背中越しの温度、溺愛。

夏緒

文字の大きさ
上 下
28 / 67

28話 すき。1

しおりを挟む
side I

 ずっと待っていた。本当に、ずっと待っていた。
 待って、迷って、散々迷って、待つのをやめた。
 やめたのに、かかってきた電話に瞬間的に心臓を止められて、迷う間もなく通話ボタンを触った自分は、本当に馬鹿なんだと思う。耳に押し当てて聞こえてきたのは、待ち焦がれたやっぱり大好きな声だった。



 電話が掛かってきたのは夜の十時。外に出ると家の前に見慣れた黒いセダンが止まっていた。
 当たり前のように助手席のドアを開けると、以前と何も変わらない、黒と青で統一された内装が目に入る。黙ってシートに乗り込むと、ふわりと香るシンの匂いに包まれた。
 ああそうだ。
 この匂いに釣られてついて行って、この匂いに釣られて好きになった。
 ドアを閉める。
 電話の調子から、今から何の話をするのかは分かっているつもりだったから、何て声を掛ければ良いか分からなくて、黙っていた。車の中には音楽もラジオもついてなくて、ヒカルも何も言わなくて、目も合わなくて、静かなまま車が動き出した。
 無言のままの空気が気まずくて、出来れば前を向いて居たかったけど、どうしてもおれは運転席を見ずには居られなかった。
 ギアチェンジする左手。腕まくりして皺になってる薄い青のワイシャツ。真剣な調った横顔。いつの間にか忘れていた、大好きな匂い。
 胸が苦しくなった。触りたかった。触って欲しかった。こっちを見て欲しかった。
 樹って、前みたいに優しく名前を呼んで欲しかった。
 ヒカルは、只黙って前を向いて運転していた。

 少しだけそのまま時間が過ぎて、車を止められたのは家の近くから一番近い、広い公園の駐車場。エンジンを止められて、今度こそ本当に何の音もしなくなった。
 先に口を開いたのは、ヒカルだった。
「どういう事だ」
 ヒカルは一言だけそう寄越して、ハンドルから手を離し背凭れに深く身体を沈める。こっちは見なかった。
「それは……」
 おれはそのたった一言で言葉の意味を全て理解する。
 怒っている。
 視線をどこに持っていけば良いのか分からなくて、無意識にヒカルを視界から外した。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

ヤンデレBL作品集

みるきぃ
BL
主にヤンデレ攻めを中心としたBL作品集となっています。

短編集

田原摩耶
BL
地雷ない人向け

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

年越しチン玉蕎麦!!

ミクリ21
BL
チン玉……もちろん、ナニのことです。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

処理中です...