葉桜の君に

夏緒

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5話 桜佑と葉太と桜子 2

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 ぼくはそのシルエットに見覚えがあって、まさか、と思いながら酔ったままの足でふらふらとその子に近づいた。
 近づかざるを得なかった。
 だってその子は、長いまっすぐな黒髪の、膝までのスカート、ふわふわしたシャツ、雰囲気で分かる。だってきみは、
「櫻子ちゃん……」

 ぼくの声に驚いたように振り向いたその子は、櫻子ちゃんに本当にそっくりだった。
 長い黒髪、丸くて大きな瞳、ほんの少しピンクに色づいたほっぺた。
 でもその子は、ぼくの顔を見ると驚いてから、柔らかく笑ってこう言った。
「あれ、葉太先生。なんでおれの名前知ってんの?」
「え、」
 櫻子ちゃんじゃなかった。
 よく似てるけど、近くで改めて見ると櫻子ちゃんじゃない。
 櫻子ちゃんじゃなくて、おれ、って言ってて、ぼくのことを葉太先生って呼ぶ人は、酔ったぼくの頭の中にはひとりしか浮かばなかった。
「…………、桜佑くん!?」
 今度はこっちが心底驚いて、うっかり大声を出すと、桜佑くんはしーっと自分の口もとに人差し指を当ててから、
「違うって。今は桜子だよ、葉太先生、今自分でそう呼んだじゃないですか」
と、もう一度笑った。



「どうしたの、その格好……」
 すっかり酔いが冷めたぼくは、公園の入り口にある自動販売機でペットボトルのお茶をふたつ買ってから、桜佑くん、違った、今は桜子ちゃん……と一緒に桜の樹の下に置かれたベンチに腰掛けた。
 ベンチには桜佑くん、じゃない、桜子ちゃんの大きな黒い鞄がどっしりとした姿で置かれていて、なにやらこの鞄の中に、着替えとか、お化粧の道具とか、なんかいろいろ入っているらしい。
 なるほど彼、ああ違う、彼女の深夜徘徊の理由はこれか。
 学校に行かない理由も、これかもしれない。
 桜子ちゃんは
「可愛いでしょ」
と言って、ぼくからペットボトルを受け取り、ちゃんと膝を閉じてそのお茶を飲んだ。
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