麻薬のようなひと

夏緒

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 初めて会ったとき、一番初めに与えられたのは、今までにまるで経験したことのないような強烈な快感だった。
 何故出逢ったか、どうしてそんなことになったのか、それらはもうなんの問題でもない。
 雛子が彼、由鷹に溺れるには、そのたった一回、それだけで十分だった。

 この男は手放せない。この男に触れてもらうためならなんだってする。

 雛子は頬を桃色に上気させて、薄ぼんやりとくらくらする頭で、そんなことを思った。



 雛子は32になる地味な女だ。
 いや、以前はそうでもなかったが、由鷹が「そちらのほうが興奮するのだ」と言うから、40過ぎの由鷹の隣でも違和感のない程度にアクセサリーを外し、化粧を変え、次第に地味な色味の服装になっていった。
 その代わりに下着だけは、その姿からは想像もできないほど段々と大胆なものをつけるようになった。
 これも由鷹に言われてのことだ。
 雛子は由鷹に従順でありたいのだ。
 雛子は今日も半分透けたような薄さの白い半袖ブラウスに、ふわりとした膝丈のベージュのスカートを履いて、由鷹のセダンの助手席に座っている。
 緩くうねった肩までの髪は暗めの茶色で、これからどこに連れて行かれるのかと不安げに車の振動で揺れている。
 由鷹は白髪の混じり始めた頭をゆったりと背もたれに預け、雛子の知らない道へと丁寧にハンドルを切った。
 雛子は由鷹が話しかけてくれるまでは口を開かない。
 由鷹に話しかけられたとき、それから、きちんと由鷹の目を見て話ができるとき、雛子は敬語で由鷹に応えるのだ。

「着いたよ」
と、由鷹が一軒の家の敷地に車を停めた。
「どこですか」
「俺のお気に入りの場所だよ。昨日来て手入れをしておいた。雛子もきっと気に入る」
 山の奥に入った道を途中で逸れて、砂利道をいくらか行ったところにその家はあった。
 見渡す限りが全て山の緑色に囲まれていて、近くに他の家はないようだった。
 玉砂利の敷き詰められた広い場所に適当に車を停め、由鷹が運転席を降りて、助手席側に回って雛子のドアを外側から開けてくれる。
 雛子が車を降りると、8月の直射日光と、山の中の涼しい風が雛子を歓迎した。
 じわり、と腕に汗が滲む。
 遠くで近くで、蝉が喧しく鳴き喚いている。


 目の前の一軒家は、まだ新しそうな和風の平屋だった。
 由鷹は後部座席から黒色の四角い鞄を取り出し、車にロックをかけてから雛子においでと声をかける。
 雛子ははいと返事をひとつしてから、由鷹の後ろに続いた。
 由鷹が玄関の木製の引き戸を開けると、中はまだ新築のような木材の匂いが立ち込めていた。
 落ち着いた茶色で纏められた柱や壁、見るからにまだ新しい畳には、傷ひとつついていない。
 処女のような家だと雛子は思った。
 今からここで、自分はどんなふうに乱されるのだろう。
 膨らむ想像に、雛子は既にはしたなく濡らしていた。
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