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16話 走るストーカー。3
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マンションのエントランスで相変わらずふたつの郵便受けを確認し、外階段を軽快に駆け上り、息を切らしながら302号室の前に立つ。
先日の一件があるのでかなりの勇気が必要だったが、それでも拓ちゃんは目の前のインターホンを押した。
思えば初めて押した。インターホン。
あんなに何度も侵入していたのに、堂々とインターホンを押したことは一度もなかった。
はあーい、とジュリアの声がインターホン越しに聞こえ、少ししてからドアの鍵が内側からガチャっと開く。
出てきたジュリアは、さっきまでの下着姿に、薄手のロングカーディガンを羽織っていた。
「拓ちゃん! わあ、本当に買ってきてくれたの!? 嬉しいありがとう~! カメラ、本当に音まで聞こえるんだね!」
ジュリアは小さなビニール袋にひとつだけ入ったアイスを受け取って喜んだ。
自分が彼女を笑顔にしたのだと思うと、拓ちゃんはなんだかとても誇らしい気持ちになった。
が、それよりも先に、彼女に言わねばならないことがある。
「あの……、その格好で、あまり外には出ないほうが……」
拓ちゃんが自分の体を張ってドアを塞ぐようにして立ち、遠慮がちにそう言うと、ジュリアはえ、と言ってから
「でも拓ちゃん、いつもこの姿見てるんでしょ?」
と、いかにも一体なんの問題があるのか、という顔をした。
確かに拓ちゃんは見ている……。しかももう随分と見慣れたけれども……。
「いや、でも、その……、やっぱり、良くないですよ、あのぅ……、」
図星なだけに、拓ちゃんがそのきょとんとした顔にどう答えていいか分からずに口籠ると、ジュリアはそれを察して
「うん分かった、今度から気をつけるね」
と言って微笑んだ。
それから、
「あっ、それからぁ、郵便受け、なにか届いてた?」
と聞いてくる。
拓ちゃんはさっき自分が当たり前のようにジュリアの郵便受けも確認したことを思い出して、心臓が口から飛び出しそうになった。
こっそりが、こっそりではなくなってしまっている。
拓ちゃんは申し訳ないやら恥ずかしいやら、でも確認しといて良かった、など、いろんな感情が一気に吹き出した。
そしてそれは、額から流れる汗となって滴り落ちる。
「あの……、いえ、なにも」
郵便受けは、空だった。
「そっか、ありがとう。……、あれ、ひとつしか買ってないの? 拓ちゃんのは?」
拓ちゃんが手ぶらでいることに気づいたジュリアは、これまた不思議そうな顔で拓ちゃんの顔を見た。
なぜか当然のようにふたつ買ったと思ったらしい。
拓ちゃんは本当のことが言えず、曖昧に苦笑いをしながら
「あ、ぼくは今は、要らないので……」
と、もじもじと指を動かしてからそそくさと後ずさり、そのままそうっとジュリアの玄関ドアを閉めた。
ふう、とひとつ溜め息を吐いて、いくらか心拍数を落ち着けてから、隣の自分の部屋へ入る。
なんだか変な気持ちだ。
ジュリアと普通にはなしをしているなんて。
本当にジュリアはなにを考えているんだ。
本来ならもう少し自分に危機感を抱くべきなんじゃないのか。
いや、それにしても……。
玄関で靴を脱ぎながら、拓ちゃんはもう一度、今度はさっきよりも大きく溜め息を吐いた。
先日の一件があるのでかなりの勇気が必要だったが、それでも拓ちゃんは目の前のインターホンを押した。
思えば初めて押した。インターホン。
あんなに何度も侵入していたのに、堂々とインターホンを押したことは一度もなかった。
はあーい、とジュリアの声がインターホン越しに聞こえ、少ししてからドアの鍵が内側からガチャっと開く。
出てきたジュリアは、さっきまでの下着姿に、薄手のロングカーディガンを羽織っていた。
「拓ちゃん! わあ、本当に買ってきてくれたの!? 嬉しいありがとう~! カメラ、本当に音まで聞こえるんだね!」
ジュリアは小さなビニール袋にひとつだけ入ったアイスを受け取って喜んだ。
自分が彼女を笑顔にしたのだと思うと、拓ちゃんはなんだかとても誇らしい気持ちになった。
が、それよりも先に、彼女に言わねばならないことがある。
「あの……、その格好で、あまり外には出ないほうが……」
拓ちゃんが自分の体を張ってドアを塞ぐようにして立ち、遠慮がちにそう言うと、ジュリアはえ、と言ってから
「でも拓ちゃん、いつもこの姿見てるんでしょ?」
と、いかにも一体なんの問題があるのか、という顔をした。
確かに拓ちゃんは見ている……。しかももう随分と見慣れたけれども……。
「いや、でも、その……、やっぱり、良くないですよ、あのぅ……、」
図星なだけに、拓ちゃんがそのきょとんとした顔にどう答えていいか分からずに口籠ると、ジュリアはそれを察して
「うん分かった、今度から気をつけるね」
と言って微笑んだ。
それから、
「あっ、それからぁ、郵便受け、なにか届いてた?」
と聞いてくる。
拓ちゃんはさっき自分が当たり前のようにジュリアの郵便受けも確認したことを思い出して、心臓が口から飛び出しそうになった。
こっそりが、こっそりではなくなってしまっている。
拓ちゃんは申し訳ないやら恥ずかしいやら、でも確認しといて良かった、など、いろんな感情が一気に吹き出した。
そしてそれは、額から流れる汗となって滴り落ちる。
「あの……、いえ、なにも」
郵便受けは、空だった。
「そっか、ありがとう。……、あれ、ひとつしか買ってないの? 拓ちゃんのは?」
拓ちゃんが手ぶらでいることに気づいたジュリアは、これまた不思議そうな顔で拓ちゃんの顔を見た。
なぜか当然のようにふたつ買ったと思ったらしい。
拓ちゃんは本当のことが言えず、曖昧に苦笑いをしながら
「あ、ぼくは今は、要らないので……」
と、もじもじと指を動かしてからそそくさと後ずさり、そのままそうっとジュリアの玄関ドアを閉めた。
ふう、とひとつ溜め息を吐いて、いくらか心拍数を落ち着けてから、隣の自分の部屋へ入る。
なんだか変な気持ちだ。
ジュリアと普通にはなしをしているなんて。
本当にジュリアはなにを考えているんだ。
本来ならもう少し自分に危機感を抱くべきなんじゃないのか。
いや、それにしても……。
玄関で靴を脱ぎながら、拓ちゃんはもう一度、今度はさっきよりも大きく溜め息を吐いた。
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