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自滅王子はやり直しでも自滅するようです
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……身体が崩れる。
眼球さえ崩れ、視界は不明瞭だ。
しかし、今のこの姿を直視しなくて済むというのはありがたいことだった。
街を歩けば石を投げられ、悪の烙印が押された俺に救いの手など降りてこない。
どれくらいの時を過ごしたのか。
いつの間にか従者だったはずの二人は視界から消え、俺の前に現れなくなった。
俺も、どこかで朽ちることが出来たなら、そんなに幸せなことはない。
ただ、それが過ぎた望みだということは理解している。
時間を操り、自覚的に他者を不幸にして踏みにじっていた。
そんな俺に、救いが訪れることなどないのだ。
ただ永遠に彷徨うだけ。
こんなことに何の意味があるのかは分からない。
ただ、俺が存在することで、見せしめとしての効果は期待できるだろうと思う。
だったら、どんなものにも価値はあるということだ。
こんな俺にさえ価値があるのだから、この世に無価値なものなどない。
身勝手に奪っていいものなどない。
そんな当たり前のことにすら思い至らなかった。
何も知らず、知ろうともしなかった、無知の王。
早く俺を消してくれ。
どうすれば、終わる――
「……見苦しい。これがかつての陛下の姿とは」
そんな風に、声が掛かった。
「ウリアお婆様が仰ってたわ。コレがいる限り、我が家の汚名が雪がれることはないと」
高飛車な物言い。
どこか、記憶の彼方にこんな話し方をする者が居たような気もするが。
「ミイラ。ゾンビ。魑魅魍魎。何でもいいけれど、そんなものが国を彷徨ってるというのに、どうして皆様は無関心なのかしら。お目汚しになるから、私が屋敷で飼ってあげるわ」
そんな強引な宣言と共に、俺は女に飼われることになった。
女は俺に水を与え、食事を用意し、何を着ても朽ちるというのに、ボロ布を与えてくれた。
女は、俺に祈る時間を与えた。
それは、ただ彷徨い続けるだけの俺が、決して得られなかった時間だった。
「反省し、謝罪し、心から祈るの。そうして、安らかに眠りなさい。あなたはもう十分彷徨ったと私は思うわ。他の皆様のことは知りませんけど」
女の言う通り祈りを捧げるにつれて、呪いは少しずつ、ホンの僅かずつ、薄れていった。
だが、女が俺を屋敷に招いた時から、女の屋敷は静かになってしまった。
「薄情よね。私、パンの焼き方も知らないのに一人にされてしまったわ」
女は、俺の為に全てを失った。
そして引き換えに、俺は腐食の呪いが解け、崩壊していた身体が徐々に戻ってきた。
砕けていた眼球が、皮膚が、少しずつではあるが、戻ってきたのだ。
女は、ウリアによく似た顔立ちをしていた。
彼女の血縁のものだろうか。
時代は移ろい、俺の知らないものばかりが世界に溢れていた。
女が俺を消したいと言った理由が分かった気がした。
今の時代に、俺という旧世界の遺物は存在してはならないのだ。
人類が次のステップへ駒を進める為に。
俺という存在はもう、消えて構わないのだと。
女神に許されたような気がした。
俺はこのまま、女の家で滅びを迎える。
それは、何もかもを失うべくして失った俺にとっては、優しすぎる結末に思われた。
しかし、そんな終わりが俺に許されるはずもなかった。
いつものように俺が祈っていると、それを邪魔するかのように招かれざる来客がやってきた。
その二人組は、抵抗するウリアを引きずって屋敷へ入り、祈りを捧げる俺の元にやってきた。
そいつらは、グロノス族の生き残りだと自分たちのことを訴えた。
「王族のカスが、のうのうと死ねると思うなよ!」
「おやめなさい! 彼の先祖がしたことと、あなた方が暴力を振るうことには何の関係もありませんわ!」
「俺の先祖は王族に凌辱されたんだ! だったら、お前の女を俺たちで犯してもいいってことだよなぁ!」
「やめなさい!」
女の着ている服を剥いで、男たちは嘲笑った。
「恥を知りなさい!」
「全裸で凄まれても怖くねえよ。たっぷり恨みを返してやるからな」
「刷り込みよ! あなたの先祖がされたことを、あたかもあなたが受けたかのように錯覚している!」
「てめえは股を開いて謝ってりゃいいんだよ」
「やめて!」
力ずくで股を開かれ、女が初めて涙を流す。
瞬間、男たちが弾けたように笑い、俺の存在など忘れて行為に没頭しようとした。
俺は王族として、最後に死に場所を得たような気がした。
「ありがとう」
「はぁ?」
俺は迷わず力を行使する。
身体がひび割れ、砕けていくが、それで構わないと思った。
俺は男たちの時間を巻き戻していく。
大人から子供へ、子供から赤子へ。
罪を背負わずに済むように。
やり直すだけの時間を与えよう。
「レギ……! やめてちょうだい! あなたの身体が……!」
やめるわけにはいかない。
先祖の呪いに心を侵された男が消え、赤子が残る。
それから、悲鳴を聞きつけたのか衛兵らしき者たちがやってきて、事情を聴いて赤子を預かっていった。
俺の身体はひび割れたが、気づくと戻っていた。
どうして、あのまま崩れなかったのか。
理由は女神にしか分からない。
それは、俺に与えられた祝福だったのか、彼女に与えられた救いだったのか。
残された時間、彼女を守って命尽きよう。
ルナリアに祈りを捧げる。
後悔と、謝罪と、祈りを……。
「レギ」
女に抱きつかれる。
震える肩を抱いて、慰める。
自分にそんな資格がないことは自覚しながら。
俺はただ、彼女からもらった温もりを返したいと思っていた。
眼球さえ崩れ、視界は不明瞭だ。
しかし、今のこの姿を直視しなくて済むというのはありがたいことだった。
街を歩けば石を投げられ、悪の烙印が押された俺に救いの手など降りてこない。
どれくらいの時を過ごしたのか。
いつの間にか従者だったはずの二人は視界から消え、俺の前に現れなくなった。
俺も、どこかで朽ちることが出来たなら、そんなに幸せなことはない。
ただ、それが過ぎた望みだということは理解している。
時間を操り、自覚的に他者を不幸にして踏みにじっていた。
そんな俺に、救いが訪れることなどないのだ。
ただ永遠に彷徨うだけ。
こんなことに何の意味があるのかは分からない。
ただ、俺が存在することで、見せしめとしての効果は期待できるだろうと思う。
だったら、どんなものにも価値はあるということだ。
こんな俺にさえ価値があるのだから、この世に無価値なものなどない。
身勝手に奪っていいものなどない。
そんな当たり前のことにすら思い至らなかった。
何も知らず、知ろうともしなかった、無知の王。
早く俺を消してくれ。
どうすれば、終わる――
「……見苦しい。これがかつての陛下の姿とは」
そんな風に、声が掛かった。
「ウリアお婆様が仰ってたわ。コレがいる限り、我が家の汚名が雪がれることはないと」
高飛車な物言い。
どこか、記憶の彼方にこんな話し方をする者が居たような気もするが。
「ミイラ。ゾンビ。魑魅魍魎。何でもいいけれど、そんなものが国を彷徨ってるというのに、どうして皆様は無関心なのかしら。お目汚しになるから、私が屋敷で飼ってあげるわ」
そんな強引な宣言と共に、俺は女に飼われることになった。
女は俺に水を与え、食事を用意し、何を着ても朽ちるというのに、ボロ布を与えてくれた。
女は、俺に祈る時間を与えた。
それは、ただ彷徨い続けるだけの俺が、決して得られなかった時間だった。
「反省し、謝罪し、心から祈るの。そうして、安らかに眠りなさい。あなたはもう十分彷徨ったと私は思うわ。他の皆様のことは知りませんけど」
女の言う通り祈りを捧げるにつれて、呪いは少しずつ、ホンの僅かずつ、薄れていった。
だが、女が俺を屋敷に招いた時から、女の屋敷は静かになってしまった。
「薄情よね。私、パンの焼き方も知らないのに一人にされてしまったわ」
女は、俺の為に全てを失った。
そして引き換えに、俺は腐食の呪いが解け、崩壊していた身体が徐々に戻ってきた。
砕けていた眼球が、皮膚が、少しずつではあるが、戻ってきたのだ。
女は、ウリアによく似た顔立ちをしていた。
彼女の血縁のものだろうか。
時代は移ろい、俺の知らないものばかりが世界に溢れていた。
女が俺を消したいと言った理由が分かった気がした。
今の時代に、俺という旧世界の遺物は存在してはならないのだ。
人類が次のステップへ駒を進める為に。
俺という存在はもう、消えて構わないのだと。
女神に許されたような気がした。
俺はこのまま、女の家で滅びを迎える。
それは、何もかもを失うべくして失った俺にとっては、優しすぎる結末に思われた。
しかし、そんな終わりが俺に許されるはずもなかった。
いつものように俺が祈っていると、それを邪魔するかのように招かれざる来客がやってきた。
その二人組は、抵抗するウリアを引きずって屋敷へ入り、祈りを捧げる俺の元にやってきた。
そいつらは、グロノス族の生き残りだと自分たちのことを訴えた。
「王族のカスが、のうのうと死ねると思うなよ!」
「おやめなさい! 彼の先祖がしたことと、あなた方が暴力を振るうことには何の関係もありませんわ!」
「俺の先祖は王族に凌辱されたんだ! だったら、お前の女を俺たちで犯してもいいってことだよなぁ!」
「やめなさい!」
女の着ている服を剥いで、男たちは嘲笑った。
「恥を知りなさい!」
「全裸で凄まれても怖くねえよ。たっぷり恨みを返してやるからな」
「刷り込みよ! あなたの先祖がされたことを、あたかもあなたが受けたかのように錯覚している!」
「てめえは股を開いて謝ってりゃいいんだよ」
「やめて!」
力ずくで股を開かれ、女が初めて涙を流す。
瞬間、男たちが弾けたように笑い、俺の存在など忘れて行為に没頭しようとした。
俺は王族として、最後に死に場所を得たような気がした。
「ありがとう」
「はぁ?」
俺は迷わず力を行使する。
身体がひび割れ、砕けていくが、それで構わないと思った。
俺は男たちの時間を巻き戻していく。
大人から子供へ、子供から赤子へ。
罪を背負わずに済むように。
やり直すだけの時間を与えよう。
「レギ……! やめてちょうだい! あなたの身体が……!」
やめるわけにはいかない。
先祖の呪いに心を侵された男が消え、赤子が残る。
それから、悲鳴を聞きつけたのか衛兵らしき者たちがやってきて、事情を聴いて赤子を預かっていった。
俺の身体はひび割れたが、気づくと戻っていた。
どうして、あのまま崩れなかったのか。
理由は女神にしか分からない。
それは、俺に与えられた祝福だったのか、彼女に与えられた救いだったのか。
残された時間、彼女を守って命尽きよう。
ルナリアに祈りを捧げる。
後悔と、謝罪と、祈りを……。
「レギ」
女に抱きつかれる。
震える肩を抱いて、慰める。
自分にそんな資格がないことは自覚しながら。
俺はただ、彼女からもらった温もりを返したいと思っていた。
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