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11話

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 王の政務室。
 プププートは、拳を震わせていた。
 それはやがて、肩まで達し、両腕が動く。

「裏切り者の次は、聖女が創ったユートピアだとぉおおお!!!」 

 怒号と共に机の上の山の書類を右へ左へ、ぶちまける。
 もう、払っているのか叩いているのかもわからぬ程に、乱暴に乱雑に腕を動かした。
 
 そして抜剣。
 机を一閃。
 しかし、机には剣の刃型が付いた程度だった。

「くそがぁ‥‥…くそがぁあああ!!!」

 大上段に袈裟に次々に打ち込んでいく。
 魔王を倒した男なら、一刀のもとに机など切断できると思われるが、打ち込んでも打ち込んでも、刃型が増えていくだけだった。

 半狂乱に陥っていて剣技を忘れてしまったのだろうか……。
 何十回と振り下ろしたところで、剣が折れてしまった。
 息も絶え絶え、髪は乱れまくっている。

 折れた剣をそのまま窓に向って投げつける。
 ガラスが割れ、寒風と雪が部屋の中へ吹き付けて来た。
 そんな異常行動に走っているプププートの横で、ナーマは壁に背を預け立っている。
 素知らぬ顔で、酒の入ったグラスを、ちびちびと目を閉じながら味わっていた。
 そして、くすりと笑う。
 
「何か文句でもあるかっ!」
「薄着なので少々寒いかと……」 
「このっ……ファイアーボール!」

 少し大きな火の玉が机に飛び、燃え盛った。

「これで寒くあるまい!」

 肩で息をしながら、燃えている机を見ている、その表情は王の威厳も無ければ、英雄の威光もなかった。

 そこへ、扉をノックする音。

「あら、タイミングが悪い事。どなたかしらねぇ」
「待て!」

 プププートは、扉の向こう側に叫ぶと、息を整える。
 数度、大きく深呼吸し、額の汗を拭う。

「入れ」

 扉が開かれる。
 片目に眼帯をした下女が礼を取り。

「第四王子、ヒーロス殿下がお見えになりましてございます」  

 そう告げると扉の横に立った。
 ヒーロスが室内に入ってくると、プププートの前に片膝をついた。

「突然の……」
「待て。おい、そこのお前、まだ居たのか。今日から暇をやる。さっさと宮城から出て行け、愚か者」

 下女は、その言葉に肩を震わせ、口に手を当てて走り去った。
 
「ちっ、扉くらい閉めていけ、馬鹿者が」
「いいではありませんか。室内換気しませんと煙が充満してしまいますわ」
「ふん。それで、ヒーロス、何用だ?」
「ご機嫌麗しゅう……」
「下らん挨拶はいい、さっさと要件を言え」
「はい、陛下。宜しければ、私めを王の名代としてヒエムスに、ご派遣頂けないでしょうか?」
「何だと?」

 プププートは不快そうに眉を顰めた。
 
「……何ゆえだ?」
「裏切り者の状況。ヒエムスの発展ぐあい。聖女の有無。居るならば、その秘密の調査。そして……」
「何だ?」
「軍をお預け頂きたく思います」
「……軍を動かして何をする気だ? 戦争でも仕掛けるのか?」
「いいえ。相手の出方を見るためでございます」

 プププートは続けろと、顎を動かす。
 ヒーロスは、笑みを浮かべ。

「陛下は何れは世界を手に入れるお方だと思っております」
「ほう……」
「であれば、相手の持つ戦力、機動力、判断力、指揮力など、様々な事を熟知しておかれるに越した事はございません」

 世界を手に入れる。
 この言葉に、余ほど興味を抱いたのか、先ほどまでの不快な顔はどこへやら。
 邪気を帯びた笑みとなっている。

「ヒーロス、お前いくつになった?」
「十三にございます」
「そうか、なら、そろそろ初陣しても良い頃合いだ。まあ、今回は名代としての派遣。戦にはならんだろうが、軍とは何かを学んでくると良い」
「……ありがたき幸せにございます」

 プププートは、この末の弟とは殆ど話した事もなかった。
 もちろん長兄や次兄ともだが、特に歳も離れており、離宮で育てられていたヒーロスは、遠くから見かける程度が多かったのだ。

 最近は、国の内政面に強い関心を示していると、臣下から報告は上がっていたが別段気にしてもいない様子だった。
 しかし、ここに来て、末の弟は使えそうだと思ったのだろう。
 名代――国王その者が行くのと同義の全権大使の役割を、若干十三歳と言う少年に任せた。

「良い成果を期待しているぞ、ヒーロス」
「はっ、準備が整い次第、即刻出発いたします」
「お前、気に入ったぞ。好きな時、いつでも訪ねて来るが良い。ヤってる時でも構わんぞ」

 プププートは、片方の口の端を吊り上げる。
 そんな兄を意に返さなさい笑顔で。

「……私にはまだ早かろうと心得ます」
「あら、そんなことないですわ。宜しければ私がお相手いたします事よ」
「お前が初めてでは、ヒーロスが女嫌いになってしまうだろう、ははは」
「そんな事はございません。ただ、ナーマさんの相手をできる男性は、国広しと言えど、陛下を除いて他に居ないでしょう」

 プププートとナーマは、きょとんとし、そこから高笑いした。
 
「いつの間にそんな世辞を覚えた? ふはははははは!」
「可愛い。母性本能くすぐられちゃう。いつでも呼んでくださいね、ヒーロス様ぁ」

 こんなに機嫌が良いプププートは、英雄として帰還した直後以来、無かったかもしれない。
 そんなプププートを見つめるヒーロスの目の奥に、揺らめく何かがあるように見えた。
 しかし、プププートは久々の愉快な気持ちを満喫しているだけだった。

「では、陛下。これにて、失礼いたします」
「ああ、楽しみにしているぞ」

 ヒーロスは、恭しく礼を取り部屋を後にした。
 しばらく、プププートは何やら考えていた。
 そして、人を呼びつけた。

「陛下。ご用でございますか?」
「これらを片付け、全て新しくしておけ」

 下女は、燃えている机だった物や割れたガラスを見て、慌てて駆け出して行った。
 プププートは、視線をナーマの胸に移す。
 そして、舌なめずりすると手を引いた。

「来い。今日はお前が嫌がるまで満足させてやる」
「あら、皆の陛下を独り占めできるなんて光栄ですわ」
「くくく。ふははははは!」

――複数の下女たちが、忙《せわ》しく政務室の片づけをしている中。

 隣室からは、女の艶のある淫靡な声が響いていた。


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