背中越しの温度、溺愛。

夏緒

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6話 苦味。3

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side R

「寝ーてーるーし。……ったく」
 そういうことすんのかと思ってパンツだけ穿いて風呂から出ると、いつも面倒臭い愚痴ばっかり持ってくる一つ上の先輩は、ビールだけ二本分きっちり飲み干して眠っていた。
 パソコンに倒れ込むように頭を乗せてるから、頭でキーボード打っちゃって、折角頑張った俺の課題が台なし。
「どうなってんのこの人ほんと」
 仕方なしに部屋着の短パンを履いてから、ベッドの上の布団を床に降ろして、樹さんをそこまで引きずっていく。細身に見えても一応男だから、それなりに重い。まあ多少引きずったくらいでは起きないのは、過去の経験から分かっている。
 布団に転がして腹の上にタオルケットを掛けてやってから、しゃがみ込んで顔を覗き見る。よほど泣き腫らして来たみたいで、目の回り真っ赤だ。ぶっさいくな顔になっている。
「やれやれ、毎度毎度」
 流石にここまでの泣き顔には欲情しない。身体を触ってればそれなりに勃つし、抱こうと思えば抱けるけど、肝心の本人が寝てるしまぁ良いか。
 服さえ着ていてくれれば、裕太が突然やってきても問題ないし。
 下手に問題露呈して、裕太と別れるつもりはない。
「難儀だねぇ、あんたも」
 どんな人なんだろうなぁ、ヒカルさんって。話に聞くばかりで会ったことはない。
 別に会いたい訳ではないけど、そこまで浮気を繰り返せる程なら、やっぱり良い男なんだろうし、こんなに泣いてまで離れられない程夢中になれる存在なんだろ。
 興味はある、同じ男として。
「いいなぁ、樹さん」
 大事な人が居て、そんな人と真剣に向き合えて。羨ましいと思ったりもする。本人は大変なんだろうけどさ。
 俺は、そうやって壊して駄目にして無くしてしまうのが怖いから、一番大事なものには触れない。現状維持が理想。
 立ち上がってローデスクの上のスマホと煙草を取る。課題はやる気が削がれたから、今日はもうやらない。どうせ急ぎじゃないし。一年間必修だからって、わざわざ夏休みに課題なんか出すなよな。
 ベランダに出て、煙草を一本取り出して口に挟み火をつける。ライターはジッポーより百円の使い捨てのが好みだ。肺まで吸い込んで吐き出すと、煙りが風に乗って全部流れた。

「口の中苦いから嫌です」

 不意にこの間言われた声を思い出して、スマホで番号を捜し出して裕太に電話を掛ける。しまったよく考えたら上が裸だった。二階だから地面に近い。人に見られて不審者扱いされなきゃ良いけどな。
 まだ十時だし、流石に寝てないだろ。
 そう思っていると、相手はさも待機していたかのように二秒で出た。
 本当、好きだよ、そういう犬みたいなところ。

「よぉ。裕太? ああ、俺だよ。明日さぁ、朝から遊びに来いよ。樹さん来てるんだ。そう、お前の大好きな樹さんだよ。……ばぁか、ちげぇよ、酔って泣いててさ、潰れて寝てるから、当分起きないよ。明日油性ペン持って来い。早起きしてうち来て、一緒に樹さんの顔に落書きしようぜ。ついでに二人掛かりで勉強もみてやるよ」

 手の中のものは、滑り落とさないつもりだ。
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