夏緒

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48話 赤い糸 1

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『は?』
と、慎二は次にはわざとらしく、あからさまに不機嫌そうな声を出した。
『なに言ってんの? 泊まるってお前んち、隣じゃん』
 帰れや、意味わかんねえ。
 そう返されて、そりゃまあそうなんだけどさ、と口ごもる。まあ、慎二に不機嫌になられる理由は、正直俺にはないんだけれども。
 なんかあったんかと聞かれて、漸く俺は隣の状況を慎二に軽く説明した。
『ふーん。で? オッサン帰らないからお前が代わりになるってこと?』
「いや代わりにって言うか、そりゃ代わりにはなれねえけど、なんっつーかさあ、こう、今は放っておきたくないと思っちまったんだよ、あの人のこと」
 どうにもしてやれないのは分かってるんだけど、なにかどうにかしてやりたい。そう思ってしまったんだ。仕方ねえじゃん。
 そう伝えると慎二は暫く押し黙った。不機嫌そうな顔で膨れているのが見えるようだ。
 怒ったかなあ。でも俺文句言われるような筋合いもないような気がするんだけどなあ。そんなことをつらつらと考えながら返事を待っていると、慎二は突然『あっそ、』と投げやりに寄越した。
「え、怒った?」
『分かったよ』
「は?」
『つまり俺は暫くそっち行かないほうがいいんだろ、邪魔だもんな、分かったから、好きなだけ世話焼いて、そんで最後には盛大に振られやがれ』
 おうおう何だそりゃ。
「いやだから別にそういうつもりじゃなくて、」
『煩ぇ、お前が世話焼きな性分だってことはこっちだって嫌ってほど分かってんだよ、だから、分かったから、気が済むまで好きにすれば?』
「え、おう、ありがとう」
 不貞腐れたような声ではあったけど、なんだか偉く簡単に納得してもらえてしまった。
 電話を切って畳に放る。見慣れすぎた天井の木目を意味もなく凝視してみる。いつも思うが目みたいに見えてしまって気持ち悪い。
 正直なところ、自己満足でしかないっていう自覚はある。俺が傍にいたところでエリカさんが喜ぶわけでもなし、逆に迷惑がられる可能性だってないわけじゃない。
 でも俺は今彼女を放っておきたくない。ひとりには、したくない。
 だってほら、身体の一部がなくなったみたいな感覚なんじゃないのか。陽平さんが言っていたような。エリカさんは陽平さんの半分なんだろ。そしたらあの人今身体の半分ないんじゃん。不便じゃん。助けてやりたいじゃん。これって別に自然な感覚だろ。違うのかよ。
 頭のなかで何度も何度も自問自答を繰り返す。誰かに言い訳を繰り返しているかのようだ。誰に言い訳しようとしてんだ、俺は。
「あーあ、……面倒くせ」
 取り敢えず明日もっかい寄ってみて、様子見てから決めよ。
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