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39 古狸

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 エリスに託した手紙の返事が届き、俺はレイナ姫と再び顔を会わせる機会を得た。
 そして、その場にはアルジャン公爵も来るとのことだった。
 というか、場所の指定がアルジャン公爵の屋敷にされていた。

 随分と昔の出来事のような気もするが、ダイババ捕縛のクエストを受ける際、アルジャン公爵の屋敷で簡単な説明を受けた覚えがある。

 約束は午後だったので、時間になるまで屋敷で過ごし、午後になって馬車でアルジャン公爵の屋敷へ向かった。
 ちょっとの距離なので歩いても良かったが、馬車厨のミイナが勝手に手配したのだ。

「ようこそいらっしゃいました」

 レイナ姫付きの小柄で美しいメイドの案内で執務室へ向かうと、禿げ頭の貴族が見事なスマイルで俺に近寄ってきた。手を差し出してきたので軽く応じる。

「聖剣の勇者に選ばれたタクマだ。よろしく」
「ええ、よろしくお願いいたします。本日はこうしてお会いできるのを楽しみにしておりました」

 広々とした暖炉つきの執務室には会議用のテーブルと椅子があり、お茶会の準備がされている。

 暖かい紅茶とお茶菓子がテーブルに並び、レイナもドレス姿で待機していた。

 どうやら性別を隠し立てするつもりはないようだ。
 腹を割って話そうと言うジェスチャーにも思える。

 が、俺はアルジャンが刺客を差し向けたことを知っている。

(……鑑定は、弾かれたか)

 周到なことにアルジャンは魔法除けの指輪をしているようだ。
 魔法系のスキルは奴に通じないらしい。

「ん? どうかなさいましたかな?」

 ……気づかれたか?
 正直なところ、分からない。

「姫の美しさに目が眩んでいました」

 適当に誤魔化す。
 アルジャンは悪意など微塵も感じさせない笑顔で「左様でしたか」と頷いた。

 まずはボロを出すか分からないが、向こうのペースにあえて乗ってやろうと思う。
 そうすることで腹の中が探れるかもしれないからな。

「それにしても、姫の一件では驚かせてしまい申し訳ありませんでした。まさか勇者殿に看過されるとは思いませんでした」
「なんとなく、な」
「何となくでしょうか。もしかして、特別な魔法を使われたのではありませんかな? 聞けば歴代の勇者には『鑑定』なる魔法を扱う者もあったとか……」
「俺のはただの直観だ」
「左様でしたか。では、この魔法除けの指輪は不要でしたね」

 アルジャンが嵌めていた指輪を見せる。
 顔色一つ変えずに微笑んだままだ。
 こいつは相当な狸だな。

「悲しい行き違いはあったかもしれませんが、是非、仲良くしていただきたいものです。派閥など関係なく、個人の間柄として」
「姫への助力は必要ないと?」
「全ては神の御心のままに移ろうものです。ことさら力を貸していただくようお願いせずとも、時がくれば必ず、手を取り合えるものと信じております」

 食えない男だ。力を貸せと迫ってくれば跳ねのけることもできるが、何も求めてこない以上、ただの親睦会になってしまう。

 鑑定は使えず、メナンドとアルジャンの繋がりを証明する証拠はない。

 こうなったら、こちらから足を一歩踏み出すしかないな。
 俺は彼らに多くを聞いておく必要がある。
 特に、ラッキーシードの問題については……。

「実は一つ、あんた達に尋ねたい問題があるんだ」
「……それは、やはり私の性別のことでしょうか。以前は騙すような形で近づいてしまい、申し訳ありませんでした」
「いや、そのことじゃない。教会にあったラッキーシードという果実について聞きたい」
「なんでしょうそれは……」

 姫が何も知らないことは分かってる。
 既に鑑定で情報を抜き取ってあるからな。
 問題はアルジャンだ。

「申し訳ないが、我々の知識にはないマジックアイテムのようですね」

 ――やはりかわすか。
 もう少し揺さぶりを掛けるしかなさそうだ。

「既にギルドには報告済みの案件だが、村に里帰りをした時に命を狙われた。メナンドという男を知っているか?」
「知りませんね。重ね重ねお力になれず申し訳ない」
「メナンドは教会が保管していたラッキーシードというマジックアイテムの力を借り、俺を殺そうとした。聖女が教会に確認したところによると、宝物庫にあったはずのラッキーシードは消えていたそうだ」
「いつ頃紛失したのか、時期は分かっているのですかな?」
「正確な日付は分からないそうだ。ただ、第二王子の視察があった際、宝物庫を解放したという情報は手に入れることができた」

 ここまで話すとレイナ姫が冷静に意見を出した。
 第二王子の名前が出たことで、自分にチャンスが向いていると思ったらしい。

「第二王子の手の者がラッキーシードを持ち出すことのメリットは多いと思います。紛失を私の後ろ盾である教会の落ち度にすることができますし、ラッキーシードが第三者に渡って勇者様が命を失うようなことがあれば、やはり教会の権威を失墜させることができますから」

 アルジャンの古狸は顎を擦りながら見解を述べた。

「第二王子は裏で大盗賊ダイババと繋がっていました。メナンドなる地方の盗賊を手下にしていてもおかしくはありません」
「俺の命を狙ったのは第二王子だったと?」
「教会へ第二王子の視察があったのは、つい最近のことです。彼なら手下を使ってラッキーシードを回収し、勇者暗殺に利用することも可能だったでしょう」
「疑わしいと言うだけなら、姫も俺の命を狙う理由があるように思うが」

 揺さぶりの為にあえて水を向けると、レイナは立ち上がって抗議してきた。

「私はそのような卑怯な真似はいたしません! 暗殺など卑怯者のすることです!」
「タクマ殿、彼女は敬愛する兄を暗殺によって失っています。姫が暗殺を狙うことはありえないでしょう」
「それは失礼した」

 狸親父の方は分からないが、やはりレイナが嘘をついてるようには見えない。
 彼女はドレスが皺になる程、拳を固く握りしめていた。
 それだけ我慢ならなかったのだろう。

 執務室に険悪な空気が立ち込める。

 今回の会談は失敗だったかもな。
 何も情報は得られなかった。
 そう思っていると、アルジャンが立ち上がった。

「ふむ。少し空気を変えたいですな。タクマ殿、庭を散歩いたしませんか」
「男二人でか?」

 尋ねると、アルジャンはニッコリと微笑んだ。

「タクマ殿がお望みなら、そう致しましょう」
「あ、私も……」
「紅茶がまだたっぷり余っておりますな。姫はゆるりと寛いでいてください。お客様の相手はこのアルジャンにお任せを」

 アルジャンが姫に目配せをする。
 レイナは固く俯いた。

「ではアルジャン。失礼のなきようお願いします」
「承知いたしました」
「それとタクマ様、先程は気が立ってしまい申し訳ありませんでした。せっかく私達と親睦を深める為に来てくださったのに……」
「構わない。俺も非礼を詫びたい。姫は決して暗殺などされない、誠実で実直な方だ」
「ありがとうございます」

 姫との間にできかけたわだかまりが、少し解けたような気がした。

「ではタクマ殿、こちらへ……」

 俺は狸親父と一緒に表の庭へ出た。
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