上 下
9 / 9

③悪い先生だな、あんた。 3 (BLです)

しおりを挟む
 にやにやと笑う杉崎先生を知っているのは翔だけだ。翔は嬉しい反面、ちょっと面倒くさいとも思っている。
「こういうとこ変態なんだよなぁ、先生。……無理だよこれ、トイレ行ってくる」
「翔」
 翔が起き上がってポケットティッシュでごそごそと後始末をしていると、杉崎先生が優しく翔を呼ぶ。
 なに、と顔を見上げると、杉崎先生は深く抉るようなキスをしてきた。翔だって別に取り立てて小柄なわけではないが、杉崎先生の口は大きい。喰われる、と、時々思う。
「愛してる、翔」
「おれもだよ、先生。卒業したくない」
「ばぁか。卒業してくれないと困るだろ。早く大人になってくれ。っていうか、おまえ早くトイレ行け。本当に腹壊すぞ」
「先生が引き留めたんだろ。……、なぁ、先生、離してくれないとさ、トイレ行けねぇ……」
 杉崎先生が、抱きしめてきた腕をほどいてくれない。そうされると、翔にはふりほどくことなんてできるはずがなかった。
「時間ないんだろ。探されちゃうよ」
「悪い先生だな、俺は」
 独り言のように小さく呟く声が耳に残る。翔は、自分の体重を押しつけるようにして杉崎先生にしがみついた。
「そうだね。悪い先生だよ、あんた。……でもあとちょっとだから、それまでさ、もうちょっとだけ悪い先生でいてよ、杉崎先生」
「おまえが卒業するのと、俺が無職になるのは、どっちが早いかな」
 頬を撫でてくれる手が温かい。翔は、わざと明るい声を出した。
「はは、ばーか。おれが卒業するのに決まってんじゃん。だから、もうちょっとだから」
「ああ。もうちょっとだな」
 少しでも長く傍にいたい。だから、絶対に見つからないように過ごしてみせる。
「気をつけて帰れよ」
「うん。あとでまた連絡するから」
「ああ、待ってる」

 離れたくない。名残惜しい。
 それでも翔は、倉庫の内鍵を開けて、ひと目を忍ぶようにして先にひとりで、倉庫を出た。



(了)
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...