背中越しの温度、溺愛。

夏緒

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50話 理由。1

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side I

「どうする。口で受け止めるか」
「嫌です、ちゃんとしてほしい」
 もう何度こんな事を繰り返したか分からない。
 藤城さんは時々思い出したかのようにふらりと夜中に訪れては、おれが眠りそうになる頃に部屋を出て行った。
「泊まっては、いかないんですね」
 眠りに落ちる直前のふわふわとした意識の中、何となく呟くように問うと、既にワイシャツを拾い上げようとしていた藤城さんはさもつまらないものに答えるような口ぶりで返した。
「ああ。妻が待っているからな」
「……え、」





「奥さんが妊娠中なんだって」
「なんっだそりゃ、最低じゃないですか」
 小声で話しながら、大学の事務局の横に用意された就職情報室で涼平の持ってきた大豆の菓子をこっそりと頬張る。壁には大きな字で「飲食厳禁」、「静かに」と書かれた貼紙が貼ってある。
 十帖程の広さのその部屋には、就職に関する情報提供のための備え付けのデスクトップパソコンが五台と、分厚いファイルにぎゅうぎゅう詰めにされた求人情報の紙の束が所狭しと並んでいる。おれ達が来た時には既に、数人が壁を向いて無言でパソコンの前に座っていた。
 部屋の中央に置かれた正方形のテーブルを二人で陣取って、それぞれに求人情報ファイルの一冊を、頬杖をついて眺めるようにぱらぱらとめくっていた。
「つまり樹さんは完全に浮気相手って事ですね」
「どうりでする事だけしたら帰るし、名前も興味ない訳だ」
「って言うかまだ続いてたんですか」
「だって来るから」
「部屋に入れなきゃいいでしょうが」
 小声で繋げる話し声の合間に、ぱら、まだ新しい紙が、めくる度に軽い音を立てる。おれは菓子の個包装をもうひとつ破った。
「聞いてしまったから、もう止めるよ。悪い事だし」
 さく、乾燥した菓子が口の中でばらばらに砕ける。ぱら、ぱら、さく、軽い音が静かな室内に響く。
「なーにを今更……、…………あ、」
「ん?」
 不思議な声に涼平を見ると、涼平は適当にぱらぱらとファイルをめくっていた手を止めて、一枚の求人情報を凝視していた。
「どうしたん」
「樹さん」
「なに」
「樹さん、全然就活してないでしょ」
「何で知ってんの」
「あったわこれ……」
 涼平の指が示した場所を覗き込むと、それは有名老舗菓子メーカーの求人だった。おれが今まさに食べている菓子の会社だ。涼平が指しているのは、求人票上部に記載されている代表取締役の名前。
「え、なに。ふじしろ、みつあ……、っああああああああああああ!!」
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