36 / 67
36話 心酔。1
しおりを挟む
side I
「樹さんそれは最低だわ」
「分かってる……」
コンビニ弁当をつつきながらピシャリと涼平に切り捨てられ、まったく否定出来なかった。
まだ暑さの残る秋口の夜。エアコンのない涼平の部屋では、相変わらず扇風機が首を振りながら働いている。もう夏場のような蒸し暑さはないが、やはりそれなりに冷気は欲しい。
機械で綺麗に切断された、冷えた柔らかい卵焼きを頬張りつつ、ほんの数日前の出来事を涼平に打ち明けていた。つけっぱなしのテレビでは、さして面白くもないバラエティー番組から派手な笑い声が溢れてくる。
「まぁ別に俺が知った事じゃないですけど。流石に二回目を期待するのはどうかと思いますよ、付き合いたてなのに彼氏可哀相すぎるだろ」
「期待したところで次なんてないよ。こっちは相手の名前しか知らないし、向こうはおれの名前すら聞きもしなかったんだから。……暇つぶし、とか、そんなんだよ、きっと」
「しかもまさか違う名前を呼ぶとはねぇ」
涼平が煮物の椎茸を黙ってこっちの弁当の隅に置く。別にいいけど、と思いつつ代わりに自分の脂っこい唐揚げを涼平の弁当に二つ投げ入れた。
「あれはおれも驚いたな」
「俺としてる時は一度もなかったのに、余程似てたんですかね、ヤリ方」
「うーん」
食事中にも関わらず恥ずかし気もなくその時の行為を思い起こしてみる。何かが似ていると確かに思ったのだけれど、時が経って考えるといまひとつピンとこない。
「よく分からないんだよなあ」
「ふうん。でもその藤城 光昭って名前、どっかで聞いた気がするんだよなぁ」
行儀悪く箸を口に挟んだまま、涼平は何とか思い出そうとするかのように頭を抱えた。
「なに、名前知ってんの」
「何かで見かけたような……」
もしかしたら涼平が彼を知っているかもしれないなんて。また会えるかも。有り得ない期待が少しだけ胸の奥で膨らんだ。
「駄目だー、思い出せない」
「なんだ……」
明らかに落胆した声が零れてしまって、それを聞き逃さなかった涼平が眉根を寄せた。
「会いたいんですか」
「……いや、うーん、」
どんな反応が正解に近いのか判断がつかなくて、なんにも言葉が出てこない。別に彼に会いたい訳ではない。でも、会いたくない、訳でもない。
そんなおれに、涼平は見透かしたように呟いた。
「会うなら本物にするべきだろ」
「……それが出来れば、」
こんなに考え込んだりしない。
ピンポーン
深夜に部屋のインターホンが鳴る。
明日は土曜日だ。豪くんと会う約束をしているからと、涼平の家から早めに帰って風呂に入っていた。丁度身体を拭いて服を着込んだ時に聞こえたその音。早いといっても日付が変わっていないだけで、夜中には違いない。
こんな時間に訪れる客など碌なものではない。
訝しんで、インターホンの受話器を取る事はせず、濡れた髪のままそっと玄関に近付いてからドアスコープを覗いた。
「……えっ」
慌てて目を離して、躊躇う事なく玄関を開ける。
「何だその顔は」
「なんで……」
驚いてそれ以上声も出なかった。
黒いかっちりとしたスーツを身に纏って、無表情なその人は立っていた。
「会いたかったんだろう、俺に」
「藤城さん……」
「樹さんそれは最低だわ」
「分かってる……」
コンビニ弁当をつつきながらピシャリと涼平に切り捨てられ、まったく否定出来なかった。
まだ暑さの残る秋口の夜。エアコンのない涼平の部屋では、相変わらず扇風機が首を振りながら働いている。もう夏場のような蒸し暑さはないが、やはりそれなりに冷気は欲しい。
機械で綺麗に切断された、冷えた柔らかい卵焼きを頬張りつつ、ほんの数日前の出来事を涼平に打ち明けていた。つけっぱなしのテレビでは、さして面白くもないバラエティー番組から派手な笑い声が溢れてくる。
「まぁ別に俺が知った事じゃないですけど。流石に二回目を期待するのはどうかと思いますよ、付き合いたてなのに彼氏可哀相すぎるだろ」
「期待したところで次なんてないよ。こっちは相手の名前しか知らないし、向こうはおれの名前すら聞きもしなかったんだから。……暇つぶし、とか、そんなんだよ、きっと」
「しかもまさか違う名前を呼ぶとはねぇ」
涼平が煮物の椎茸を黙ってこっちの弁当の隅に置く。別にいいけど、と思いつつ代わりに自分の脂っこい唐揚げを涼平の弁当に二つ投げ入れた。
「あれはおれも驚いたな」
「俺としてる時は一度もなかったのに、余程似てたんですかね、ヤリ方」
「うーん」
食事中にも関わらず恥ずかし気もなくその時の行為を思い起こしてみる。何かが似ていると確かに思ったのだけれど、時が経って考えるといまひとつピンとこない。
「よく分からないんだよなあ」
「ふうん。でもその藤城 光昭って名前、どっかで聞いた気がするんだよなぁ」
行儀悪く箸を口に挟んだまま、涼平は何とか思い出そうとするかのように頭を抱えた。
「なに、名前知ってんの」
「何かで見かけたような……」
もしかしたら涼平が彼を知っているかもしれないなんて。また会えるかも。有り得ない期待が少しだけ胸の奥で膨らんだ。
「駄目だー、思い出せない」
「なんだ……」
明らかに落胆した声が零れてしまって、それを聞き逃さなかった涼平が眉根を寄せた。
「会いたいんですか」
「……いや、うーん、」
どんな反応が正解に近いのか判断がつかなくて、なんにも言葉が出てこない。別に彼に会いたい訳ではない。でも、会いたくない、訳でもない。
そんなおれに、涼平は見透かしたように呟いた。
「会うなら本物にするべきだろ」
「……それが出来れば、」
こんなに考え込んだりしない。
ピンポーン
深夜に部屋のインターホンが鳴る。
明日は土曜日だ。豪くんと会う約束をしているからと、涼平の家から早めに帰って風呂に入っていた。丁度身体を拭いて服を着込んだ時に聞こえたその音。早いといっても日付が変わっていないだけで、夜中には違いない。
こんな時間に訪れる客など碌なものではない。
訝しんで、インターホンの受話器を取る事はせず、濡れた髪のままそっと玄関に近付いてからドアスコープを覗いた。
「……えっ」
慌てて目を離して、躊躇う事なく玄関を開ける。
「何だその顔は」
「なんで……」
驚いてそれ以上声も出なかった。
黒いかっちりとしたスーツを身に纏って、無表情なその人は立っていた。
「会いたかったんだろう、俺に」
「藤城さん……」
1
お気に入りに追加
87
あなたにおすすめの小説
モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)
夏目碧央
BL
兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。
ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?
【完結】スーツ男子の歩き方
SAI
BL
イベント会社勤務の羽山は接待が続いて胃を壊しながらも働いていた。そんな中、4年付き合っていた彼女にも振られてしまう。
胃は痛い、彼女にも振られた。そんな羽山の家に通って会社の後輩である高見がご飯を作ってくれるようになり……。
ノンケ社会人羽山が恋愛と性欲の迷路に迷い込みます。そして辿り着いた答えは。
後半から性描写が増えます。
本編 スーツ男子の歩き方 30話
サイドストーリー 7話
順次投稿していきます。
※サイドストーリーはリバカップルの話になります。
※性描写が入る部分には☆をつけてあります。
10/18 サイドストーリー2 亨の場合の投稿を開始しました。全5話の予定です。
こじらせΩのふつうの婚活
深山恐竜
BL
宮間裕貴はΩとして生まれたが、Ωとしての生き方を受け入れられずにいた。
彼はヒートがないのをいいことに、ふつうのβと同じように大学へ行き、就職もした。
しかし、ある日ヒートがやってきてしまい、ふつうの生活がままならなくなってしまう。
裕貴は平穏な生活を取り戻すために婚活を始めるのだが、こじらせてる彼はなかなかうまくいかなくて…。
フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
one night
雲乃みい
BL
失恋したばかりの千裕はある夜、バーで爽やかな青年実業家の智紀と出会う。
お互い失恋したばかりということを知り、ふたりで飲むことになるが。
ーー傷の舐め合いでもする?
爽やかSでバイな社会人がノンケ大学生を誘惑?
一夜だけのはずだった、なのにーーー。
幼馴染は僕を選ばない。
佳乃
BL
ずっと続くと思っていた〈腐れ縁〉は〈腐った縁〉だった。
僕は好きだったのに、ずっと一緒にいられると思っていたのに。
僕がいた場所は僕じゃ無い誰かの場所となり、繋がっていると思っていた縁は腐り果てて切れてしまった。
好きだった。
好きだった。
好きだった。
離れることで断ち切った縁。
気付いた時に断ち切られていた縁。
辛いのは、苦しいのは彼なのか、僕なのか…。
【完結】遍く、歪んだ花たちに。
古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。
和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。
「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」
No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる