葉桜の君に

夏緒

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4話 桜佑と葉太と桜子 1

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「お茶を持ってくるわね」
と桜佑くんのお母さんが言う。
 早々に帰ろうと思っていたぼくは、ちょっと待ってくれとその背中に声をかけようとした。
 すると今度は桜佑くんが背後から、気軽に部屋に招き入れようとしてくれる。
「じゃあ……お邪魔します」
 ぼくは、渋々桜佑くんの部屋へ足を踏み入れた。

 部屋の中は特に散らかっている様子もなくて、あるのは勉強机と、パソコンと、ベッドと本棚。
「ごめんなさい、座るとこないですよね」
と言った桜佑くんが勉強机の椅子を譲ってくれて、ぼくがそれに腰掛けると、桜佑くんは同じようにしてベッドに腰掛けた。
 お母さんがすぐにお茶を持ってきてくれて、今度からここに椅子をひとつ増やす予定だと教えてくれる。
 ぼくははなしを聞きながら桜佑くんを盗み見た。
 地味な顔立ちだけど、目、大きいな。
 お母さんに似て少し小柄かな。
 問題児かと思って警戒していたけど、思っていたよりは上手くやれるかもしれない。
 それからぼくたちは、桜佑くんが使っている教科書を並べたり開いたりして、どこをどういうふうに勉強していくべきか、軽く相談をしたりした。
 ぼくは人にものを教えた経験なんてほとんどないから、これはぼくもちゃんと気合を入れて取り組まなくては、と、並べた教科書を見つめながら身が引き締まるような思いだった。
「秋田先生、これから宜しくお願いします」
「そんな、秋田先生なんて……。歳も近いし、葉太でいいよ」
「じゃあ……葉太、先生、で」
「うん、宜しくね、桜佑くん」

 翌週からぼくは、本屋で買い込んだ参考書を5冊も抱えて桜佑くんの家に通った。
 桜佑くんは比較的真面目で、勉強に取り組んでいるときには真剣にノートに向かって文字を並べていた。
 なんだ、ぼくも案外上手くやれる。
 自分の知らなかった才能を発見した気がして嬉しくなったぼくは、ある夜、自分の部屋で缶ビールを飲みすぎて、酔い冷ましにふらりと外に出た。
 家の周りをぐるりと回って帰ろうと思っていると、途中で右手にある小さな公園が目についた。
 もう夜の11時なのに、外灯に照らされて誰かがいるのが見える。
 公園の脇の、フェンスの近くに5本並んで植えられている桜の樹のそばに、女の子が立って、なにやらごそごそと動いていた。
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