夏緒

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35話 その日常 2

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 本来の奥さんとか、その辺どうなんだろうか。
 気にならないと言えば結局嘘になるし、かといってそんな踏み込んだようなことを聞いてみてもいいんだろうか。
 酒の肴、とかでどうだろう。無礼講、とか?
「あの、聞いてみてもいいですか」
「おう、どうした」
 どんと構えたような陽平さんに、俺はなにをどんなふうに聞けばよいのだろうかと、アルコールの混じってきた頭をぐるぐる回す。
「飽きたりしないんですか? 同じ人と長く一緒にいるのって」
 ……ん、なんか違うな。なに聞いてんだ俺。無意識に奥さんのことを聞きづらいと思ったろうか。
「はあ?」
「いや、こないだ、知り合ってから結構長いって言ってたんで、エリカさんと。ずっと一緒に暮らしてるわけですよね。だから、飽きたりしないのかなっと」
「お前面白いこと言うな」
 陽平さんは俺の不躾だったであろう質問に特に不快そうな素振りも見せずに、代わりに酔っぱらい特有のへらりとした笑いを寄越した。
「そうだなあ。なあ、あきらよ、」
 陽平さんは一度缶酎ハイを煽ってから、今度はにやりと、たまに見せる人の悪そうな顔で笑った。
「お前は、自分のその左手に飽きたことがあるか」
 左手?
 言われて、指で示された自分の左手を開いてまじまじと眺めてみる。飽きるか、と聞かれても……
「考えたことねえ」
「だろ。そんな感じだよ」
 ……ふーん。全然わかんねえわ。
「あいつは俺の身体の一部だ。外せねえし代えられねえ。あるのが当たり前なもんなんだよ。お前だって付き合いの長い奴がいるんだろ。似たようなもんじゃねえのか」
「……いや、多分、全然違うと思いますよ」
 似たようなって、これ多分慎二のこと言ってんだよな。いくら長い付き合いとはいえ、慎二が俺の身体の一部とか、ないないないないんなわけない。あんな左手なんて嫌だ。
 3本開けて、陽平さんは酔いが回ってきたのか饒舌だった。俺も時間が経つにつれて随分楽しくなってきて、仕事の話とか、近所の店の話とか、どうでも良いようなことを二人で長々話し合った。それでも結局、奥さんの話はできなかったし、俺も途中から諦めた。
 陽平さんは日付が変わる頃になって隣の部屋に戻って行った。ガチャガチャ音がしていたから、恐らく部屋には入れてもらえたのだろう。俺も楽しく酔ったおかげで相当良い気分になっていて、片付けも全くすることなくそのまま万年床に転がって、そのまま気絶するようにころっと眠りについた。

 翌朝になって俺の出勤時間にあわせてエリカさんが隣の玄関から顔を出した。すっぴんだった。
 陽平さんから昨日のことを聞いたのか、迷惑をかけて本当にごめん、と平謝りしていた。俺は全く気にしていなかったので、大丈夫を繰り返しながら会社に向かった。
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