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31 村への裁き(下)

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 ロシノは顔に追従するような笑みを浮かべ、頭を低くしている。

「あなたは……?」
「私はこちらにいるタクマの友人、ロシノです。そちらにいるカナミ嬢の現婚約者でもありますね」

 ミイナが怪訝そうに俺を見る。
 俺はカナミの肩を抱いて何も知らないとアピールした。
 妹に脇腹を小突かれるが、とにかく誤魔化す。

 あれは俺にとって黒歴史なんだ。カナミを差し出すなんてとんでもない。
 こいつは俺の愛する妹であり、将来の妻だ。

 ロシノは一瞬俺を睨んだが、すぐに持ち直して媚びを売り始めた。
 村の交渉役を買って出ることも多いので、さすがの切り替えだな。

「聖女様のお怒りはもっともだと思います。この村の長は聖女様だけでなく、勇者様に対しあまりに無礼な振る舞いをしました。しかし、タクマへの非礼は、村の者全員が反省しなければならない点なのです。というのも、タクマは村に対し非協力的な態度を取ることが稀にありまして、そういった態度の応酬が、我々と彼の対立を深めてしまっていたのです」

 上手い言葉回しだな。俺と村の対立構造を示して罪を五分五分にもっていこうとしているらしい。

「我々は新たに村の長を選出し、まずは長の罪を正したいと考えております。その上で、勇者様に謝罪し、今後の友好的な関係を築いていきたいと考える所存です」
「過去の罪を素直に告白し、勇者への無礼な態度を改める。そういうことでよろしいですか」
「ええ、勿論ですとも! タクマへの振る舞いは反省します! それと、この者が父から譲り受けた畑も返します!」
「畑を……?」

 シン……と空気が静まり返る。
 調子に乗っていたロシノは「しまった……!」という顔をした。
 だが、もう遅い。聖女の追及は厳しさを増すことになるだろう。

「どういうことでしょうか。畑を奪った……? どなたか説明していただけませんか?」
「では私から説明します」

 妹が口火を切った。

「兄さんは、元々この村の出身ではありません。兄は早くに妻を亡くした私の父に拾われ、村の一員になったんです。兄は父を尊敬し、父が病に倒れるその時まで、一生懸命に田を耕し、父が帰らぬ人になってからはその畑を守り抜こうとしていました。ですが、村長は兄から畑を取り上げ、ロクに収穫もできない田畑を押しつけたのです。兄が冒険者になって命がけで家計を支えてくれなければ、私も兄も冬を越すことなど出来なかったでしょう」
「なんと卑劣な……」

 ミイナは言葉をなくしている。

「なぜ、誰も止めなかったのですか? この兄妹は死んでもいいと思っていたのですか? 父を失った兄妹を、誰も助けなかったのですか?」

 聖女の問いかけに答えられる者は誰もいない。

「……親子の情を知りながら遺産を取り上げるなど、人のすることではありません。あなた方はそれを黙って見過ごした! これだけの村人がいながら、なぜ誰一人として手を差し伸べなかったのですか!?」

 ミイナの断罪に村の連中が騒ぎ始める。

「我々は村長を止めることができなかっただけです! タクマから畑を取り上げたのは村長です!」
「この村の娘として伝えたいことがあります」

 カナミが強い声で訴える。

「誰も助けてくれなかったと仰いましたが、私達を助けようとしてくれた方もいました。この村の男達です。彼らは私に、身体を差し出せば収穫した米や野菜を分けると言いました」

 ……こいつら、そんな裏取引をしようとしてたのか?

 そういえば、村の宴会の時に邪な目で妹を見てる連中がいた。
 あまりに粘つくような視線だったからハッキリ覚えている。
 ただの助平心だと思っていたが、こいつら本当に妹を犯すつもりだったのか?

 俺は死んだ親父の遺言があったから、妹を必ず目の届く範囲におくようにしていたし、宴会の席でも連れ帰るようにしていた。
 だが、もし俺が親父の言いつけを破ってカナミから目を離していたら、いったいこいつはどうなってたのか……。

 妹の肩を抱く腕に力が入ってしまう。

「私はこの村の男達から言い寄られていました。俺達に身体を差し出せ、そうすれば兄妹で食わせてやると。この村の男達には悪魔の知恵が宿っていたようです。破門されて当然だと思います」
「貴重な証言をありがとうございました」

 何も知らなかったらしいロシノが他の村人に掴みかかっている。

「お前らそんな恥知らずなことしてたのか!?」
「うるせえ! お前にはアリシアがいただろう! 若い女もいないし仕方なかったんだよ! 村を存続させる為には……!」
「聖女様、どうか私達にはご慈悲を……! 皆、少し魔が差しただけなんですよ。若いのはすぐに王都に行っちまうから、女の子が少なくてね。カナミちゃんには怖い思いをさせたわね。でも、男達も反省してるから、ね、この通り……」

 ああ、酷い言い分だな。どいつもこいつも、罪の重さをまるで感じていない。

「兄妹への余りある非道な仕打ち、連帯責任で裁かせてもらいます。あなた方をまとめて破門します。二度と神の名を口にしないでください」

 聖女に言い切られ、村の者達は激怒した。
 その怒りは俺でも聖女でもなく、互いに向けられた。

「あんたがタクマを冷遇するからこうなるんだ! どうしてくれるんだ! 神の選んだ勇者を迫害した村など、どこからも相手をされなくなってしまう!」
「きっと罰が下るわ! ああ、もしかしたらもう下ってるのかも! こんな村にいられない!」
「終わりだ……。この村はもうおしまいだ!」

 こんな歪な村はなくなってしまった方が良い。
 ずっと住んでいた俺だから、そう言い切ることができる。

「行こうか」

 喧騒を抜けて、妹達と共に最後の里帰りをした。
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