背中越しの温度、溺愛。

夏緒

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64話 もっと。1

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side I

 どさり。
 濃紺のシーツの上に倒れるように雪崩れ込んで、舌同士が離れないままにお互いの髪に指を絡める。うなじの生え際を撫でて、そのまま背中へ。

「もっと、」

 もっと近くに来てほしい。
 もっと触ってほしい。
 もっと見てほしい。
 名前を呼んでほしい。
 好きって言ってほしい。
 触ってほしい。
 触ってくれ。
 もっと触ってくれ。
「なぁもっと」
「顔見てるだけで興奮する」

 苦笑いを見たのが嬉しくて、そういえばこんな気持ちで身体を合わせたのはいつぶりだろうかと数ヶ月前の記憶を辿ろうとして、どこまで辿れば良いか分からなくなってきた頃、舌を緩く噛まれて考えるのを止めた。
 お互いの釦を外す指はどちらもスムーズで、それはつまりこの慣れ親しんだ行為に時間が空かなかった事を示しているようだった。
 焦ったような荒い息使いだけが部屋中に響く。シャツに隠れていた肌同士が触れ合って、酷く熱くて、自分のベルトはもう既に外されていて、唇だけは重ねたまま。
「ん……、なにも…」
「ん?」
「なにも考えられない」
「考えなくて良い。黙ってろ」
「っ、んぁ……」

 こんなに気持ち良かったっけ。こんなに欲しがった事あったっけ。
 正直、ヒカル以外の人とした時も、素直に気持ち良いと思った。結局誰としたってやる事は同じなんだから当たり前かって。
 でも違う。
 違った。だって今日はひときわ心臓が煩い。痛いのすら気持ち良い。触られて嬉しい。名前を呼ばれるとくらくらする。求めて貰ってると思うと目頭が熱くなる。鼻の奥がツンとしてしまって、気を逸らそうと思ったらヒカルの足が目に入った。
「スーツ汚れるから……」
 手を掛けようと伸ばすと、ベルトに触れた手に手が重なった。
「悪い、今、あんまり触らないでくれないか」
 切羽詰まった苦笑いと目が合って、自分でベルトを外した音が聞こえて、意味を理解してつい笑ったら、中に入れられたままの指がまた奥を抉った。
 代わりに指で示されたので、勝手知ったる頭もとの宮から使いかけのコンドームの箱を手探りで取り出す。他の誰との使いかけでも構わない。そんな事今は関係ない。
 震える指でひとつ包装を破り開ければ、体制を変えて少しだけこちらに身体を寄せられた。そこに片手で装着出来るのは、やっぱり慣れた証。
「力抜いてろ」
 脚の間に全神経を集中させていると、汗とか体液とかいろんなものでべとべとになった手で頬を撫でられた。悩まし気な顔で笑い掛けられる。
「樹、」
 うん、と返事をしようとして、痛みに近い圧迫感と、入り込んできた違和感と息苦しさで言葉を失った。
「っ、は……」
「樹、なあ、」
 耐えるのに必死で、気持ち良いしか無くて、頭の中が真っ白だった。だからヒカルがさっきから何て言ってるのか、本当はよく分かってなくて、息をするのに必死で、ひたすら訳も分からないままに頷いた。
「樹、なあ、」
「な、に、……んぁ、あ」
「好きだろ、俺の事」
「あ、ひか、ちょっと待っ」
「もう何処にも行くなよ」
「待っ、いき、が」
「お前は俺だけだろ」
「ヒカル、あ、うん、うん、待っ」
「これでも一応、俺」
「あっ、……っ、や」
「愛してるつもりみたいなんだ、お前の事」
「や、やっ あ、くるし……」

 もっと言ってくれ。
 もっともっと。
 もっとくれ。
 全部くれ。
 そしたらもう死んでも良い。
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