背中越しの温度、溺愛。

夏緒

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41話 雨。2

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 階段の軒下に立って傘を閉じる。
 急に心拍数が上がった。
 別にたいしたことじゃない。樹さんだってリナだって来た事はある。相手がいつもと違うだけだ。
 自分にそう言い聞かせながら階段を上がる。
 下からまなかが続いて上がってくる。いつも履いているヒールの音が響いた。
 玄関の鍵穴に鍵を差し込んだところで、ぐるぐるした頭がやっぱりこれは無理だと悟る。
 二人で一歩でもこの部屋に入ってみろ。俺はきっと冷静では居られない。我慢出来そうにない。
「悪い、あんたやっぱここで帰れ」
「え、なんで」
「襲うぞ」
「……え」
 後ろを振り返ると明らかに動揺した顔がそこにあった。
 頼むよ帰ってくれ。
 ずっと耐えてきたのに、これ以上傍に寄られると我慢出来ない。いつもみたいに適当な言い訳して逃げろ。
「あんま気安く男の部屋に上がるとか言うなって。今、傘持ってくるから、」
「襲ってよ」
「はあ?」
「襲って」
「おい……」
 玄関前の狭い通路。
 一歩距離を詰めた華奢な身体。視界いっぱいに広がる濡れたような髪。雨に紛れた柔らかい香水の匂い。
 唇に触れた、柔らかい感触。
 頭の中がぐらりと揺れた。
 一度離れたその感触の主は、少しだけ瞳を潤ませて真っ直ぐにこっちを見た。
「何よ、知ってるんだから私! ……あんたが私を、好きな事くらい!」
「……は、」
「だからッ、」
 勢いに任せたような声は喉の奥から震えていて、睨みつけるように見開いた瞳は、大きく潤んだ。
「私はもう、逃げるのは嫌」
「……、ばかやろう」

 畜生、やっちまった。どこから間違えた。
 頭の隅で自分を責めながら、次は自分からキスをした。赤い、柔らかい、いつもと違う唇に呼吸も忘れそうな程深く。長い髪を絡めないようにきつくその小さな身体を抱きしめる。白いブラウスが雨で少し湿っていた。首に回された細い腕に、どうでも良い思考なんか全部すっ飛んだ。
 そのまま片手で鍵穴に差したままだった鍵を回す。抱いた腕は離そうと思っても離せなかった。
 ずっと触りたくて、ずっと我慢してきた人が今自分の腕の中に居る。
 キスをしている。
 嬉しすぎて心臓が止まりそうだった。
 身体を密着させる度に柔らかな胸が当たる。ふわりと揺れるような香水の匂いに意識を全部持っていかれた。抱きしめてキスを繰り返したまま、俺は家の中へまなかを連れて入った。



 その日は、雨が降っていた。
 段々雨足も強くなってきていて、俺は目の前の女に夢中だった。
 だから、気付かなかった。その土砂降りに変わりそうな雨の中、透明なビニール傘の下に隠れた茶色の髪が、家の前の道路に居た事に。
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