葉桜の君に

夏緒

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10話 葉太と桜佑

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 それからも桜佑くんがいくらでも食い下がってくるので、始めはやんわりと断るつもりでいたのに、この不毛なやりとりは段々とヒートアップをしてきた。
 桜佑くんが何度も「でも」で切り替えしてくるから、その度にぼくはしどろもどろ。
 仕舞いには途中から半ばヤケになってきて、最後にはとうとうこんな提案をした。
「よし分かった! じゃあこうしよう! 桜佑くん、きみは大学に行くんだ!」
「なんですかいきなり! なんでそうなるんだ!」
「きみは! ……きみは、まだ発展途上なんだよ。ぼくのことを好きって思ってくれてるのはよく分かったよ。でもぼくはきみを無闇やたらに傷つけたくないんだ。その歳でよく分からないまま男に、ぼくに、そのまま走ってごらん、もしかしたら数年後には取り返しのつかない後悔になっているかもしれない。そんなのはやりきれないよ。だから……、だから、その、長い目でゆっくり見てみよう。そのためにも、ぼくも出来る限りきみのことをサポートするから、きみがこれから一生懸命勉強して、大学生になって、卒業して、そしたら、その卒業証書を、ぼくとの権利にしよう」
 そう言うと桜佑くんは、少し黙ってなにかを考える素振りをした。
 訝しそうな目でぼくを見る。
「権利……? ……、キスする、権利ですか……?」
「え、キスする権利? キスする権利かあ……。 ……ああ、まあ、それでもいいや。どうかな」
「絶対ですか」
「きみがちゃんと覚えてたらね」
 ぼくがまっすぐに桜佑くんの目を見ると、桜佑くんは強い眼差しでぼくを見返してきた。
「おれは絶対忘れないですよ。分かりました。絶対、約束ですからね」



 そこからの桜佑くんの勉強態度は凄まじいものがあった。
 あれよあれよと教科書も参考書も攻略していき、いつしか大人しく高校にも通いだした。
 勉強の合間の雑談、夜に桜子ちゃんとして会うとき、それらの回数は明らかに減ったけれども、時折見せるその屈託のない笑顔を、やっぱり可愛いと思った。
 いつも真剣に机に向かうようになったその姿を、とても頼もしいと思った。
 春が来て、公園の桜が満開になる頃、桜佑くんは大学生になって、遠くで一人暮らしをすることになって、ぼくの傍から離れていった。



 4年も経てば忘れると思っていたんだ。
 あの提案をしたとき、ぼくは確かにそう思っていた。
 だから、久しぶりに彼から届いたラインの内容がなんだか可笑しくて、ぼくはいつものようにあの公園で酔い冷ましをしていた。
 5月の葉桜は毎年なにも変わらなくて、今日もオレンジ色の外灯に照らされながら、夜風に吹かれて優しくその葉を落としていく。
 4年なんて、あっと言う間だった。
 その間にぼくは気づいたんだ。
 いつの間にか、櫻子ちゃんのあの夢は見なくなっていたこと。
 どういうわけか今度は代わりに、きみが

「なーにスマホ片手にひとりでにやついてるんですか、葉太先生」

 ぼくがその声に釣られて正面を向くと、そこには22歳になった桜佑くんが、黒い筒を片手に照れくさそうな顔で立っていた。
「いや、まさか本当にこんな日がくるなんてまるで思ってなくてさ。おかえり、桜佑くん」
「ただいま。キスする権利、持って帰ってきました」
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