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72 新領主着任(上)
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俺は領主としての挨拶周りを決行することにした。
やるべきことは多いが、一つ一つ片づけていかなければならない。
領主の屋敷のあるアルバトロム領の中心都市、ベルガは、その日集まった大勢の領民達で交通が麻痺する程の賑わいを見せていた。
俺の姿を一目見ようと、多くの領民が集まってきたようだ。
ベルガでは有力な商人達が領民会議という会合を開いており、領民側の意思決定機関として役割を果たしているらしい。前任の領主であるアルジャンは領民会議を目の敵にしていたようだが、俺からすればありがたい試みだと思う。
ある程度、勝手に領民側の方で要望なんかを取りまとめてくれるんだからな。
いちいち聞いて回る手間が省けるというものだ。
俺は領民会議のメンバーを領主の屋敷に招くことにしたのだが、俺がカナミ、アリシア、トワを連れていくと、既にメンバーの者が待ち構えていた。
「遠いところをお越しいただきありがとうございます、我らが領主よ」
声を掛けてきたのは若い娘だった。
まだ十七歳くらいか。胸は少し薄いが可愛らしい顔をしている。
日本にいた頃の俺と同年代だが、その瞳には気迫があった。
他の中年商人達も彼女には全幅の信頼を寄せているようだった。
まるで救国の聖女のようなカリスマだ。
「悪いな、突然来ると言い出して。それと出迎えについても感謝する」
「いえ、タクマ様は危険な行商路の魔物を狩ってくださりました。そのお陰で、我々も大変商売がしやすくなっています。まずはこの場を借りて感謝の言葉を伝えさせてください」
「気にするな。俺が必要だと思って勝手にやったことだ」
「また、この街に冒険者ギルドを誘致していただいたことにつきましても、重ねて感謝の言葉を申し上げます。皆も一層安全に暮らせると感謝しております」
挨拶の内容は概ね好意的なものだったが、そこに明るい色は一切なかった。
まあ、彼女達が気を張ってる理由にも心当たりはあるのだ。
自分から振ってもよかったが、相手の話したいことを話させることで、まずは話を聞ける奴だとアピールしようと思った。
「……王都から近いとはいえ、民の安全を考えるならあった方がいいと思ってな」
俺の言葉に集まった領民達からも「優しい」とか「頼りになる」とかそんな言葉が聞こえてきた。実に気分がいいな。
本当のところは冒険者組合の会長に就任したラスクへの賄賂という意味合いが大きかったが、適当な嘘で誤魔化しておくことにする。まあ、建てる費用は俺のポケットマネーだから構わないだろう。
「それと、こんなことを就任したばかりのタクマ様に話すことは憚られるのですが……」
「失礼ですよ。領主様は長旅で疲れています。詳しい話は屋敷に入ってからでも良いのではないですか?」
厳格そうな女が出てきて質問を遮る。
「挨拶が遅れてしまい申し訳ありません。アルジャン公爵の退任後から領主代行をしておりました、秘書のロゼアと申します」
二十代後半、十八の俺からすると七つくらい上の美女が割って入ってきた。
綺麗な女だな。何度か手紙でのやり取りはしていたが、こんな美人が手紙を書いてくれていたとは知らなかった。丁寧に返事を返しておいて良かったな。おかげでアルバトロム領の現状も聞けたし。
「話は中で聞きましょう。どうぞ領主様、中へ。準備は整っております」
「失礼を承知で、皆がいるこの場で話を聞いて頂きたいと思っております。どうか皆の前で、領主様の考えを聞かせて欲しい。領民は限界を迎えています。乳飲み子が明日のミルクも得られず泣いているのです。商人である我々も手を差し伸べてきましたが、最早限界です。首を斬るならこの後でお斬りいただいても構いません。我々はその覚悟があって、この場に立っています」
「領主様、聞く必要はありません。着任して早々これでは足元を見られます」
トルニアの声に険が混じる。
「今まで散々足元を見てきたのはどちらだ……ッ! 収穫物の80パーセントも強奪され、どう生きていけと言うんだ……!」
え……。そんなに取ってたのか!?
って、そういえば手紙にも書いてあったか。
改めて領民の口から聞くと凄い重税だな。
彼女達がやり手じゃなかったら、とんでもないことになっていただろう。
「前任の領主であるアルジャンは、私腹を肥やして賄賂を贈ることに執心していた。その為、このアルバトロム領の税は他所よりも高く、我々の暮らしは貧窮しているんです。もし新体制でも税が改善されないなら、その時は……」
ああ、それで皆が痩せているんだろうな。
「怖れながら、領主様はアルバトロム領の税についてどうお考えですか?」
来た。これが核心の質問だな。
重税とは聞いていたし、どれくらい取れば採算が取れるかはロゼアが計算してくれている。俺は自分の考えを打ち明けることにした。
「そのことについてだが、いくらなんでも80パーセントの税は取り過ぎだと思う。俺が領主に就任したからには、これを30パーセントまで引き下げたいと思っているが、どうだろう」
おお……! とどよめきが走った。
「そ、そんなに引き下げていただけると!?」
「それと、三ヵ月の間は税を取らない。これは、アルジャンの屋敷から溜め込んでいた私財が見つかったことと、俺が魔王を迎撃したことによって国王陛下から特別の褒賞をいただいたからだ。皆、今まで辛かっただろうが、よく自分の命を投げ出さずに耐えてくれた。これからは、俺が皆の暮らしを支えよう」
やるべきことは多いが、一つ一つ片づけていかなければならない。
領主の屋敷のあるアルバトロム領の中心都市、ベルガは、その日集まった大勢の領民達で交通が麻痺する程の賑わいを見せていた。
俺の姿を一目見ようと、多くの領民が集まってきたようだ。
ベルガでは有力な商人達が領民会議という会合を開いており、領民側の意思決定機関として役割を果たしているらしい。前任の領主であるアルジャンは領民会議を目の敵にしていたようだが、俺からすればありがたい試みだと思う。
ある程度、勝手に領民側の方で要望なんかを取りまとめてくれるんだからな。
いちいち聞いて回る手間が省けるというものだ。
俺は領民会議のメンバーを領主の屋敷に招くことにしたのだが、俺がカナミ、アリシア、トワを連れていくと、既にメンバーの者が待ち構えていた。
「遠いところをお越しいただきありがとうございます、我らが領主よ」
声を掛けてきたのは若い娘だった。
まだ十七歳くらいか。胸は少し薄いが可愛らしい顔をしている。
日本にいた頃の俺と同年代だが、その瞳には気迫があった。
他の中年商人達も彼女には全幅の信頼を寄せているようだった。
まるで救国の聖女のようなカリスマだ。
「悪いな、突然来ると言い出して。それと出迎えについても感謝する」
「いえ、タクマ様は危険な行商路の魔物を狩ってくださりました。そのお陰で、我々も大変商売がしやすくなっています。まずはこの場を借りて感謝の言葉を伝えさせてください」
「気にするな。俺が必要だと思って勝手にやったことだ」
「また、この街に冒険者ギルドを誘致していただいたことにつきましても、重ねて感謝の言葉を申し上げます。皆も一層安全に暮らせると感謝しております」
挨拶の内容は概ね好意的なものだったが、そこに明るい色は一切なかった。
まあ、彼女達が気を張ってる理由にも心当たりはあるのだ。
自分から振ってもよかったが、相手の話したいことを話させることで、まずは話を聞ける奴だとアピールしようと思った。
「……王都から近いとはいえ、民の安全を考えるならあった方がいいと思ってな」
俺の言葉に集まった領民達からも「優しい」とか「頼りになる」とかそんな言葉が聞こえてきた。実に気分がいいな。
本当のところは冒険者組合の会長に就任したラスクへの賄賂という意味合いが大きかったが、適当な嘘で誤魔化しておくことにする。まあ、建てる費用は俺のポケットマネーだから構わないだろう。
「それと、こんなことを就任したばかりのタクマ様に話すことは憚られるのですが……」
「失礼ですよ。領主様は長旅で疲れています。詳しい話は屋敷に入ってからでも良いのではないですか?」
厳格そうな女が出てきて質問を遮る。
「挨拶が遅れてしまい申し訳ありません。アルジャン公爵の退任後から領主代行をしておりました、秘書のロゼアと申します」
二十代後半、十八の俺からすると七つくらい上の美女が割って入ってきた。
綺麗な女だな。何度か手紙でのやり取りはしていたが、こんな美人が手紙を書いてくれていたとは知らなかった。丁寧に返事を返しておいて良かったな。おかげでアルバトロム領の現状も聞けたし。
「話は中で聞きましょう。どうぞ領主様、中へ。準備は整っております」
「失礼を承知で、皆がいるこの場で話を聞いて頂きたいと思っております。どうか皆の前で、領主様の考えを聞かせて欲しい。領民は限界を迎えています。乳飲み子が明日のミルクも得られず泣いているのです。商人である我々も手を差し伸べてきましたが、最早限界です。首を斬るならこの後でお斬りいただいても構いません。我々はその覚悟があって、この場に立っています」
「領主様、聞く必要はありません。着任して早々これでは足元を見られます」
トルニアの声に険が混じる。
「今まで散々足元を見てきたのはどちらだ……ッ! 収穫物の80パーセントも強奪され、どう生きていけと言うんだ……!」
え……。そんなに取ってたのか!?
って、そういえば手紙にも書いてあったか。
改めて領民の口から聞くと凄い重税だな。
彼女達がやり手じゃなかったら、とんでもないことになっていただろう。
「前任の領主であるアルジャンは、私腹を肥やして賄賂を贈ることに執心していた。その為、このアルバトロム領の税は他所よりも高く、我々の暮らしは貧窮しているんです。もし新体制でも税が改善されないなら、その時は……」
ああ、それで皆が痩せているんだろうな。
「怖れながら、領主様はアルバトロム領の税についてどうお考えですか?」
来た。これが核心の質問だな。
重税とは聞いていたし、どれくらい取れば採算が取れるかはロゼアが計算してくれている。俺は自分の考えを打ち明けることにした。
「そのことについてだが、いくらなんでも80パーセントの税は取り過ぎだと思う。俺が領主に就任したからには、これを30パーセントまで引き下げたいと思っているが、どうだろう」
おお……! とどよめきが走った。
「そ、そんなに引き下げていただけると!?」
「それと、三ヵ月の間は税を取らない。これは、アルジャンの屋敷から溜め込んでいた私財が見つかったことと、俺が魔王を迎撃したことによって国王陛下から特別の褒賞をいただいたからだ。皆、今まで辛かっただろうが、よく自分の命を投げ出さずに耐えてくれた。これからは、俺が皆の暮らしを支えよう」
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