手を繋ぐ話

夏緒

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 仕事が終わったから上着着て、マフラー巻いて鞄を背負って、外に出たらそいつが僕を待っていた。
 歩道に沿って造られた背の高い花壇を背凭れにして寄りかかっていたのに、僕の姿が見えるとすくりと立ち上がった。
「一緒に帰ろう」
 そう言って、軽く笑う。
 うん、と返事をして、なんかもう定位置みたいになったそいつの左側を並んで歩いた。
 すっかり暗くなった帰り道には、自分たちの他には誰もいなくて、月と外灯だけの明るさを頼りに慣れた道を進んでいく。
 並んで歩くくらい大丈夫だ。
 こんなの友達同士だっておかしくない。
「どんくらい待ってた?」
「いや、そんなに。すぐ出てきた」
「そか」
「うん」
 不意に隣を歩いてたやつがこっちに寄ってきて、極自然な動きで僕の右手を握った。
 その左手は少し冷えていた。
「え、なに」
「手、繋ご」
 たじろいでしまった僕の手を離さないようにとぎゅ、と力を込められて、昨日貰ったばかりの指輪同士がかつりと小さな音でぶつかった。
 昨日貰ったんだ。
 お揃いだからって。
 嬉しくて嬉しくて、それはそれは嬉しくて、泣きたくなるくらい嬉しくて、でも少しだけ戸惑った。
 人に見られたら、なんて思われるかな、って思った。
 お揃いなの気づかれたら、どう思われるだろう、って、不安になった。
 そしたら見透かしたように、「俺は、お前とのこと、もう腹を括ったぞ」って真剣な顔して言われたから、僕もその気持ちに応えたい、応えなくちゃいけないって思って、自分なりの強い気持ちで右手の薬指にそれを嵌めた。
 少し細目のそのデザインは、肌にしっとりと馴染むような色味で、きっと僕のことを一生懸命考えながら選んでくれたんだって想像したら、また泣きたくなった。
 サイズがぴったり合ったのを確認したそいつは満足そうな顔をして、自分のぶんのそれを左手の薬指に嵌めた。
 僕は「あ、」と思った。
 右手じゃいけなかった。
 左手の薬指に嵌めなくちゃ、と思って外そうとしたとき、そこに手を添えて止められた。
 「いいよ」って。
 今はまだ、そっちでいいよって。
 いつか自然に逆の手がいいって思ってくれたら、その時でいいからって、そう言われた。
 僕はなんだか申し訳ないやら情けないやらありがたいやらで、それからとうとう俯いて泣いてしまった。
 そいつは優しく僕の頭を撫でて、自分の胸に抱き寄せてくれた。

 その指輪同士が手の中でかちかち音を立てる。
 聞こえないくらい小さな音で、存在を主張し合う。
 僕の右手と、そいつの左手の薬指に嵌められた、同じ形をしたそれ。
 自分のじゃないほうに微かに指が触れる度に、嬉しいような、恥ずかしいような、照れ臭いような、胸の奥のほうがむずむずした気持ちになる。
 大好きだって、大声で叫ばれているような、そんな隠したくてこっ恥ずかしくて後ろめたいような、むず痒くて嬉しい。
 そんな気持ちになる。
「心配しなくても人が来たらちゃんと離してやるよ」とぶっきらぼうに正面向いたまま言われたから、「いやいいんだ」って答えて、僕もその手をぎゅっと握り返した。
 恐いけど、大丈夫だと思える。
「無理しなくていいよ、」
「いや、大丈夫だ。僕だって腹を括れる」
「へーえ、そりゃまた、男前だねえ」
「そうだろ」
 意表を突かれたみたいな顔をするから、得意になって言い返したら、
「じゃあそんな男前は俺の家に連れて帰ろう。お前のためだけに俺はわざわざ防音の部屋を探したんだしな」
と、ぐいっと力を込めて引っ張られた。
 距離が、不自然なくらいに近くなる。
 目線の高さの顎を凝視。
 それから、少しだけ見上げてその瞳。
「えっ、」
「今さら拒否はなしだぞ男前」
 そんなつもりじゃなかったのに……。
 返事の代わりにマフラーの中に吐く息を溜め込む。
 車も通らないような静かな暗い道。
 繋いだほうの手だけがじんわり温かい。
 言われたそこは僕の家よりももう少し先だから、もう少しだけこのまま、手を繋いで一緒に歩こう。
 ……やっぱりどうしても、誰にも会いませんように。
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