何故か花を枯らしてしまったレティシアは「偽聖女」とまで呼ばれ、どん底に落ちる。 だけどレティシアの力には秘密があって……? せっかくだからのんびり花や野菜でも育てようとするレティシアは、どこでもやらかす……! レティシアの力を巡って動き出す陰謀……? 色々起こっているけれど、私は今日も野菜を作ったり食べたり忙しい! 毎日2〜3回更新予定 だいたい6時30分、昼12時頃、18時頃のどこかで更新します!

護国の聖女、婚約破棄の上、国外追放される。〜もう護らなくていいんですね〜

ココちゃん
恋愛
平民出身と蔑まれつつも、聖女として10年間一人で護国の大結界を維持してきたジルヴァラは、学園の卒業式で、冤罪を理由に第一王子に婚約を破棄され、国外追放されてしまう。 護国の大結界は、聖女が結界の外に出た瞬間、消滅してしまうけれど、王子の新しい婚約者さんが次の聖女だっていうし大丈夫だよね。 がんばれ。 …テンプレ聖女モノです。

処理中です...