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短編

父母①

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 娘が二人、家に戻らなくなってから、妻のシェリーは私に噛みついてくるようになった。ジェシカが家を出たのは私が彼女を顧みなかったからだとか、ティーナが戻らないのはこの屋敷の空気が悪いからだとか。

 妻は、神経質に「来月はジェシカの誕生日があるのよ」と呟いて、私に不満をぶつける。

 だが、そんなもの、「最後に心から祝ったのはいつだったのだ」と言ってやると、何も言えないようであったが。

(……虚しいな)

 ジェシカは知恵の巡りが良く、その気になればどんな問題でも解ける娘だ。
 正直、私はその優秀さに甘えていた。

 ジェシカがその気になれば、ティーナの心を理解し、彼女を正しく導くことだって出来たはずである。それでいながら、怠惰に、妹にされるがままに生き、家族との関係を全く改善しようとしないジェシカの態度に、私は不満を持っていた。

 そうして親としての責任を放棄し、妹であるティーナだけを甘やかし、いつか姉であるジェシカが解決するだろうと上がりを決め込んだ結果、ジェシカは家を出た。

 娘が私たちの手元を離れたことは、当然の帰結だったのだろうな。

 後悔など、何の解決にもならないことは理解している。
 人間は、後悔している間は決して前に進めないことを、私は長い人生のなかで知ったつもりだった。

 だが、それでも……。
 そうだとは理解しながらも。
 夢に見るのは娘たちが揃っていた生活の風景だ。

 取り戻せないからこそ、何度も頭のなかで再生しては、噛み締める。

 味気ない食事を済ませて、ソファに埋もれた私は、書斎に上がることさえ億劫な程、疲れ切っていた。

 憔悴した妻を見つめることと、書斎に引きこもって夢想に耽ることでは、どちらが有意義だろう。

 そんなことをボンヤリと考えていると、妻が口を開いた。

「あなた、あの子達は幸せに生きているのかしら」

 感情を出し尽くし、怒ることさえなくなった妻が、ポツリと呟く。

 男の私と違い、身体を痛めて彼女達を生んだ母親に、本当のことを伝えるのははばかられた。
 だが、その無言の時間こそが、彼女への雄弁な答えとなってしまっていた。

 我々がいなくとも、彼女たちはアルトの屋敷で幸福に暮らしているのだろう。

「無責任だけど、それなら、私達も娘のことは忘れて、現状に見合った幸せを目指すべきかもしれないわね」
「……久しぶりに外でも歩いてみないか」
「それもいいかもしれないわね」

 社交界では面白半分に私たち夫妻が養子を取るだとか、そんな話も出ているようだったが。
 一度、喪失を味わった私達に、今さらになって子供を受け入れようという考えはなかった。

 夫婦二人でつつましく。社交界とも距離を置いて隠居しよう。
 言葉には出さずとも、私達は夫婦である。
 腹の内を読めない時もあるが、今はお互いの考えがそれとなく理解できた。

 私達は、子供を幸せにできる器ではなかった。
 そこだけは、認めざるを得ないことだった。
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