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28話 すき。1
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side I
ずっと待っていた。本当に、ずっと待っていた。
待って、迷って、散々迷って、待つのをやめた。
やめたのに、かかってきた電話に瞬間的に心臓を止められて、迷う間もなく通話ボタンを触った自分は、本当に馬鹿なんだと思う。耳に押し当てて聞こえてきたのは、待ち焦がれたやっぱり大好きな声だった。
電話が掛かってきたのは夜の十時。外に出ると家の前に見慣れた黒いセダンが止まっていた。
当たり前のように助手席のドアを開けると、以前と何も変わらない、黒と青で統一された内装が目に入る。黙ってシートに乗り込むと、ふわりと香るシンの匂いに包まれた。
ああそうだ。
この匂いに釣られてついて行って、この匂いに釣られて好きになった。
ドアを閉める。
電話の調子から、今から何の話をするのかは分かっているつもりだったから、何て声を掛ければ良いか分からなくて、黙っていた。車の中には音楽もラジオもついてなくて、ヒカルも何も言わなくて、目も合わなくて、静かなまま車が動き出した。
無言のままの空気が気まずくて、出来れば前を向いて居たかったけど、どうしてもおれは運転席を見ずには居られなかった。
ギアチェンジする左手。腕まくりして皺になってる薄い青のワイシャツ。真剣な調った横顔。いつの間にか忘れていた、大好きな匂い。
胸が苦しくなった。触りたかった。触って欲しかった。こっちを見て欲しかった。
樹って、前みたいに優しく名前を呼んで欲しかった。
ヒカルは、只黙って前を向いて運転していた。
少しだけそのまま時間が過ぎて、車を止められたのは家の近くから一番近い、広い公園の駐車場。エンジンを止められて、今度こそ本当に何の音もしなくなった。
先に口を開いたのは、ヒカルだった。
「どういう事だ」
ヒカルは一言だけそう寄越して、ハンドルから手を離し背凭れに深く身体を沈める。こっちは見なかった。
「それは……」
おれはそのたった一言で言葉の意味を全て理解する。
怒っている。
視線をどこに持っていけば良いのか分からなくて、無意識にヒカルを視界から外した。
ずっと待っていた。本当に、ずっと待っていた。
待って、迷って、散々迷って、待つのをやめた。
やめたのに、かかってきた電話に瞬間的に心臓を止められて、迷う間もなく通話ボタンを触った自分は、本当に馬鹿なんだと思う。耳に押し当てて聞こえてきたのは、待ち焦がれたやっぱり大好きな声だった。
電話が掛かってきたのは夜の十時。外に出ると家の前に見慣れた黒いセダンが止まっていた。
当たり前のように助手席のドアを開けると、以前と何も変わらない、黒と青で統一された内装が目に入る。黙ってシートに乗り込むと、ふわりと香るシンの匂いに包まれた。
ああそうだ。
この匂いに釣られてついて行って、この匂いに釣られて好きになった。
ドアを閉める。
電話の調子から、今から何の話をするのかは分かっているつもりだったから、何て声を掛ければ良いか分からなくて、黙っていた。車の中には音楽もラジオもついてなくて、ヒカルも何も言わなくて、目も合わなくて、静かなまま車が動き出した。
無言のままの空気が気まずくて、出来れば前を向いて居たかったけど、どうしてもおれは運転席を見ずには居られなかった。
ギアチェンジする左手。腕まくりして皺になってる薄い青のワイシャツ。真剣な調った横顔。いつの間にか忘れていた、大好きな匂い。
胸が苦しくなった。触りたかった。触って欲しかった。こっちを見て欲しかった。
樹って、前みたいに優しく名前を呼んで欲しかった。
ヒカルは、只黙って前を向いて運転していた。
少しだけそのまま時間が過ぎて、車を止められたのは家の近くから一番近い、広い公園の駐車場。エンジンを止められて、今度こそ本当に何の音もしなくなった。
先に口を開いたのは、ヒカルだった。
「どういう事だ」
ヒカルは一言だけそう寄越して、ハンドルから手を離し背凭れに深く身体を沈める。こっちは見なかった。
「それは……」
おれはそのたった一言で言葉の意味を全て理解する。
怒っている。
視線をどこに持っていけば良いのか分からなくて、無意識にヒカルを視界から外した。
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