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36話 ストーカーは結局ストーカーである。1
しおりを挟むそれから一週間が過ぎた。
特別何事もなく日々は過ぎ、その日は突然やってきた。
拓ちゃんがいつものように朝方帰宅して眠りにつき、昼に目が覚めると、なにやら外の喧騒が気になる。
今日はやけに賑やかだな、と思いながらパソコンを起動し、ジュリアの部屋を覗き見た拓ちゃんは驚愕して目を見開いた。
ジュリアの部屋に、引越し業者が入っている。
大量の段ボールに荷物を詰めているジュリアと引越し業者。
慌てて窓を開けてベランダに出ると、マンションの入口には同じ引越し業者の大きなトラックが止まっている。
なにが起きているのか分からなくて、拓ちゃんは寝起きのくらくらする頭のまま玄関を飛び出した。
302号室のインターホンを押す。
指が震えて2回も押してしまった。
中からはばたばたと慌しそうな音と、楽しそうな声が洩れてくる。
はーい、と返事をして、玄関から出てきたジュリアに、拓ちゃんは口をぱくぱくさせた。
訳が分からなすぎて言葉が出てこない。
そんな拓ちゃんに、ジュリアは
「あっ、拓ちゃん! ちょうど良かった、あとで挨拶に行こうと思ってたんだよ!」
と、満面の笑みを浮かべてみせた。
「ジュリア、引っ越し、するの……?」
「そうなの! あのね、あたし、……結婚することにしたの!!」
「……。……、ど、……、どういう、……?」
吉崎 拓哉は、暗くなった自室でパソコンデスクの前に座っていた。
ディスプレイにはいつものジュリアの部屋は映らない。
引っ越し業者がカメラの配線を全て引っこ抜いたからだ。
耳にセットしたヘッドホンからもなにも聞こえてこない。
黒縁眼鏡にも、なにも映らない。
吉崎 拓哉は机上の置き時計をちらりと見た。
薄暗がりの中のそれは19時45分を示している。
そろそろ支度をして家を出ないと、仕事に間に合わない。
分かってはいれど、身体は鉛のように重く指一本動かなかった。
吉崎 拓哉の頭の中には、昼に見たジュリアの可憐な笑顔だけがずっと浮かんでいる。
結婚するんだと、彼女はそう言った。
―― あのね、お店の常連さんなの。拓ちゃん知らないかなぁ、高橋さんっていうんだけどね、ずっとあたしのこと好きだって言ってくれてて。でもね、好きだから、あたしが高橋さんのこと好きになるまでは、絶対に触らないよって言われてたの。あたしそれが意味分かんなくて、ちょっと困ってたんだけどね。でもほら、この間拓ちゃんが、あたしに『好きだから味方だ』って言ってくれたでしょ。あのときなんでか急に高橋さんの顔が浮かんできちゃってね、それで、やっと分かったんだぁ。高橋さん、あたしのことを本当に大切に思ってくれてたんだなあって。
そう話す彼女は、本当に可憐で、可愛らしくて、まるで別人のような柔らかな表情だった。
その人のことを愛している。
そう、表情が訴えていた。
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