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91 エルフ再び

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 俺はタトナスとして建国するに辺り、まずは殺めてしまった守備隊6000を『不死の軍勢エインヘリャル』のスキルで蘇生することにした。これは一度殺されても自動で蘇生する不死の戦士を生成するスキルであり、個々の戦力は蘇生前と変わらないが、対人間の戦力としてはそれなりに期待できると思っている。

 彼らは蘇生当初は俺に反発していたが、逆らった罰として女体化して一人ずつ分からせてやったところ、今では帝国への忠誠を忘れ俺に尽くすようになってくれた。俺が新たに『創造』した城塞都市『セントラル』で暮らしながら、日々訓練に励んでくれている。有能な戦士は『眷属』として少しずつ取り立てているので、今後が楽しみだ。
 その他、俺はローネシアの情報を元に戦姫とも接触し、個別に『禁則』を解いて仲間に加えている最中でもある。今のところ俺に協力してくれた戦姫は十七名程になる。時間は幾らあっても足りないが、『時間停止』で強制的に捻出している状況だ。

 あとは……ジュリの配下である三将軍と、知性ある魔物達が10万ばかりも手勢に加わっている。
 そしてジュリが永い年月をかけて制作してきた魔人が100万程、魔帝国の民として暮らし始めている。

 勢力的にはラムネアの人口数が300万前後だったので、国家というより小国以下の連合のような規模になってしまっている。ブルーム共和国やラクシア帝国などがそれぞれ1000万近い人口を抱えていることを考えると、心許ないというレベルではないだろう。
 しかし、こちらには一国と同じレベルの戦力を持つジュリや、破壊神さえ上回る死神シトがいる。何より、6000の守備隊を一瞬で消滅させ、各都市の守りの要である結界さえ破壊する俺がいるからな。戦力としては負けてないと思いたいが、マグマシードを開発した技術力や未知の幻想級アイテムの存在、そしてプレイヤーが各国に加担する可能性を考えると、楽観もしていられない状況だ。早急に国力を増して生き残れる国家を築きたいと思う。

 それと並行して、目下マグマシードの生成技術は早急に押さえておきたいところだな。

(一度タクマに戻って勇者への支援要請が届いてないか確認してみるか)

 俺が仮面を外してタクマに戻ろうと思っていると、シトからタイミング良く――あるいはタイミング悪く連絡が入った。

 エルフの森で何やら動きがあったらしい。

『エルフの男達が交渉に来てます』

 怜悧だが、若干幼い声が聞こえる。
 監視を任せていたシトからの念話だ。

『何を交渉してるか分かるか?』
『分かりません。マスターが判断してください』

 自分で考えたのか、新しい呼び方をしてくるシトだ。
 まあ、何と呼ばれても別に構わないが。
 所詮は俺の造り出した道具だしな。
 好きに呼ばせてやろう。

『女エルフが襲われそうだったら介入して助けてやれ。俺は忙しいから切るぞ』

 詳しい情報は後から聞こう。

『……分かりません』
『ん? だったらメルアか族長の指示に従ってくれ』
『分かりません!』

 怒ったような口調で言い、念話が切られた。

 ――何かを間違ったという感覚がある。

 しかし、今優先すべきはプレイヤーへの対処と建国準備の方で……。
 いや、本当にそうなのだろうか?

 思えばシトのことは召喚してから長らく放置し、道具として扱ってきた。
 だが、今しがた聞いた声には、確かな感情があった気がする。

(今行かないと不味いことになるかもな)

 俺は自分の直感を信じ、ペルソナの仮面を外すとエルフの森へ向かった。恐らく広場の方に集まってるだろうと思い、困惑しつつ移動する。

 そして、あまりの惨状に声を失ってしまった。

「うああああぁぁぁ……!」

 吠えているのは死神の面を被ったシトだ。
 彼女は集落に来ていた男エルフを片っ端から斬り、殺した後も執拗に鎌で切り刻んでいた。

「やめてくれぇ! 俺達はただ交渉に来ただけでぇ」

 絶望し懇願するエルフが大鎌に切断され、その首が地面に転がる。

 村の広場にはエルフの女性や族長の姿もある。
 そしてメルアもその中にはいたが、言葉を失いただ惨状を見守るだけになっていた。

 俺は『ヒュプノス』を発動させ、エルフの女達を眠らせた。

「シト」

 呼びかける。これで無視をされたらシトとの契約は解消し、二度と顔を見ることはなくなると思う。しかし、シトは親に叱られた子供のようにビクリと震え、動きを止めた。

「仲間の仇だぁ!」

 生き残っていた男エルフが『エアブラスト』という魔法を放ったので、俺は『時間停止』で時を止めてやる。そして、シトと向き合った。もし俺に反意があるならこの時点で仕掛けてくるはずだ。時間停止中、俺の戦力値は500にも満たない。シトがその気になれば容易く首を取れるはずだ。

 様子を見るが、彼女が仕掛けてくることはなかった。
 暴走はしたが逆らう意思はないと言うことか。

 ……いや、厳密には暴走とも呼べないな。
 俺の命令には忠実に従っていた。
 恐らく、メルアか族長に男エルフを殺せと言われたのだろう。

 静止した男エルフの頭を掴んで『掌握』したところ、狩りに出ていた女エルフの姉妹を捕らえ、人質にして交渉をしてきたようだった。だが、記憶を見る限り交渉は決裂したようだ。

「シト、俺と来てくれるか」

 コクリとシトが頷く。

 俺はシトの持っていた『テレポート』のスキルを削除し、代わりに『転移』を与えた。『テレポート』はシステムの都合上『転移』の派生スキル扱いになっているので、同時に取得させることはできないのだ。

 さて、男の記憶を頼りに『転移』可能なようだな。

 『転移』は一度行ったことのある場所にしか飛べないが、『掌握』で記憶を共有すれば飛べるらしい。

 男の記憶を頼りに辿りついたのは薄暗い建物だった。
 そこにメルアと同年代くらいのエルフが二人おり、今まさに片方が犯されようとしている場面になっている。

(……間一髪だったか)

 一人の少女が下半身を丸出しにした複数の男エルフに掴みかかられ、首領らしきエルフに腕を掴まれたもう一人のエルフが必死にそれを止めようとしていた。

 見たまんまだが、エルフの少女が二人囚われ、片方が犯されようとし、もう片方がそれを止めている場面らしいな。まったく、とんでもない屑共だ。

 俺はひとまず女エルフ二人の時間停止を解いた。

「いやぁぁぁ!」
「妹に触れないで! お前ら絶対殺――え?」

 囲まれていた少女が悲鳴を上げ、首領に捕まっていた少女が灰色の世界を見て驚く。

「ルナ、落ち着いて。皆止まってるから!」
「アリア……私……」
「もう大丈夫。この人達が助けてくれたのよ」
「あなたは……勇者……様?」

 以前、俺が村に来た時に話した覚えはなかったが、二人の方は俺を覚えていたらしい。

 深々とお辞儀してきた。

「あの、ルナのことを助けていただいてありがとうございます。この子は私の妹なんです。それで、同盟の件はなくなったと聞きましたが、どうしてここへ?」
「まあ、成り行きでな。詳しい話は後だ。村へ戻ろう。シト、一人を頼めるか?」
「……分かりました」

 四人で集落へ戻る。死体のあった広場は避け、村の近くに『転移』した。

「すまないが、今は時を停止させてある。この状態で情報収集をしたいから、少しだけ待っていてくれるか。十五分で戻ってくるから」
「お待ちしています。偉大なるタクマ様」
「このお礼は……必ず」

 二人を置いて広場へ戻る。

 俺はエルフの男達から情報を抜き取り、生きている者は縄で繋ぎ、死んでいる者については首領達のいたアジトへ『転移』させた。殺したのはこちらだが、人質を取って脅迫してきたのは向こうだ。死体の始末までしてやる義理はないと思った。

「さて……」

 ある意味、ここからが本題だ。

「シト、なんであんな風に暴れたか教えてくれないか?」
「……分かりません」

 そうか、分からないか。なら次から気をつけてくれ、解散。
 とは流石の俺もならない。

 シトは最高戦力だが、不安が残るならもう使わないことも考えないといけない。

「もしああいう状況が続くなら……」
「ごめんなさい」

 涙声になっている。俺はシトに近づき、彼女の仮面を取った。
 すると、彼女はクシャクシャになった顔で泣いていた。

 今に至って、俺はようやくシトが感情を持って生きているということを実感した。

(……最初からミイナやレイナと同じように扱うべきだったのか)

 この世界には、カルマオンラインの時代に見かけたキャラがいる。例えば勇者や魔王、聖女や姫などだ。
 しかし、ここで生きている彼ら、あるいは彼女達のことを、俺は単なるデータの塊だとは思ってない。

 抱えるバックボーンは同じでも、生き方や考え方、性格などもそれぞれ原型を離れてしまっているからだ。
 それは生きていれば当然起こり得る変化を受け入れた結果であり、確かな命であることの証明だった。

 シトも元々のゲームの仕様に準じて現れた魔物だが、その身体には命が宿っているんだな。
 ゲームで見かけた死神に心はなくとも、ここにいるシトには親の愛を求めるような繊細な心が芽生えているのだから。

 シトは謝ってきたが、謝るのは俺の方だった。

「ごめんな。ずっと一人にして、シトの気持ちを考えない俺が悪かった」

 ギュ……とシトの肩を抱く。
 頭を撫でてやってようやく理解した。
 彼女には召喚される前の記憶自体が存在していなかった。
 いわばシトは俺の娘であり、俺は生まれてまもない彼女を森に縛り付けた酷い毒親になる。

 俺は彼女の保護者になるべきだった……。
 これからはなるべくそばにいてやろう。

「もう一人にはしない。だから、一緒にいてくれるか?」
「ん……」

 というわけで、シトのことは傍に置いておくことにした。

『これで一件落着じゃな。相手が人であれ魔物であれ、娘を扱うからには大事にせんといかんぞ』

(そういえばお前も居たのか)

『私も見てるから! ね、早く戻ってきてよ。エルフの問題はエルフに片づけさせればいいでしょー? トワがさ、職務放棄してるってジュリに怒られて大変なんだよ? タクマとジュリを結ぶ連絡係なのに温泉入ってたから自業自得なんだけどさー』
『ああ、適当なタイミングで帰るから……』

 あっちこっちで人間関係のトラブルが発生してるな。
 ひとまずエルフの案件は今日の内に解決したいところだ。
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