放課後の化学準備室と焦燥

夏緒

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後編

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「ばかだな、明日は会えるよ」
「でも触れない」
「夏休みが終わったら、また会えるだろ」
「先生に会えないなら、夏休みなんか要らない」
「子供みたいな事言って」

 こっちの気なんか知りもしないで、クス、と小さく笑った彼は、腕を伸ばして俺の髪を撫でた。
 そうされると仕方がないから、俺は持ってた眼鏡を傍の机に置いて、風が通る程度に身体を離した。

「補習で学校来るんだろ」

 彼はさりげなく俺の身体を避けて、舞いそうになっている紙の束の上に、横に置いてたビーカーを乗せた。

「でも化学は補習ないんだろ」
「学校には居るよ。顔は見れる」
「耐えられないよ。好きなのに」
「うん。ごめんな。でも僕はまだ、君に好きだって、言ってあげられない」

 面と向かって改めて言われるとやっぱり悲しくなる。
 そんな事は分かってるけど、どうしようもないのに。

「あと一年半、かぁ」
「卒業したら、」
「君の制服姿、見られなくなっちゃうな」
「絶対、」
「寂しくなるなぁ」
「ずっと一緒に居て、先生」
「……ちゃんと待ってるから。大丈夫」

 やっぱり離れてるのが寂しくて、もう一度彼を腕の中に引き寄せた。
 学校に居る間は、ずっと「先生」と「生徒」で。
 俺は越えてしまいたいけど、彼には越える訳にはいかない壁で。

「いっぱい触るからな」
「良いよ」
「嫌だって言っても、絶対止めないからな」
「卒業したら、な」
「遠いよ」
「大丈夫だよ。転勤したらごめん」
「その時は追い掛けて転校してやる」
「出来ない癖に」

 くすくすと笑うその柔らかい表情を、明日から独り占め出来ない。
 夏休みなんか要らない。
 毎日休まず通うから、短縮して早く卒業させてくれ。
 早く独り占めしたいんだ。
 当たり前のように隣に居たいだけなんだ。

「補習、ちゃんと受けるんだよ」
「毎日職員室に顔出すぞ」
「はは、迷惑だなぁ」
「先生」
「なに」
「裕紀さん」
「……なに、拓也」
「好きだ」
「うん。知ってるよ」

 暑苦しいくらいぴったりと引っ付いて、それでも足りない。
 でも今はこれ以上埋められない。

「もっかいキスしたい」
「コーヒー飲んで帰る?」
「熱いから要らない。……ああ、口移ししてくれるなら要る」
「何言ってるんだか」
「けち」
「違うだろ。僕が君にコーヒーを煎れてあげるんだから、君が僕に口移ししてくれないと」
「……そういうとこ狡いよな」
「夏休みの予定は?」
「毎日補習」
「はは」

 熱いコーヒー飲んだら、また汗出るだろ。
 でもまだ職員室には帰したくないから。
 飲んだら諦めて帰るから、もうちょっとだけ、俺のもので居て。
 換気、と言って窓を大きく開けると、夕方の少しだけ乾燥した空気が部屋に入ってきて、重いカーテンを派手に押し上げた。
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