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罪と罰、崩壊の始まり※王子視点

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「なりません! ジュン・アルガスは腹違いの弟君ですぞ!」
「ああ、そういえばそうだっけか」
「亡きお父上の手紙を読まれたでしょう!」
「うーん……。そうだったか?」
「読・ま・せ・ま・し・た! 朗読もしました! ジュン王子は陛下に何かあった時の為の保険でもあります。どうか、彼のことはお構いなく。婚約者の一件は私に任せていただきたい!」

 宰相ジュリオ。頭がお固くて話しが長くなりがちなのが玉に瑕だが、敵に回したくはない男である。と同時に、真っ先に始末したい男でもある。

 ジュリオがいなければ政は全て停滞するが、僕が遊ぶためにはこの常識人の宰相は邪魔すぎる。

 誰か、宰相に代わるまとめ役はいないものかねぇ。

 そんなことを思いながら王宮内を歩いていると、でっぷりと腹の肥えた大臣が暗がりから近づいてきた。

 こいつは財務大臣と法務大臣を兼任しているエレブーだ。
 ジャラジャラと悪趣味な指輪やネックレスに加えて、似合わないロザリオを首から下げてるのが見苦しい。権力に媚び過ぎて権力に取り込まれた豚。それがエレブーに対する僕の評価である。

「どうしたエレブー。僕に媚びたいって考えが顔に透けてるぞ」
「ぐふ、陛下は相変わらず私に手厳しい。ですが、陛下好みの令嬢をメイドに落として宮廷に入れたのは私ですぞ。少しは感謝していただきたいものですが」
「金でも権力でも好きにやるよ。その代わり、僕の為に働いてくれるんだよな?」
「無論にございます。頭の固い宰相と違い、私は柔軟に知恵を巡らせることができますから」
「そうか。ところでお前、宰相の椅子に興味はあるか?」
「ほ?」

 エレブーのニヤつき顔が止まる。

「陛下、今なんと?」
「お前が宰相の椅子に座ったら、僕の為に働いてくれそうだなと思ってな」
「おおおおおおお! 陛下! それは無論、誠心誠意、粉骨砕身の思いで働かせていただきますとも! 私は、何をすれば宰相の椅子に座れるのでしょうか!?」
「ジュン・アルガスの――」
「抹殺にございますね!? お好みの暗殺方法は――」
「毒だ。あいつにだけ仕込めるのが欲しい」
「いいですとも! 壁紙業者に化けて奴の事務所の執務室へ毒を仕掛けましょう!」

 なんだやる気満々じゃないか。

「やってくれるか?」
「無論! 無論です! 陛下、ところで我が孫娘であるウリアとの婚約の件は……」

 ああ、そういえばそんな話しもあったか。

 ウリアは……。協力してくれる時もあるが、勝ち馬に乗るところがあるんだよな。
 あいつ、前回は僕と婚約を解消するとか言ってた気がするし。

「孫娘に不満があるのでしょうか? 何なら、強力な媚薬を用意いたしますが。薬がなければ生きていけないようにすれば、あの娘も陛下の虜でしょう」
「お前は最低な祖父だな。ウリアは純粋で無垢なところが癒しなんだ。何でもかんでも壊して支配するようじゃ真の幸福は得られないぞ」
「……ほっほ。これはこれは、陛下に一本取られましたな。ではウリアの件は保留ということで」
「そうだな。気が向いたら、最低でも第二妃にはしよう」
「正妻にしていただきたいのですがねぇ」

 この業突く張りのジジイめ。

 僕はエレブーの胸ぐらを掴み、彼を軽く近くの柱に叩きつけた。
 そして、ドン、と柱に手を置く。

「黙って僕に従えよ。逆らったら豚小屋に入れるぞ」
「ブヒィ……た、大変な失礼を」
「分かればいいんだよ」

 こいつ、働くのは働くけど底の抜けた瓶のような男だかな。
 釘を刺しておかないと玉座まで狙いかねない。

「陛下、母君がお呼びです」

 エレブーと別れて執務室に戻れると思ったら、今度は母の呼び出しがあった。
 彼女に呼ばれるのは珍しいなあ、と思う。

「何の用事だろう?」

 母の伝令から口頭で呼び出しを受けたレオンが首を傾げている。

「何年も政務から離れていた太后様から呼び出しとは、珍しいですね」
「だからその意味を聞いてるんだよ。なんか厄介な話じゃないといいけどな」

 二人で母、エレノアの部屋の前に行くが、レオンは護衛として部屋の前に残る。

「ごゆっくり、親子水入らずの時間を楽しんでください」
「どうせ小言を言われるだけだろ」

 扉を抜けて来客用の二人掛けのテーブルについていた母の元まで向かう。
 メイド――カレンが居て、ドキリとしてしまった。

 母にバレてるわけがないんだけど、彼女は何回も僕が手をつけたメイドだ。

 悟られることのないよう、なるべく視線を合わせないようにして椅子に座った。

「久しぶりね、レギ」
「ああ、母上も壮健そうで……」
「あなた、カレンがお気に入りなの?」
「へ?」

 いきなり尋ねられて、うまく返しが思いつかない。
 カレンはキョトンとして何も分かってない顔だ。

「ねえカレン、少し席を外してくれるかしら」
「……はい。では紅茶を淹れてから」
「いいから、出ていってちょうだい」
「はい! 申し訳ありません!」
「あら、あなたに不満はないのよ? でも、たまには息子の淹れるお茶も飲みたいと思ってね。このことは内緒にしてちょうだい」
「はいっ」

 茶目っ気を出して母が微笑むと、安心したのかメイドは部屋を出た。

 そして、僕と母上の二人だけが取り残される。

「……どうして、僕がカレンに目をつけたと分かったんだ」
「分かるわよ。カレンが不在の時に限って、力が働いていたから。あなたが良からぬことをしていたのは分かっていたの」
「なんで……」

 この力は、父上と僕だけが使えるものじゃないのか?

「私には力を使うことなんてできない。それでもね、夫がずっと力を使っていた影響からか、分かるのよ。どれくらいの規模で、どれだけの力が働いていたかは」

(……クソ、面倒なことになった。時間を戻して全部なかったことにしてやりたいくらいだ)

「もう力を使うのはよしなさい。もって、あと一回というところよ、あなた」
「何の話か分からないよ母上。僕は力を完璧に使いこなせている。父上と違って身体が灰になるようなことはないよ」
「……そう。私の夫はあなたの教育を失敗したのね。身を挺して息子を蘇らせた結果がこのザマなんて、賢王らしくない最期だったわね」

 さっきから話しが噛み合わなくてイライラする。
 昔からそうだ。父上も母上も、僕に分からない難しい話をして、二人で勝手に納得した顔をして……。

 そんなに馬鹿で頭が回らない息子を嘲笑するのが好きなのかよ……。

「説明をする気がないなら部屋に戻らせていただきますが。僕は王なので、遊んでいる時間はないんです」
「……そう。じゃあ、噛み砕いて話すわ。神様の力っていうのは、どんなに小さな力でも使えば必ず代償を求められるものなの。それを、あなたは今日まで一度も支払ってこなかったのよね」
「そうだけど、それの何が問題なの? ていうか、僕は父上と違ってあまり大きな力は使ってないし。せいぜい時間を十分とか二十分とか巻き戻してただけだよ」
「時間を巻き戻すなんて大層なこと、恐ろしくて夫は一度もしてこなかったわ。そんなありえない奇跡、使えば身体の一部を持って行かれてもおかしくない」
「だから! それは母上たちの認識でしょ!? 僕には特別な才能があるんだよ! ほら、この身体はこんなにも綺麗だ。何も代償なんて支払ってこなかったからね!」
「違うわ。代償は警告。女神ルナリアはあなたに警告を与えてないの。これがどんなに恐ろしいことか分からないの?」

 母親っていうのは、昔からこうだ。
 子供を怖がらせる話ばかりして、恐怖で支配しようとする。

「そんなに僕を疑うなら見せてあげるよ、ほら!」

 思いきりティーカップを叩きつけて割ってやる。
 それから、僕はティーカップに対して力を行使した。

「やめなさい!」
「母上が分からず屋だからだよ。ほら、何とも――」

 サーっと、元通りになったティーカップに砂糖を入れる音がする。

「え?」

 ……違った。これは、砂糖を入れる音なんかじゃない。
 僕の手が崩れて、灰化していく音だ!

「うあああああ!?」

 修復したばかりのティーカップを落として割ってしまう。

 でも、母上が僕を叱ることはなかった。

「手が……! 僕の手が、崩れて……!」

 手がひび割れてる。崩壊は止まったけど、パラパラと崩れた表面は元に戻らない。
 ひび割れた皮膚の下は黒ずんで、まるで火であぶられたような肌になっていた。

 僕の、王族の白く透明な肌が……。

「恐ろしい。どれだけの悪事を重ねたのかしら。ルナリア様はお怒りよ。教会へ行ってルナリア様にお祈りと懺悔を。それから、二度と力を使うのはよしなさい。あなたは命を落とすことになるわ」
「何で……。王様の為の力じゃないのかよ! こんな罠みたいなの理不尽じゃないか!」
「王の力は民を護る為の力。ルナリア様は王国の民を思って、王家に力を繋いできたの。私利私欲の為に使うべきものではなかったというのに……」
「ちゃんと教育してくれなかった父上が悪いんだ!」

 バン、とテーブルに八つ当たりしてしまう。
 右手に激痛が走って、僕は呻いた。

「とにかく、教会へ行きなさい。大司教にお願いして、ルナリア様と対話を試みるの。誠心誠意謝って、心を入れ替えれば、チャンスをいただけるかもしれないわ」

 ――昨日まで全部上手くいっていたのに。

 父上が僕に教育しなかったせいで。

 分かってたら、ちゃんといい王様を演じてたんだ!

 恐怖に震えながら、僕は崩れ始めた身体を抱いて部屋を後にした。
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