背中越しの温度、溺愛。

夏緒

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21話 矢印。2

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 まなかには上手くいくと良いと思うのは本心だが、自分は裕太くんという存在も知っている。二人が上手くいけば裕太くんが傷付く。涼平が彼のことを大切に思っていることは知っているし、まなかとどうこうなるつもりはないと、涼平は以前言っていた。
 トイレからどんな態度で戻るべきかを考えあぐねて、彼らから見えない位置にあるベンチに腰掛ける。鞄を持ってくれば良かった。
 好きだから近付きたくないとか……
「面倒臭い男だなぁ……」
「放っておいて下さいよ」
 一人言ちた途端に、後ろから恐らくパックジュースの角で頭を小突かれた。
「痛って」
 振り向くと、ん、と差し出されたので、飲みかけのパックを受け取った。見れば鞄も持って来てくれている。どさりと鞄をベンチに放り投げられて、ノートパソコン入ってるんだけど、なんていう文句が出そうになったがぐっと堪える。
 代わりに受け取ったストローに口をつけると、いちごオレの甘い香りが鼻についた。
 涼平は黙って勝手に横に腰掛けて、長い脚を前にゆったりと伸ばす。通路にはみ出しているが、他に人も居ないので目をつぶった。
「要らん気ぃ使うのやめて下さいよ」
「逃げてきたんか」
「あっちがね」
「そっか」
 まなか、また逃げたのか。
「人の事をどうこう言う前に、自分はどうなんですか。連絡のないあの人とか、最近仲良しらしいあの人とか、既に手遅れ気味な就活とか」
「……就活は、」
「このままだと来年、俺と同期になっちまいますよ」
「それは嫌だなぁ」
 ストローを伝って甘いいちごオレが喉を通っていく。買ってから長い時間が経っているのか、手の平の温度が移ったのか、随分温い。
「豪くんは良い奴だよ。気を使ってくれるし、一緒にいると落ち着けると言うか」
「へぇ。やっぱ好きなんですね」
「おれが?」
「あんたが好きなのは音信不通の人でしょうが。違うって。多分向こうが、樹さんに惚れてんだって、それ」
「……君はたまに突拍子もないことを言うな」
 ストローの先からズズズッと音がする。空になったのを確認して、パックの窪みに指を押し込んで折り畳んだ。
「そうですかね。だってそんな理由でもなきゃ、飯だの何だの誘わないでしょう、普通。自分の社長サンの元恋人なんか」
「……元、ってつけるの、やめてもらえるかな」
「気にするところはそこですか」
 背後には大きな一面の硝子窓。少し離れたドアから入り込む生温い空気が思考をぼんやりとさせる。
 眠気を誘いそうな空気を振り払うために、ベンチから立ち上がって近くのごみ箱へ数歩向かった。綺麗に折り畳んだつもりの紙パックを可燃物のごみ箱に放る。
「何かもうそういうの、何も考えたくない」
「んじゃあウチ来ますか。部活あるんで、遅くなりますけど」
「裕太くんは?」
「塾。平日は来ないし」
「遅くなるなら、別にいいよ」
「俺は」
 涼平は言葉を切った。
 振り向いて目を合わせると、わざとらしく無邪気そうな笑顔を浮かべる。
「溜まってますけど?」
「……大声で言うな」
 溜め息ひとつが交換条件。腕の時計を見ると予鈴の鳴る五分前だった。数歩戻って、ベンチに置かれた鞄を持ち上げる。
「帰ったら連絡しなよ」
「次、講義ですか」
「君もだろ。ほら、行くぞ」
 涼平の腕を引き上げて何とか立たせる。
 襲ってきただろう眠気に従うように欠伸をしたのを見て、うつりそうなそれを喉で噛み殺した。
「俺あの先生の話し声苦手なんですよね。念仏みたいで」
「時間帯も悪いしな」
 並んで歩いていると、カフェテリアの向こう、遠くにまなかが見えた。
「おれはまなかと同じ講義なんだけど、途中まで一緒に行くか」
「いや、遠慮しておきます」
「難しいな、君達は」
 涼平が売店に方向を変えたのを見送ってから、まなかのもとへ向かう。
 念仏聴かなきゃいけないのは、こっちだって同じなんだが。
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