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5話
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アティア一行は王都に着くなり、必要最低限の家財を残して、衣類、食器類、調度品、宝石類など、売れるものは全て売り払った。
元々、あった蓄えを含め、それを鉱山から取れる白楼石の購入と、聖楼の建築費に費やした。
公爵もアティアも従者たちも、どこの貧乏大家族かと思えるほどに、みすぼらしい格好と食事で日々を凌いだ。
誰一人として逃げ出す者はおらず、寧ろ家宅が狭いので掃除するものが多すぎても意味がないと、日雇いの仕事に出て稼いでくれたりと、公爵とアティアを懸命に支えてくれたのだった。
公爵は公爵で、王を尋ね懸命に説得し、王都の外ならばと許可を得たり、重臣の方々に挨拶回りをしたり、困っている町の人々にも、自らがひもじいというのにもかかわらず、食事を分け与えた。
そうして、ひと月足らずで聖楼は完成を見た。
アノイトスにあった聖楼からすれば、だいぶこじんまりした造りだが、それは問題ではない。
聖楼内部に神の御姿《みすがた》を模した像。
祭壇には虹水晶。
それを、覆う白楼石の壁に囲まれた空間があれば良いのだ。
後は、聖女の力を注ぐだけだ。
「こ、これは?」
皆で食事をとる長テーブル。
公爵家で育ったアティアにとっては然程珍しいはずもない。
だが、今は違う。
このような豪華な食事など、今の身の上には過ぎたものだ。
「聖楼の完成祝いだ。お前はこれから聖楼に長時間詰めることになるのだ。しっかりと食べておかなければ、倒れてしまうよ。それでは、お前の願いも叶うまい?」
アティアは促されるままに、席に着いた。
「さぁ、皆も食べよう。久しぶりに料理長が腕を振るってくれたのだ。冷めてしまっては申し訳ない」
皆一同、日課の祈りを捧げ、食べだした。
アティアも、遠慮せずに食べる。
皆が、口々に喜びを語る。
公爵家で食事をしていた時は、従者は一緒に食事など取らない。
従者は従者用の食事を取る。
このような豪勢な食べ物など口に入れた事がない者たちばかりだ。
あっという間に、皿が空になっていく。
それを見ながら公爵は笑顔で数度頷いた。
食事が終わり、皆満足気に腹を抑えたり、食事の感想を述べている。
そこへ、セバスチャンが衣装箱を持ってきた。
「お嬢様、これを」
アティアは不思議そうに、セバスチャンを見た。
アティアの前に合った食器類がすぐさま片付けられ、衣装箱がそこに置かれた。
セバスチャンは、その衣装箱をゆっくりと開く。
それを見た途端、アティアの目には涙が溢れた。
「……ぅ……うぅ……何で、何であるの……?」
「これ一着ではございますが、残しておいたのでございます」
アティアが、アノイトスで聖楼に詰める時に来ていた聖装。
これ自体には何の効果もありはしない。
しかし、初代から代々の聖女たちが同じ衣を身に付けて来た。
もちろん、何着も同じものが有り、毎日身体を清める際に取り替えていたのだが。
セバスチャンが持ってきた、この衣は特別だった。
母ティティアが死に際に着ていたものなのだ。
膝の位置がだいぶ草臥れている。
ティティアが、聖女としての役割を懸命にこなしていた証。
そして、形見の品。
「さすがに、これをお売りしては、身罷られた奥様にも、旦那様にも、お嬢様にも顔向けできません」
「……お前と言うやつは……」
公爵も眼鏡を外しハンカチで目を拭った。
アティアは、母が亡くなった時でさえ泣かなかった。
泣いてる暇などなかったと言った方が正しいかもしれない。
生きていた時だって、母と話す事はほとんど出来なかった。
しかし、自らが母と同じ聖女となった事で、母がしてきたことを身をもって知った。
それが故に、尊敬の念を強く持っていた。
少ない思い出だが、母と触れ合い、話した事を思い出しただろう。
そればかりではない。
自分の所為で、こんな貧しい生活をさせている。
だのに、従者たちが不平も言わずに支えてくれた。
そして、このような気遣いまで……。
ここに来るまで、そして来てから今まで溜め込んでいたものが表に顔を出したのだろう。
段々と声が出始め、わんわんと子供のように泣き始めた。
考えても見れば、まだ少女と言える歳なのだ。
溢れる思いが止めどなく頬を伝い落ちて行く。
ひとしきり泣いている間。
従者たちは、ただ黙って笑顔で見守っていた。
アティアはようやく落ち着くと、息を整えながら。
「……ぐす……みんな、ありがとう。どうして、また聖女をやろうとしているのか、話せないの……。でもね、わたくしね……うぅ……」
また泣き始めようとしたところに、従者たちが次々に声をかける。
「いんでさ。俺らお嬢様や旦那様の事、信じておりやす」
「そうよ、ここにいる者たちは皆、代々公爵家に仕えて来た者たち、一蓮托生でございますとも」
「んだんだ、オラは庭いじりしか能がなかったべが、見捨てず置いてくださってなぁ」
「ああ、あれですよ、あれ。えいこ……せいこ? 世の常とか言うだろ? 何だっけほれ」
「あたしに聞かれてもわからないわよ」
「栄枯盛衰」
「そう、それだそれ、何があったって付いて行きますぜ、旦那様、お嬢様」
アティアは、食事の際に使用していたナプキンで、恥ずかしそうに垂れた鼻を拭った。
「公爵家の娘として、はしたないわね……ふふ」
皆、口々にお嬢様はそれで良いとか、その素朴さが好きとか笑いあった。
そこからは、ここに来てからアティアがしたこともない家事に、悪戦苦闘していた話で盛り上がる。
料理長が、包丁を持って怖い顔で野菜を切る姿に冷や汗が出た、と言って皆を爆笑させた。
しばらく、談笑が続いたが、やがて皆おのおのが感慨深げに押し黙った。
「わたくし、泣いてる場合ではなかったわ!」
アティアは立ち上がり、決意の表情で皆を見つめた。
皆も、アティアへ顔を向ける。
「わたくし、今から聖女の儀を執り行います。この数ヶ月、みなとたくさんお話が出来て嬉しかった。これからはまた、あまりお話しできる機会がなくなると思うのだけれど、どうか父共々よろしくお願いします」
貴族の礼ではない。
ただ、まっすぐに立って頭を下げた。
「や、やめてくださいましな」
「そうでございます」
「これからも誠心誠意お仕えさせて頂きますとも」
アティアは顔を上げて皆に微笑むと、着替えをすると言って数人の下女を連れ部屋を出て行った。
元々、あった蓄えを含め、それを鉱山から取れる白楼石の購入と、聖楼の建築費に費やした。
公爵もアティアも従者たちも、どこの貧乏大家族かと思えるほどに、みすぼらしい格好と食事で日々を凌いだ。
誰一人として逃げ出す者はおらず、寧ろ家宅が狭いので掃除するものが多すぎても意味がないと、日雇いの仕事に出て稼いでくれたりと、公爵とアティアを懸命に支えてくれたのだった。
公爵は公爵で、王を尋ね懸命に説得し、王都の外ならばと許可を得たり、重臣の方々に挨拶回りをしたり、困っている町の人々にも、自らがひもじいというのにもかかわらず、食事を分け与えた。
そうして、ひと月足らずで聖楼は完成を見た。
アノイトスにあった聖楼からすれば、だいぶこじんまりした造りだが、それは問題ではない。
聖楼内部に神の御姿《みすがた》を模した像。
祭壇には虹水晶。
それを、覆う白楼石の壁に囲まれた空間があれば良いのだ。
後は、聖女の力を注ぐだけだ。
「こ、これは?」
皆で食事をとる長テーブル。
公爵家で育ったアティアにとっては然程珍しいはずもない。
だが、今は違う。
このような豪華な食事など、今の身の上には過ぎたものだ。
「聖楼の完成祝いだ。お前はこれから聖楼に長時間詰めることになるのだ。しっかりと食べておかなければ、倒れてしまうよ。それでは、お前の願いも叶うまい?」
アティアは促されるままに、席に着いた。
「さぁ、皆も食べよう。久しぶりに料理長が腕を振るってくれたのだ。冷めてしまっては申し訳ない」
皆一同、日課の祈りを捧げ、食べだした。
アティアも、遠慮せずに食べる。
皆が、口々に喜びを語る。
公爵家で食事をしていた時は、従者は一緒に食事など取らない。
従者は従者用の食事を取る。
このような豪勢な食べ物など口に入れた事がない者たちばかりだ。
あっという間に、皿が空になっていく。
それを見ながら公爵は笑顔で数度頷いた。
食事が終わり、皆満足気に腹を抑えたり、食事の感想を述べている。
そこへ、セバスチャンが衣装箱を持ってきた。
「お嬢様、これを」
アティアは不思議そうに、セバスチャンを見た。
アティアの前に合った食器類がすぐさま片付けられ、衣装箱がそこに置かれた。
セバスチャンは、その衣装箱をゆっくりと開く。
それを見た途端、アティアの目には涙が溢れた。
「……ぅ……うぅ……何で、何であるの……?」
「これ一着ではございますが、残しておいたのでございます」
アティアが、アノイトスで聖楼に詰める時に来ていた聖装。
これ自体には何の効果もありはしない。
しかし、初代から代々の聖女たちが同じ衣を身に付けて来た。
もちろん、何着も同じものが有り、毎日身体を清める際に取り替えていたのだが。
セバスチャンが持ってきた、この衣は特別だった。
母ティティアが死に際に着ていたものなのだ。
膝の位置がだいぶ草臥れている。
ティティアが、聖女としての役割を懸命にこなしていた証。
そして、形見の品。
「さすがに、これをお売りしては、身罷られた奥様にも、旦那様にも、お嬢様にも顔向けできません」
「……お前と言うやつは……」
公爵も眼鏡を外しハンカチで目を拭った。
アティアは、母が亡くなった時でさえ泣かなかった。
泣いてる暇などなかったと言った方が正しいかもしれない。
生きていた時だって、母と話す事はほとんど出来なかった。
しかし、自らが母と同じ聖女となった事で、母がしてきたことを身をもって知った。
それが故に、尊敬の念を強く持っていた。
少ない思い出だが、母と触れ合い、話した事を思い出しただろう。
そればかりではない。
自分の所為で、こんな貧しい生活をさせている。
だのに、従者たちが不平も言わずに支えてくれた。
そして、このような気遣いまで……。
ここに来るまで、そして来てから今まで溜め込んでいたものが表に顔を出したのだろう。
段々と声が出始め、わんわんと子供のように泣き始めた。
考えても見れば、まだ少女と言える歳なのだ。
溢れる思いが止めどなく頬を伝い落ちて行く。
ひとしきり泣いている間。
従者たちは、ただ黙って笑顔で見守っていた。
アティアはようやく落ち着くと、息を整えながら。
「……ぐす……みんな、ありがとう。どうして、また聖女をやろうとしているのか、話せないの……。でもね、わたくしね……うぅ……」
また泣き始めようとしたところに、従者たちが次々に声をかける。
「いんでさ。俺らお嬢様や旦那様の事、信じておりやす」
「そうよ、ここにいる者たちは皆、代々公爵家に仕えて来た者たち、一蓮托生でございますとも」
「んだんだ、オラは庭いじりしか能がなかったべが、見捨てず置いてくださってなぁ」
「ああ、あれですよ、あれ。えいこ……せいこ? 世の常とか言うだろ? 何だっけほれ」
「あたしに聞かれてもわからないわよ」
「栄枯盛衰」
「そう、それだそれ、何があったって付いて行きますぜ、旦那様、お嬢様」
アティアは、食事の際に使用していたナプキンで、恥ずかしそうに垂れた鼻を拭った。
「公爵家の娘として、はしたないわね……ふふ」
皆、口々にお嬢様はそれで良いとか、その素朴さが好きとか笑いあった。
そこからは、ここに来てからアティアがしたこともない家事に、悪戦苦闘していた話で盛り上がる。
料理長が、包丁を持って怖い顔で野菜を切る姿に冷や汗が出た、と言って皆を爆笑させた。
しばらく、談笑が続いたが、やがて皆おのおのが感慨深げに押し黙った。
「わたくし、泣いてる場合ではなかったわ!」
アティアは立ち上がり、決意の表情で皆を見つめた。
皆も、アティアへ顔を向ける。
「わたくし、今から聖女の儀を執り行います。この数ヶ月、みなとたくさんお話が出来て嬉しかった。これからはまた、あまりお話しできる機会がなくなると思うのだけれど、どうか父共々よろしくお願いします」
貴族の礼ではない。
ただ、まっすぐに立って頭を下げた。
「や、やめてくださいましな」
「そうでございます」
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アティアは顔を上げて皆に微笑むと、着替えをすると言って数人の下女を連れ部屋を出て行った。
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