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22話
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ここは、ヒエムスにある元アノイトスの移住者たちの町。
その規模は、王都を軽くしのぐ規模となっていた。
まだまだ、仮設の住宅も多く、それでも毎日のように新しい住人が増え続けている。
いつの間にか、ここはブナイポと呼ばれるようになっていた。
最初に住み着いた元領主たちの一字を取ったのだろう。
その町の中央には、元領主たち、エクエス、アズバルドが、日々作戦会議をしていたひと際大きな建築物がある。
この建築物内で、この町並びに周辺の村などにおける政策が、日々話し合われている。
ここは、ヒエムス王の命により、特別完全自治区となっていた。
新たに、アノイトスからやってきた重臣含めた臣下も、日々の施政に加わり、共に汗を流している。
皆、アノイトス時代の経験を生かし、活き活きと仕事をしている。
改めて己の存在意義を感じているかのようだ。
時に怒号が飛び交う事もある。
しかし、価値観は違えど、そこには町を良くしようという思いがある。
純粋な気持ちのぶつかり合いなのだ。
まさに、政治とはこのようにあるべき、と見るものが見れば思う事だろう。
王という最終決定を下す者がいない事で、なかなか進まない事もある。
しかし、話し合いで纏まらないのであれば、採決をとるという方法で、少しずつではあるが先に進ませている。
だが、それは内政的な話だ。
今、この時、一番の重要な、重大な問題は、アノイトスとの戦である。
その作戦会議が、大会議室で行われていた。
先日到着した、ヒーロスを上座に、アノイトス時代の臣下たちがほぼ揃いぶみ。
喧々諤々と意見をし合っている。
「――だから、言っておりますでしょう! こちらの方が数は圧倒的に多いと!」
「貴殿は、軍事の何もわかっておられん。兵の数で勝敗が決するものでは無い!」
「何をおっしゃいますか。多勢に無勢という言葉を知らないと見える!」
「多勢に無勢と言う程、数の開きなどありはしないではないかっ!」
「一万対三万ですぞ! 負ける通りがどこにありましょうや?」
「殿下の話が事実であれば、向こうは魔物を引き連れて来るでしょう。数がどれくらいかを見通すのは難しいかと……」
そこへ、ひと際声を荒げる男。
「魔物など、何するものぞ!」
すると、数のごり押しが出来ると考えている者たちから賛成の声が上がる。
「あの王は魔王など討伐してこなかったのですぞ! 魔物がどれほど力を持っているのかわかるまい!」
こちらの意見に賛同するものらが、同じように声を上げる。
そして、また激しい論争が始まった。
ヒーロスは、一刻に渡る討論を黙って聞いていた。
両隣には、エクエスとアズバルドが立っている。
ヒーロスは、目を瞑り双方の対立する意見を聞きながら、腕を組んでいたが、やがて、手を挙げた。
一同は、声を発するのを止めて押し黙る。
目を瞑ったままのヒーロスに、皆の視線が集中した。
そして、ヒーロスはゆっくりと目を開き。
「辺境伯」
「は、殿下」
「この作戦会議の前にさ、町を散歩してたんだよね」
「は、はぁ……」
「でさ、見ちゃったんだよ」
「……何を……で?」
皆、ヒーロスが何を話し出したのか分からないと言った顔だ。
ヒーロスは、まるでイタズラを思いついた子供のように。
「裏路地でさー……いやー、うんうん、やるなー……」
もったいぶる。皆が、何だ? と先が気になる話し方で。
辺境伯は、自分が何か失態でもしたのかと、こめかみの汗を拭って続きを待った。
「伯の綺麗なお嬢さんと、このアズバルドが逢引きしてたんだー」
その場に居る者たちは、呆けた。
四人以外は。
アズバルドは顔を真っ青にし、辺境伯はそれを睨みつけ、ヒーロスはしてやったりと、にんまりしている。
それを、エクエスがまたかと、首を横に振った。
「で、殿下、今はそんな話を……」
ヒーロスは、すーっと表情を変えた。
眼光鋭く皆を見回す。
「君たちさ、この一刻、何の話をしてるの?」
「な、何のって……」
「確かに、数は重要さ、でも多い少ないを話すことが作戦なの?」
「そ、それは……」
ヒーロスは、数で押し切れると豪語していた者に目を向ける。
「ねー、君。君の意見は正しいよ。数が多ければ多いほど有利なのは戦の常套」
次に少ないからと、侮るなと叫んでいた者へ。
「そして、君。君の意見もまた正しい。敵の一人ひとりが三人を相手に出来るほどの強者たちかもしれない」
ヒーロスは、語る。
一同が話しているのは、戦の表面上の話に過ぎないのだ。
どのように策謀を巡らせ、相手の虚を突き混乱させるか。
戦況は常時動き変化する。
どのような変化が起こるのかを推測し、何が起きても冷静に判断できるために、もしこうなった場合、ああなった場合は、どう行動するか。
得意な戦闘をどうしたら、いかんなく発揮できるか。
一日で戦が終わる事などほぼない。
兵站や休憩。
夜襲への備えと、その逆。
負ければヒエムスだって終わる。
聖女がもし殺されれば、今のアノイトスのような国になってしまうのだ。
これはふた国の運命をかけた戦い。
念には念を入れ過ぎても、足りない程に突き詰める。
そういうものを作戦というのだ、と……。
「わかったかな?」
皆、あどけなさの残る少年の話に聞き入っている。
ヒーロスは、エクエスに顔を向けると。
「エクエス、僕が王都から戻ってくるまでの二ヶ月、何してたのさ。僕は君の作戦表をここに来た時に直ぐ読んだよ。何故彼らはその話を詰めず、こんな無駄な時間を過ごしてるのさ?」
エクエスは、困り顔となって。
「……その……」
「あー、いいよ。何となくわかったから。皆さ、戦争なんて体験した事ないよね。僕もない。でさ、戦闘経験がある者は居る?」
誰も手を挙げない。
「そうでしょ。僕は少しあるけどね。ド素人さんたちが机上の空論、盤上の駒遊びしてても、意味がないよー。そういうのはさ、お酒の席でやってねー。ここに、プロがいるんだから、その人の話を聞いて、しっかりと頭に叩き入れて、ちゃんと指示に従って動きましょう。それでも、誰かは死ぬかもしれないし、まあ、全滅する事もあるかもだけどさ」
一同、誰も口を開く者は居なくなった。
ヒーロスは、まったく楽観視できない。
そう言いながら、憶測にすぎないが一つだけ良い事もあると言った。
――敵、人間一万は、然程脅威ではない可能性が高い、と。
エクエスが反応する。
「殿下、それは一体ど……」
ヒーロスは、手でエクエスを制止させ、アノイトスからヒエムスに来るまでの行程を話した。
それを聞いていた、後からこの地に来た者たちは、力強く頷く。
そして、それは、今はもっとひどい状態だと。
ならば、やせ細り体力がなくなっている可能性は高い。
ただ、危惧する事があるとすれば、その者たちに掛けられているだろう魅了魔法による効果。
それがどれほど力を発揮するのか。
そして、連れて来るだろう魔物。
数も脅威だが、問題になるのは中位、上位に位置するものがどれだけいるか。
「殿下、そういう事であれば、少し作戦の見直しが必要かと」
エクエスは、顎に手を当てて言った。
「うん、任せるよ。アズバルド、君もじゃんじゃん意見を言いなよ」
「は、はい!」
「みんなにも言っておくよ。便宜上は僕が総大将だけど、総指揮はエクエス。副官はアズバルド。君たちはその指示を聞く部隊長。その下の者に同じように司令していくんだよ。個々の部隊や班での戦闘では、その長の指示で動く。それを、この作戦表に則って詰めておいてね」
一同の中には不満そうな顔をしているものが多くいた。
それを、ヒーロスは笑顔で見やる。
「で、殿下」
「なーに?」
ニコニコしているヒーロスに、やや困惑した顔で、重臣だったものが言う。
「それでは、兵の士気と言いますか……」
「こう言いたいんでしょ? 自分たちよりも身分が低い、平民出身者の言う事など聞けるか」
「そ、そこまでは……」
「あのね、僕たち国を捨てたの。わかる? この国では僕は王子でもないし、君たちも貴族じゃないの。全然偉くも何ともないわけ。むしろ戦のド素人さん。だからね、従った方が良いよ。でもね、自由はあるよ。従いたくない者は好きにしていいんじゃない。イヤイヤ従われても、そういう者に限って足並み乱すからね」
そこまで言うと、ヒーロスは、立ち上がって背を伸ばし、後は皆で話し合って、と
歩きだした。
アズバルドに、アティアの家にいるから、決まったら知らせに来て、そう言うと部屋を出て行った。
しばし、重苦しい沈黙が続く中。
辺境伯だった男が口を開く。
「殿下の言う通りでしょう。国なかりせば貴賤《きせん》無し、人なかりせば国も無し……」
その言葉に、ぽつりぽつりと、賛同者が現れ、次第に纏まっていく。
そこへ、エクエスが、壁に掲げてあった国境付近の地図を皆に見せつつ、作戦表をもって、本当の作戦会議を始めていった。
その規模は、王都を軽くしのぐ規模となっていた。
まだまだ、仮設の住宅も多く、それでも毎日のように新しい住人が増え続けている。
いつの間にか、ここはブナイポと呼ばれるようになっていた。
最初に住み着いた元領主たちの一字を取ったのだろう。
その町の中央には、元領主たち、エクエス、アズバルドが、日々作戦会議をしていたひと際大きな建築物がある。
この建築物内で、この町並びに周辺の村などにおける政策が、日々話し合われている。
ここは、ヒエムス王の命により、特別完全自治区となっていた。
新たに、アノイトスからやってきた重臣含めた臣下も、日々の施政に加わり、共に汗を流している。
皆、アノイトス時代の経験を生かし、活き活きと仕事をしている。
改めて己の存在意義を感じているかのようだ。
時に怒号が飛び交う事もある。
しかし、価値観は違えど、そこには町を良くしようという思いがある。
純粋な気持ちのぶつかり合いなのだ。
まさに、政治とはこのようにあるべき、と見るものが見れば思う事だろう。
王という最終決定を下す者がいない事で、なかなか進まない事もある。
しかし、話し合いで纏まらないのであれば、採決をとるという方法で、少しずつではあるが先に進ませている。
だが、それは内政的な話だ。
今、この時、一番の重要な、重大な問題は、アノイトスとの戦である。
その作戦会議が、大会議室で行われていた。
先日到着した、ヒーロスを上座に、アノイトス時代の臣下たちがほぼ揃いぶみ。
喧々諤々と意見をし合っている。
「――だから、言っておりますでしょう! こちらの方が数は圧倒的に多いと!」
「貴殿は、軍事の何もわかっておられん。兵の数で勝敗が決するものでは無い!」
「何をおっしゃいますか。多勢に無勢という言葉を知らないと見える!」
「多勢に無勢と言う程、数の開きなどありはしないではないかっ!」
「一万対三万ですぞ! 負ける通りがどこにありましょうや?」
「殿下の話が事実であれば、向こうは魔物を引き連れて来るでしょう。数がどれくらいかを見通すのは難しいかと……」
そこへ、ひと際声を荒げる男。
「魔物など、何するものぞ!」
すると、数のごり押しが出来ると考えている者たちから賛成の声が上がる。
「あの王は魔王など討伐してこなかったのですぞ! 魔物がどれほど力を持っているのかわかるまい!」
こちらの意見に賛同するものらが、同じように声を上げる。
そして、また激しい論争が始まった。
ヒーロスは、一刻に渡る討論を黙って聞いていた。
両隣には、エクエスとアズバルドが立っている。
ヒーロスは、目を瞑り双方の対立する意見を聞きながら、腕を組んでいたが、やがて、手を挙げた。
一同は、声を発するのを止めて押し黙る。
目を瞑ったままのヒーロスに、皆の視線が集中した。
そして、ヒーロスはゆっくりと目を開き。
「辺境伯」
「は、殿下」
「この作戦会議の前にさ、町を散歩してたんだよね」
「は、はぁ……」
「でさ、見ちゃったんだよ」
「……何を……で?」
皆、ヒーロスが何を話し出したのか分からないと言った顔だ。
ヒーロスは、まるでイタズラを思いついた子供のように。
「裏路地でさー……いやー、うんうん、やるなー……」
もったいぶる。皆が、何だ? と先が気になる話し方で。
辺境伯は、自分が何か失態でもしたのかと、こめかみの汗を拭って続きを待った。
「伯の綺麗なお嬢さんと、このアズバルドが逢引きしてたんだー」
その場に居る者たちは、呆けた。
四人以外は。
アズバルドは顔を真っ青にし、辺境伯はそれを睨みつけ、ヒーロスはしてやったりと、にんまりしている。
それを、エクエスがまたかと、首を横に振った。
「で、殿下、今はそんな話を……」
ヒーロスは、すーっと表情を変えた。
眼光鋭く皆を見回す。
「君たちさ、この一刻、何の話をしてるの?」
「な、何のって……」
「確かに、数は重要さ、でも多い少ないを話すことが作戦なの?」
「そ、それは……」
ヒーロスは、数で押し切れると豪語していた者に目を向ける。
「ねー、君。君の意見は正しいよ。数が多ければ多いほど有利なのは戦の常套」
次に少ないからと、侮るなと叫んでいた者へ。
「そして、君。君の意見もまた正しい。敵の一人ひとりが三人を相手に出来るほどの強者たちかもしれない」
ヒーロスは、語る。
一同が話しているのは、戦の表面上の話に過ぎないのだ。
どのように策謀を巡らせ、相手の虚を突き混乱させるか。
戦況は常時動き変化する。
どのような変化が起こるのかを推測し、何が起きても冷静に判断できるために、もしこうなった場合、ああなった場合は、どう行動するか。
得意な戦闘をどうしたら、いかんなく発揮できるか。
一日で戦が終わる事などほぼない。
兵站や休憩。
夜襲への備えと、その逆。
負ければヒエムスだって終わる。
聖女がもし殺されれば、今のアノイトスのような国になってしまうのだ。
これはふた国の運命をかけた戦い。
念には念を入れ過ぎても、足りない程に突き詰める。
そういうものを作戦というのだ、と……。
「わかったかな?」
皆、あどけなさの残る少年の話に聞き入っている。
ヒーロスは、エクエスに顔を向けると。
「エクエス、僕が王都から戻ってくるまでの二ヶ月、何してたのさ。僕は君の作戦表をここに来た時に直ぐ読んだよ。何故彼らはその話を詰めず、こんな無駄な時間を過ごしてるのさ?」
エクエスは、困り顔となって。
「……その……」
「あー、いいよ。何となくわかったから。皆さ、戦争なんて体験した事ないよね。僕もない。でさ、戦闘経験がある者は居る?」
誰も手を挙げない。
「そうでしょ。僕は少しあるけどね。ド素人さんたちが机上の空論、盤上の駒遊びしてても、意味がないよー。そういうのはさ、お酒の席でやってねー。ここに、プロがいるんだから、その人の話を聞いて、しっかりと頭に叩き入れて、ちゃんと指示に従って動きましょう。それでも、誰かは死ぬかもしれないし、まあ、全滅する事もあるかもだけどさ」
一同、誰も口を開く者は居なくなった。
ヒーロスは、まったく楽観視できない。
そう言いながら、憶測にすぎないが一つだけ良い事もあると言った。
――敵、人間一万は、然程脅威ではない可能性が高い、と。
エクエスが反応する。
「殿下、それは一体ど……」
ヒーロスは、手でエクエスを制止させ、アノイトスからヒエムスに来るまでの行程を話した。
それを聞いていた、後からこの地に来た者たちは、力強く頷く。
そして、それは、今はもっとひどい状態だと。
ならば、やせ細り体力がなくなっている可能性は高い。
ただ、危惧する事があるとすれば、その者たちに掛けられているだろう魅了魔法による効果。
それがどれほど力を発揮するのか。
そして、連れて来るだろう魔物。
数も脅威だが、問題になるのは中位、上位に位置するものがどれだけいるか。
「殿下、そういう事であれば、少し作戦の見直しが必要かと」
エクエスは、顎に手を当てて言った。
「うん、任せるよ。アズバルド、君もじゃんじゃん意見を言いなよ」
「は、はい!」
「みんなにも言っておくよ。便宜上は僕が総大将だけど、総指揮はエクエス。副官はアズバルド。君たちはその指示を聞く部隊長。その下の者に同じように司令していくんだよ。個々の部隊や班での戦闘では、その長の指示で動く。それを、この作戦表に則って詰めておいてね」
一同の中には不満そうな顔をしているものが多くいた。
それを、ヒーロスは笑顔で見やる。
「で、殿下」
「なーに?」
ニコニコしているヒーロスに、やや困惑した顔で、重臣だったものが言う。
「それでは、兵の士気と言いますか……」
「こう言いたいんでしょ? 自分たちよりも身分が低い、平民出身者の言う事など聞けるか」
「そ、そこまでは……」
「あのね、僕たち国を捨てたの。わかる? この国では僕は王子でもないし、君たちも貴族じゃないの。全然偉くも何ともないわけ。むしろ戦のド素人さん。だからね、従った方が良いよ。でもね、自由はあるよ。従いたくない者は好きにしていいんじゃない。イヤイヤ従われても、そういう者に限って足並み乱すからね」
そこまで言うと、ヒーロスは、立ち上がって背を伸ばし、後は皆で話し合って、と
歩きだした。
アズバルドに、アティアの家にいるから、決まったら知らせに来て、そう言うと部屋を出て行った。
しばし、重苦しい沈黙が続く中。
辺境伯だった男が口を開く。
「殿下の言う通りでしょう。国なかりせば貴賤《きせん》無し、人なかりせば国も無し……」
その言葉に、ぽつりぽつりと、賛同者が現れ、次第に纏まっていく。
そこへ、エクエスが、壁に掲げてあった国境付近の地図を皆に見せつつ、作戦表をもって、本当の作戦会議を始めていった。
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