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56 永遠の離別
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夕食後、俺はセラとミイナを伴って屋敷を出た。
腰には霊剣アクアスを装備している。
『旦那様の腰はしっくりくるのう』
アクアスからは当然のように念話が飛んでくる。
うるさくなりそうだったが、柄を撫でてやる。
『変異体』に心を蝕まれなくなってから、とても気分が良かった。
力は失くしたが、この腕だけでも女達を守れるよう鍛えよう。
さて、面会先はダイババである。
「久しぶりに兄の顔を見ることになるわね」
「平気か?」
「直接会ってみないと分からないわ」
無理もないな。ただ一人の身内だ。
俺はセラの肩を抱いてやった。
俺達は教会へ出向き、そこから大司教を伴って監獄へ向かった。
面会の手続きは既に済ませてあり、あっさりダイババの収監された檻まで案内される。
「ダイババの様子はどうですか?」と大司教が余所行きの顔で看守に尋ねた。
「ええ、落ち着いていますよ。普通、独房にいると気が狂うんですがね」
意外なことに、奴は模範囚のような振る舞いをしているらしい。
「では、何かありましたらベルを鳴らしてください」
「案内ありがとうございました。あなたに神の導きがありますように」
ラグエルが賄賂を握らせる。
ニッコリと笑って、看守の騎士は遠ざかっていった。
「ようこそ。お茶も出せずにすみませんねぇ」
隔離された檻のなかでダイババがニヤついている。
ベッドと机とトイレが収まった部屋に、ダイババはいた。
「お前も来るとは聞いてなかったぜ、勇者」
「元盗賊王の顔が見たくなったんだ」
「ほざいてろよ。そっちの聖女はお前の女か? 抱かせろよ。そうじゃなきゃ、お前らの話は聞いてやんねえぞ」
セラを連れてくれば少しは大人しくすると思ったが、彼女はストッパーになりえなかったか。
「少し話をしませんか、ダイババ様」
「いいぜえ。その代わり、あんたのでっけえ胸を揉ませてくれよ」
「魔法で少し痛めつけないと話ができないようだね」
「ラグエル、処刑の日取りを早めるか?」
「ラグエル様もタクマも落ち着いてください……!」
二人して怒られてしまった。
「ダイババ様、あなたはアルニス王子によって処刑を早められました」
「だからどうした。俺に王子を密告しろとでも? 俺が一筆書けば、それをネタにアルニスとこのダイババ様の繋がりを表に出せるかもな?」
「ご協力いただけないでしょうか。もし、今ダイババ様ご自身が仰ったように一筆書いて下さるのなら、あなたが心安らかに眠れるよう、教会で弔わせていただきたいと思います」
「ハッ。そんなことをして何になるんだ? 俺にメリットがねえだろうが」
「はい、ダイババ様にメリットはありません。しかし、ダイババ様の罪を理由にセラさんが被害を被ることは、減るかと思います」
「…………ッ!」
ダイババがセラを大事にしていることは分かっている。
鑑定でもそうだが、ダイババはセラがどれだけ組織を裏切ろうと、彼女を殺さなかった。
俺達は相当数の奴隷がセラの手引きで逃げたことを把握している。
「くだらねえ。俺が何もしなくても、お前らが勝手にセラを守るだろうが」
「それじゃ足りないって言ってるんだよ」
「ああっ!? どういう意味だ!」
「お前を消したアルニスが、次に誰を消すか想像できないのか? いや、違うな。お前は想像したくないんだ。愛する妹をアルニスに殺されるのが怖いからだ」
ダイババが柵に手をかける。
「アルニスがセラを殺す理由がねえ。セラはアルニスの情報なんざ何も持ってねえ」
「それを判断するのはアルニスだ。そして、あいつは小心者のクソ野郎だ。俺達がセラを生かしたことはアルニスだって知ってるはずだ。セラを生かしたのはたんに俺がセラに惚れたからだが、あいつらが別の目的があると勘違いしてセラを殺そうとしたって、俺はおかしいと思わない。というか、連中なら確実にそうするだろうな。実兄であるレオニード、父王イドルフ、そしてかつての仲間だったダイババ、邪魔になりそうな奴はことごとく消そうとしてる。次は妹の番なんじゃないか?」
連中は王になる為になりふり構ってない。
王になった後に何を為すかよりも、王となること自体に執着した結果だろうか?
俺達には連中が何になりたいのかがサッパリ見えてこない。
「例えばセラさんに嘘を言わせ、『アルニス王子と奴隷売買の繋がりを以前から知っていた』などと言わせることも、私達には可能でした。たた、私達はセラさんを危険に晒したくない。だからそういった、誰かに暗殺の危険が集中するようなやり方は、避けたいと思っています。しかしながら、アルニス王子は将来的にセラさんが邪魔になる可能性があるなら、迷わず暗殺を試みるでしょう。それを防ぐ手立てはただ一つ、アルニス達を牢屋にぶち込むことです」
「ダイババ。嘘を書く必要はない。セラを守る為、あんたが奴隷売買について知ってることをここに書いてくれないか」
紙とペンを渡す。
「……ちくしょう。時間は掛かるぞ。お前に右腕と左手の指まで飛ばされたんだからな」
「書きあがるまで待つ。お前に謝罪する気はないぞ」
「期待してねえよ。クソが」
ダイババがペンと紙に文字を書き始める。
「兄さん……」
「お前は俺みたいになるんじゃねえぞ。そこのガキと一緒に、まっとうな道を生きろ」
「……バカ。兄さんさえいれば幸せだったのに」
「もう何も言うな。集中できねえだろう」
ダイババの手紙が涙で滲む。
俺達はダイババの魂が黄泉路を迷うことのないよう祈りを捧げた。
生前葬を終え、ダイババに心ばかりの足のつきそうにない差し入れをして帰った。
それが、俺達が監獄で見たダイババの最後の姿だった。
腰には霊剣アクアスを装備している。
『旦那様の腰はしっくりくるのう』
アクアスからは当然のように念話が飛んでくる。
うるさくなりそうだったが、柄を撫でてやる。
『変異体』に心を蝕まれなくなってから、とても気分が良かった。
力は失くしたが、この腕だけでも女達を守れるよう鍛えよう。
さて、面会先はダイババである。
「久しぶりに兄の顔を見ることになるわね」
「平気か?」
「直接会ってみないと分からないわ」
無理もないな。ただ一人の身内だ。
俺はセラの肩を抱いてやった。
俺達は教会へ出向き、そこから大司教を伴って監獄へ向かった。
面会の手続きは既に済ませてあり、あっさりダイババの収監された檻まで案内される。
「ダイババの様子はどうですか?」と大司教が余所行きの顔で看守に尋ねた。
「ええ、落ち着いていますよ。普通、独房にいると気が狂うんですがね」
意外なことに、奴は模範囚のような振る舞いをしているらしい。
「では、何かありましたらベルを鳴らしてください」
「案内ありがとうございました。あなたに神の導きがありますように」
ラグエルが賄賂を握らせる。
ニッコリと笑って、看守の騎士は遠ざかっていった。
「ようこそ。お茶も出せずにすみませんねぇ」
隔離された檻のなかでダイババがニヤついている。
ベッドと机とトイレが収まった部屋に、ダイババはいた。
「お前も来るとは聞いてなかったぜ、勇者」
「元盗賊王の顔が見たくなったんだ」
「ほざいてろよ。そっちの聖女はお前の女か? 抱かせろよ。そうじゃなきゃ、お前らの話は聞いてやんねえぞ」
セラを連れてくれば少しは大人しくすると思ったが、彼女はストッパーになりえなかったか。
「少し話をしませんか、ダイババ様」
「いいぜえ。その代わり、あんたのでっけえ胸を揉ませてくれよ」
「魔法で少し痛めつけないと話ができないようだね」
「ラグエル、処刑の日取りを早めるか?」
「ラグエル様もタクマも落ち着いてください……!」
二人して怒られてしまった。
「ダイババ様、あなたはアルニス王子によって処刑を早められました」
「だからどうした。俺に王子を密告しろとでも? 俺が一筆書けば、それをネタにアルニスとこのダイババ様の繋がりを表に出せるかもな?」
「ご協力いただけないでしょうか。もし、今ダイババ様ご自身が仰ったように一筆書いて下さるのなら、あなたが心安らかに眠れるよう、教会で弔わせていただきたいと思います」
「ハッ。そんなことをして何になるんだ? 俺にメリットがねえだろうが」
「はい、ダイババ様にメリットはありません。しかし、ダイババ様の罪を理由にセラさんが被害を被ることは、減るかと思います」
「…………ッ!」
ダイババがセラを大事にしていることは分かっている。
鑑定でもそうだが、ダイババはセラがどれだけ組織を裏切ろうと、彼女を殺さなかった。
俺達は相当数の奴隷がセラの手引きで逃げたことを把握している。
「くだらねえ。俺が何もしなくても、お前らが勝手にセラを守るだろうが」
「それじゃ足りないって言ってるんだよ」
「ああっ!? どういう意味だ!」
「お前を消したアルニスが、次に誰を消すか想像できないのか? いや、違うな。お前は想像したくないんだ。愛する妹をアルニスに殺されるのが怖いからだ」
ダイババが柵に手をかける。
「アルニスがセラを殺す理由がねえ。セラはアルニスの情報なんざ何も持ってねえ」
「それを判断するのはアルニスだ。そして、あいつは小心者のクソ野郎だ。俺達がセラを生かしたことはアルニスだって知ってるはずだ。セラを生かしたのはたんに俺がセラに惚れたからだが、あいつらが別の目的があると勘違いしてセラを殺そうとしたって、俺はおかしいと思わない。というか、連中なら確実にそうするだろうな。実兄であるレオニード、父王イドルフ、そしてかつての仲間だったダイババ、邪魔になりそうな奴はことごとく消そうとしてる。次は妹の番なんじゃないか?」
連中は王になる為になりふり構ってない。
王になった後に何を為すかよりも、王となること自体に執着した結果だろうか?
俺達には連中が何になりたいのかがサッパリ見えてこない。
「例えばセラさんに嘘を言わせ、『アルニス王子と奴隷売買の繋がりを以前から知っていた』などと言わせることも、私達には可能でした。たた、私達はセラさんを危険に晒したくない。だからそういった、誰かに暗殺の危険が集中するようなやり方は、避けたいと思っています。しかしながら、アルニス王子は将来的にセラさんが邪魔になる可能性があるなら、迷わず暗殺を試みるでしょう。それを防ぐ手立てはただ一つ、アルニス達を牢屋にぶち込むことです」
「ダイババ。嘘を書く必要はない。セラを守る為、あんたが奴隷売買について知ってることをここに書いてくれないか」
紙とペンを渡す。
「……ちくしょう。時間は掛かるぞ。お前に右腕と左手の指まで飛ばされたんだからな」
「書きあがるまで待つ。お前に謝罪する気はないぞ」
「期待してねえよ。クソが」
ダイババがペンと紙に文字を書き始める。
「兄さん……」
「お前は俺みたいになるんじゃねえぞ。そこのガキと一緒に、まっとうな道を生きろ」
「……バカ。兄さんさえいれば幸せだったのに」
「もう何も言うな。集中できねえだろう」
ダイババの手紙が涙で滲む。
俺達はダイババの魂が黄泉路を迷うことのないよう祈りを捧げた。
生前葬を終え、ダイババに心ばかりの足のつきそうにない差し入れをして帰った。
それが、俺達が監獄で見たダイババの最後の姿だった。
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