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58 絶望と希望の狭間

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 エリスとリリカで磨いたレイナ姫は想像上の妖精のように美しかった。

「行きましょうか」
「綺麗だ、レイナ」
「ありがとうございます。チュッ」

 イタズラっぽくレイナが微笑む。

「姫様、化粧が崩れます!」
「一回くらい平気です」

 そんなやり取りがあって、俺達は屋敷を後にした。

 馬車に乗り、俺とレイナでまずは会場へ向かう。

 アルニスの誕生日記念パーティーは王宮で行われるものだ。
 広々としたホールに大勢の貴族や有力者が集まっている。

 俺は決別する前にアルジャン公爵から受け取っていた招待状で、レイナを連れてホールに入った。招待状には一人まで連れていける旨が書いてあったので、彼女をパートナーに会場へ合流することは問題なかった。

「さすがに多いな……」
「始まるみたいですよ」

 会場に入って暫くすると、ホールの入り口から今日の主役、アルニス王子が入ってきた。盛大な拍手に出迎えられて、彼は優雅に真紅の絨毯を歩いている。

 アルニスは優しげな顔をした王子だった。
 事前情報がなければ俺も騙されそうなくらい、天使のような空気をまとってる。
 あの仮面の下で小児性愛を発散する為、何人もの子供を殺害してきたという事実が俺には恐ろしい。

「皆、今日は来てくれてありがとう。このせっかくの場に兄がいないことが、僕は残念でならない」

 会場がざわつき始める。

「皆の者、静粛に。殿下のスピーチの最中ですぞ」

 アルジャンがアルニスに助け船を出したことで、さらに混乱が広がる。

 レオニード派の貴族が慌てるのも無理はないな。
 この会場の約四割はレオニード派のようだった。

 アルニス派と思しき連中は、アルジャンのことなど全く気にしていないように見える。もう根回しが済んでいるんだろうな。

「どうか聞いてくれ。今日は皆に、怖ろしい話をしないといけない。あそこにいる彼を見てくれ。聖剣の勇者、タクマを」

 突然注目が集まった。

「彼の傍らにいる女性、それが、レオニード王子の正体です」

 ざわめきが止まらなくなる。

「ふざけたことを言うな!」
「インチキだ! 本物の王子を出せ! お前が暗殺したんじゃないのか!」
「皆、静かにしてくれ」

 野次が止まらなくなる。

「……黙れって言ってんだろうが!」

 アルニスの怒号が場を制した。
 シンと静まり返り、物音一つしなくなった。

「お前ら煩いんだよ。今すぐ始末されたいか」

 天使の仮面の下にあったのは、苛烈な怒りと屈辱の感情だった。
 ただの野次に過ぎなかったが、アル二スは本気で切れていた。
 これが王子の本性なのだろうか。

「今より宣言することは、国王命令だと思え。父上は病状が悪化している。最早、政務を行える身体ではない。これまでは代行として振る舞ってきたが、今日からは僕がラムネアの王になる。そして、国王として第一の命令を下す。教会の関係者をこれより国外退去とせよ。二度と本国に足を踏み入れることは許さない」
「横暴じゃないか!」
「信仰の自由を保障しろ!」
「近衛よ、今楯突いた二人を国外退去にしろ」

 アルニスの命令で、ホールの入口から近衛騎士団が殺到してきた。

 もう隠す気はないのだろう。
 アルニスは恐怖政治を行うつもりのようだった。

「さて、話の続きだ。レオニード王子……いや、姉上。今まで亡き兄のフリをして多くの国民に欺瞞を働いてくれたね。お前には広場に括りつけられた上、兵士や国民達の性処理をしてもらうよ」
「お、王子……? その、話が違うのではありませんかな?」
「君と交わした死の宣誓書は偽物でね。あれには何の効力もないんだ。だけど、君にはお世話になったし一発目をやる権利を与えるよ。その次は、近衛騎士団長かな。次は副団長、あとは適当に上の階級の者から姉上を犯していいよ」

 アルニスの言葉に騎士達がケラケラと笑う。
 一人当たり戦力値は55程度。
 そこそこの練度だが、数が二百名以上はいる。

 さすがに一気にこられたらキツイことになるだろう。

 アルニスの暴走に、アルジャンだけではない。
 アルニス派の貴族達も恐れを為している。

「安心していいよ。綺麗な子供を献上すれば、僕は何も悪いことはしない。僕の目的は後宮建設だ。そこに無垢な子供を集めて犯したい。なあ、可愛いもんだろ?」
「どこが可愛いんだクズ野郎」

 答えてやる。
 レイナは俺から離れないよう、ピッタリと腕に寄り添っている。

 アルニスと目が合った。

「今、僕を侮辱したのかい? せっかく勇者になれたのに早死にしたいようだね」
「それはこっちの台詞だ。お前こそせっかく王子になれたのに下らない策謀ばかり張り巡らせて早死にすることになる。同情するぞ」
「やれ。こいつは僕を馬鹿にした」

 近衛騎士が殺到してくる。レイナが傷つくことさえ厭わない突進だった。
 だが、騎士達が俺の元に辿りつくことはなかった。

 俺は霊剣アクアスを抜いてすらいなかったが、勝手に水刃が放たれて騎士の首が飛んだのだ。

『旦那様に近づいたから斬ってしまったのう。問題はないんじゃろ?』

 ああ、だがなるべく死人は減らしたい。
 気をつけてくれるか?

『旦那様は優しいのう。攻め立てる旦那様も好きじゃが、こうして優しい旦那様も大好きじゃ』

「王子ィ! こいつは怪しげな術を使います!」
「慌てるなよ。まだ奥の手は使ってないだろ。もう全員で掛かるしかないのかな。姉上が死んでしまいそうだけど」

 不味くなってきたな、というところで、新たな登場人物がホールから侵入してきた。熊のような大男が、返り血を浴びた鎧で俺達のところに来てくれたのだ。

「あいつは流星ラスクだ!」

 近衛騎士の一人が叫ぶ。

「へっ。よせやい。若い頃の二つ名なんか恥ずかしいだけだぜ」
「来てくれたんだな、ラスク」
「遅くなって悪い。王宮を近衛騎士が囲んでてよ」
「よく突破できたな?」
「ギルドの馬鹿共が一緒に突破口を開いてくれたんだよ。とはいえ、俺一人来るので精一杯だった。悪いな、大した戦力になれなくて」
「いや、ありがたい増援だ。近づけさせる気はないが、姫を守っていて欲しい」
「おう、任せときな」

 俺は増援に感謝してアクアスを抜いた。
 これでもう、加減する必要はなさそうだ。

 と、俺が前に出るとアルニスが笑った。

「そんな雑魚一匹で姫を守れると思ってるの?」
「言ってくれるじゃねえか! 雑魚かどうかは――」
「お前ら、食っていいぞ」

 騎士達が腰に提げた革袋から紫色の果実を取り出す。

(何だあれは……。ラッキーシードではない?)

 近衛騎士達が夢中で果実を貪る。
 そして――

「力が溢れてくるぜ!」

 騎士達が赤いオーラを纏い、その戦力値が怖ろしい程に跳ね上がった。
 その力はまさかの116オーバーだった。

 ラッキーシード以上の強化倍率……。
 一瞬だけ鑑定できたが、マグマシードという名前を持っていた。
 だが、そんなアイテムは一度も見たことがない。

 恐らくは、オリジナルのマジックアイテムだろう。
 だが、何のリスクもなくそんな力を得られるものなのか?

 アルニスが何を食わせたか分からず、不気味に感じる。

『お前さん、加減は厳しいんじゃないかのう?』

 そうだな。すまないが予定変更だ。
 俺の現戦力値は218。
 なんとかこの力で叩くしかない。

「勇者、君の相手は僕だよ。残念ながら君には姫をカバーする実力はないと見たね」
「随分と自信家じゃないか」
「勝てる環境を整えるのは得意なんだ。ねえ、知ってた? ラムネアには元々四つのラッキーシードが生ってたんだ。でも、その内の一つは実験の為にメナンドのところに行った。その時はまだ食べていいモノか分からなかったからね。そして、残りの一つをアルジャンに、残りの二つを僕が持っていた。でも、アルジャンに渡したのはレプリカでね。本物は三個とも全部、僕が食べちゃったんだよ。今、僕はどれくらい強いと思う?」

 鑑定し――

 242。

 数字を見た時には接近を許していた。

 アルニスの拳が真紅に輝き、俺は打撃を許す。
 一発で脳震盪を起こす程の打撃だった。
 とっさにレイナを突き飛ばすので精一杯だった。

「あがっ」
「昔、父上に言われたことがある。僕は凄く綺麗なパンチを打てるって。その日から嬉しくなってレイナを殴ることにしたんだけど、レオニードに邪魔されてね。その時から僕は彼を殺すことに決めていたんだ。不思議だね。レイナを守ろうとした人は全員、不幸になる。ねえレイナ、君って死神なんじゃないの?」

 ――そんなわけあるか。

 アクアスの水の加護で戦力値を更に+20した。
 だが、それでも、238。

「退いてください! 私はもういいですから! あなたが死んでしまったら、誰も魔王を倒せなくなります!」
「おっと、部下達が止まっていたよ。もう誰でもいい。姉上を捕まえて生意気な勇者の前で強姦しろ。一番初めに犯した奴には豪邸二つをあげるよ」

 騎士達が姫の方に殺到する。

「チクショウ! 流星剣!」

 戦力値120のギルマスが応じるが、もうこの戦いは厳しいだろう。

 どうなってやがる。
 情けなさで視界が滲む。
 俺は、この腕で女達を守るんじゃなかったのか?

「へえー。まだ諦めないんだね」
「当然だろ。最後の最後まで俺は諦めない」

 剣を構えているだけでも辛い。
 アルニスの姿は二重に見える。
 それでも、諦めたくない。

 一歩、前に足を踏み出す。

「その目、ウザいなー。片方潰すか」

 アルニスの手刀が突き出される。
 俺の反射神経では追えない速度。
 だが、その拳は空中で不意に止められた。

 横合いから伸びてきた手が、アルニスの腕を掴んだのだ。

「いやー、なんやお取込み中やな。ほんま待たせてすまへんかったわ」

 突如、俺の真横から女の声が聞こえた。
 白いスーツを着たエセ関西弁の女がニカっと笑う。
 こんな女、俺は知らない。
 ……だが、確実にアイツの関係者だろう。

「わいの親父から、チートスキルのお届け便やで!」
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