背中越しの温度、溺愛。

夏緒

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29話 すき。2

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「もう俺に飽きた?」
「ちがっ……」
 自嘲気味な声に問われて、素直に否定しそうになって言葉を飲んだ。
 違う。飽きたりなんてしない。でも、もうおれはそんな事は言えない。膝に置いた拳を、爪が食い込むほど握り絞める。
「……止めたんだ、あんたを好き、でいるの」
「意味が分からない」
 選んだ言葉は間髪入れずに切り捨てられた。
「豪はさぞかし良くしてくれるんだろうな。もうあいつとは寝た?」
「何言ってんだ。してないよ、そんな事」
 嫌味だと分かってはいるけど、出来れば今は冷静に話をしたかった。
 隣に居るっていうだけで思い知らされる。目を見たら思わず変な事を口走ってしまいそうな程、やっぱりおれは、ヒカルが好きだ。
「へぇ、まだなのか。なら」
「あ、わっ……」

 やめるって決めたのに。
 別の人を選んだのは自分なのに。なのに。
 不意に腕を掴まれて、そのまま無理矢理シートから身を乗り出して自分の身体を抱き寄せたその腕を、振り払う事が出来なかった。肩に顔を寄せるように頭を撫でられて、大好きな匂いが一層強くなる。
「ヒカル……」
 与えられた腕が体温が匂いが嬉しくて嬉しくて嬉しくて、名前を呼ぶ声が思わずか細く震える。振り払うどころか、その腕をもっと引き寄せてしまう。抱き寄せる腕が更に力強くなって、暖かくて、勝手に涙が滲んできた。
「なぁ樹。やめなくていいよ、俺のところに戻って来いよ。豪には渡したくないんだ、お前の事」
「っ、……」
 ばか。
 ヒカルの馬鹿。遅いんだよ。何で今なんだ。
 口だけだって、頭のどこかでは分かってる。でも耳元に寄せられたその言葉が震える程嬉しかった。
 ずっと待っていた言葉。ずっと欲しかった言葉。振り払う事も出来ない大好きな腕。慣れ親しんだ体温。在って当たり前だった匂い。
 大好きな人。

 でももう遅い。
 おれは首を横に振った。
「樹、」
「ごめん、もうやめたから」
 決めたから。
 身体を離そうと思って胸に置いた左手は、それが叶う事なくヒカルの右手に握られた。伝わる体温で手首が熱い。
「どうしても、か」
「……っ、どうしても、 っぅん!」
 心臓が一度激しく打ち付けて、息が、時が、止まった。
 唇が熱い。
 柔らかい感触に包まれて、キスをされているんだって自覚して、駄目だって分かってるのに、嫌がらないといけないって分かってるのに、どこまでも馬鹿な自分は、目を閉じてそれを受け入れた。
 押し付けられた唇は、それ以上動く事はなくて、少しの間、いつまでもそのまま重ねられていた。心臓がいつまでも強く打ち付けて、涙が止まらなくて呼吸が苦しい。
 でも、それもやがてゆっくりと離れていく。
「……なにすんだよ」
 鼻を啜ってやっと見る事が出来た、涙で滲んだ先のヒカルの顔。きっと一生忘れない。
「お前がどうしてもって言うなら、これが最後だから。嫌ならちゃんと嫌がれ」
「いやだ っん! んぅ」
 精一杯の拒絶は結局受け入れて貰えないまま、今度は深く深く唇を貪られる。呼吸のために開いた口の中に、呼吸ごと飲み込むように舌が入ってくる。
 頭のどこかで何かがぶつりと切れた。
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