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愚昧

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「ティーナ……。頭のいい貴女が、どうしてこんな馬鹿なことをしたの?」

 私を悪者に仕立てるだけで、その先がない。
 彼女にしては杜撰ずさんすぎる計画。
 正直、何がしたいのか分からない。

 問い詰める私の言葉に、隣に並ぶアルトが言葉を重ねた。

「君は、姉に構って欲しかっただけなんじゃないか?」

 アルトが続ける。

「僕も、ジェシカに構って欲しいから気持ちはよく分かる。だけど、こんな、彼女を傷つけるようなやり方で関わっても、自分が辛い思いをするだけだぞ」
「うるさいわね。私はあなたと違って、もう後がないのよ。だから、今、この一瞬だけでも、お姉様に私を焼きつけることが出来たのなら、それで構わないの。満足なの」
「それ、どういう……」

 尋ねると、ティーナが胸を抑えて蹲る。

「はぁ……はぁ……」
「ティーナ? 顔色が優れないよ」
「ふふ、胸が苦しいわ。私はね、病に掛かったのよ。どうせ長生きはできない。だから、ジェシカ姉様の幸せを全部もらうことにしたの。姉様は長く生きられるんだから、全部妹の私に譲るべきでしょう?」
「聞くに堪えんな。我々王族は神よりこの国を預かっている。そして、お前たち貴族は我々の権能を部分的に預かっているに過ぎん。我々が虚偽の証言を行うというのは、統治者としての正当性を毀損する行いだ。あー……前置きが長くなったが、ティーナ、お前も死んでくれ」

 顔色の悪いティーナが騎士に腕を掴まれる。

「ティーナをどうするんですか?」
「レンと同じ所へ送るのがいいだろう。離別するまで婚約者だったのだからな」
「そういうことか。だったらもう、ここでお別れね」

 青白い顔で、ティーナは薄っすらと笑っていた。

「ティーナ……。あなたはこれで良かったの?」
「もう、十分だよ。久しぶりにお姉ちゃんと遊べたから」
「なにそれ。本当にそれだけの理由で……」
「私のことを忘れないでね、お姉ちゃん」

 ティーナが連れていかれる。

 ああなって当然の馬鹿な妹だったけど、私はとっさに馬鹿な妹の腕を掴んでいた。

 第一王子が意外そうに瞬きした。

「ん? どういうことかな?」
「率直に申し上げるとですね」

 心底、馬鹿な発言をしてしまうという自覚はあるが、

「ティーナは妄想と現実の区別がつかない、馬鹿な妹なんですよ。だから、嘘はついていないのだと思います。少し、周りとずれているだけで」
「ほう、つまり嘘はついていないと。そんな詭弁で彼女を見逃せと?」
「ジェシカ、何を馬鹿なことを……」

 アルトが止めるのも当然だ。

 でも、お姉ちゃんなんて呼ばれて、何もしないでいるのは私には無理だ……。

「お願いします。馬鹿な妹を許してあげてください。二度と社交界には顔を出させませんから」

 頭を下げる。

「ふ……ふっふっふ。そうか、そういう娘だったか。ここ数年、互いの足を引っ張りあう姉妹など飽きる程に見てきたが、これは面白い催し物を見せてもらった。アルト、彼女のことだけど、俺に譲ってもらえないかな」
「絶対に譲らない。例えここで命を奪われようとジェシカは譲らない」
「……だろうね。まあ、そういうことならいいよ。他でもない君が許すと言うんだ。外野である我々に口を出す権利もなかろうよ」

 ……はぁ。
 なんとか生還した?
 本当に馬鹿な妹だよ。
 ティーナの頭を思いきり叩く。

「痛いっ」
「アルト、悪いけど陛下への挨拶が済んだらこの子、一緒に連れ帰っていい? 馬鹿すぎて、ちょっと怖いから」
「それまでレインに預けるか。構わないか、レイン?」
「大いに構うところですが、アルト殿は私を託児所か何かと勘違いされているのですかな?」
「そんなこと言って、コレット達のことは愛してるだろう。頼む」
「頼まれました。行ってらっしゃいませ、アルト殿」
「しっかり陛下に挨拶してこいよ」

 団長と当主様に見送られる形で、陛下の元へ。

 一連のやり取りを眺めていた陛下は、私達が謁見すると「良い姉だな」とだけ感想を呟いた。

 達観しすぎていて、動じない羊のような印象を与える方だ。

「陛下、私、アルト・エドワードは、ここにいるジェシカ・グレイス嬢と婚姻を結びたく存じます」
「ジェシカ嬢も同じ気持ちか?」
「はい。私もアルト・エドワードを夫にしたいと願っています」
「ふむ、よいぞ。夫婦で共に王国へ仕えるがよい」

 陛下への挨拶はあっさり終わってしまった。
 本当に聞いてくれてたのかな、と思う程だけど、帰り際に従者の方から金貨の詰まった革袋を渡されて……。

「あの、これは?」
「陛下からのご祝儀です。どうぞお納めください」

 そんなこともあったりして。王族って貰うだけじゃなくて分配もするんだなって、思ったりした。

 現実を見ていないような、ボーっとしたティーナを連れて、私たちは帰る。

(……裁けなかったな)

 馬車の中。
 隣に座るティーナの手を掴んで。

(どうして手放せなかったのかな)

 なんて、考えてしまうけれど。

 ティーナの手を引くと、素直に甘えてくる。
 もっと早くこうしておくべきだったのかもしれない。

 思ったより、私もお姉ちゃんだったんだなって結論づけた。
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